17話 アイル、ニルの街へ
「……その男が何故追われていたかはさておき、そのついでに人間が私欲のためにエルフを襲ったっていう事?本当に?」
オルリアが信じられない、という表情で自分に言う。
「……人間の中でも屑のような連中は山ほど存在するのだオルリア。世界を救った偉大な存在であるアイルを追い出した馬鹿王を始め、己の利益しか考えていないゴミのような奴がな」
フウカが会話に加わり、そのまま話し出す。
「私たちの村からそう遠くないところにエルフの街があるという事は我々も昔から聞いていた。だが一部を除き、ほとんどのエルフは他の種族との交流を好まん。だから我々は彼らの、彼らは我々の領域に決して踏み込まない様にしていた。それが暗黙の了解であり、それにより長い間平穏が保たれていたからな。……それが災いして村の皆もまさか彼らの街がそんな事になっていた事に全く気付かなかった。もし気付けていれば彼らの為に何か出来る事があったのではないかと思うと今でも悔やまれるよ」
悔しそうにフウカがそうつぶやく。自分がそれに続く。
「俺も旅の中で何度も一部の人間に対して思ったよ。『こんな奴らを救うために俺たちは旅をしているのか?』ってな。……ひとまず話を戻すぞ。弓や魔法に長けたエルフ達とはいえ、不意に現れた人間にいきなり襲われてしまったため当然犠牲者が何人も出た。そこで街の連中はこぞってエルフの娘を責め立てた。『お前がこの街に人間を引き入れたからだ』ってな。その事を知った男は街の皆に詫びた後逃げるようにその場を後にし、その後すぐに自ら喉を突いて街の奥にある泉に身を投げたのさ」
オルリアが自分の話に聞き入っているようなのでそのまま話を続ける。
「男が自害した事を知って、娘はすぐに男の後を追った。……男の子供を身篭った状態でな。そのエルフの娘は街の女王の娘だった。泉の前に残された娘の書き置きを見て女王は悲しみに暮れ、街を捨て生き残ったエルフ達と共にどこか遠くに身を隠したのさ」
そこまで話したところでオルリアが自分に尋ねてくる。
「酷い話ね。人間が元凶っていうのは間違いないけど。……でも、何でそれをアイルがここまで詳しく話せる訳?悪いけど、まるで実際に見聞きしなければ話せないぐらいの内容じゃない?」
オルリアの質問に答える形で会話を再開する。
「そうだな。それも話さないと納得がいかないよな。勇者として旅に出た俺は、その後フウカや他の仲間と出会いパーティーを組んでしばらくして、かなり厄介な魔族の群れと戦う事になったんだ」
当時の事を思い出しながら歩きつつ話を続ける。
「真っ向から挑んだら当時の俺たちじゃ到底敵わない強さの魔族だったんだが、一つだけそいつらには弱点があったんだ。奴らは美しい宝石に目がなく、魔王の指令よりも自分の周りに色とりどりの美しい宝石を集める事を史上の喜びとしていたのさ」
話しながらも周囲に怪しい気配が無いかを確認する。幸いこの近くにはグリズリーや他の魔獣もいないようだ。
「そこで俺たちはエルフの涙から作られる宝石の中には人どころか魔族まで魅了する程の魔力や呪いがかかったものもあると風の噂で聞き、フウカの故郷の近くにエルフの街があると聞いてどうにか協力を仰げないかと交渉のために向かう事にした。それが今から向かうニルの街だった」
話しながらも向かう方角を確認しつつ、合っている事を確かめてから更に話を続ける。
「だが、俺たちが駆けつけた時には既にエルフたちの姿はなく、住む者のいなくなった街は荒れ果て、手がかりを求めて散策を続けて辿り着いた泉の墓の前にこのルビーと女王が残したと思われる手紙が箱に残されていたんだよ」
そう話す自分にオルリアが尋ねてくる。
「……そこに、今アイルが話した事が書かれていたって事?」
オルリアの言葉に頷きながら答える。
「あぁ、その通りだ。そこに加えて娘に対する後悔や人間に対する恨み言とかもつらつらと書かれていたよ。娘を庇いきれなかった事、結果的に人間の手で街を離れる事とかな。俺たちとは無関係とはいえ、人間がした所業に読んでいるだけで反吐が出る内容だったぜ。……その内容も詳しく聞きたいか?」
自分の心情を察したのか少し間を空けてオルリアが口を開く。
「ううん。そこは話さなくて良いわ。……それでとにかく、そこで手に入れたルビーでアイルたちは魔族を倒したって訳ね」
オルリアの言葉に頷き、会話を続ける。
「あぁ。その通りだ。墓に残されたこのルビーを使って自由に動けなくなった魔族を俺たちは無事に一網打尽にしたって訳さ。それでどうにか女王の思いに応えられた感じだな」
そう自分が言うと、当然の如くオルリアが自分に尋ねてくる。
「女王の思い?……どういう事?」
そう尋ねてくるオルリアに、あの時手紙を手にして読んだ時の事を思い出しながら答える。
「女王の手紙に書かれていたのさ。このルビーが生み出された過程からこいつにかかった呪いについての詳細と効力がな。更にそこに加えて手紙の後には追記する形で書かれていたんだよ」
そこで一旦言葉を切って、一呼吸置いてから続ける。
「手紙の最後にはこう書かれてあった。『娘の遺品ではあるが、娘の心情を思うと私はこれを手にして街を離れる気にはなれぬ。故に、これはこの街へと残すものとする。願わくは娘が最後に残したこの宝石をあの穢れた人間たちのように私利私欲に使うのではなく、何かのために使う者の手に渡る事を望まん』ってな。……お、話している間に思ったよりも早く辿り着けそうだな。ほら、あれがニルの街だよ」
そう言って遠くの先を指差す。その先には木々に囲まれながらも建造物が点在していた。
そして、危なげなく野営を済ませその翌日の昼には無事にニルの街へと到着した。




