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12話 アイル、ジルゼの機転で危機回避

 ……こいつはまずい。フウカが何を誤解しているのか知らないが、二人の戦闘能力が分かるだけに万が一にもここで二人が本気で争えばどちらもただでは済まない。ひとまず二人を宥めなければならない。


「……あのな、まず二人とも落ち着いて話を聞いてくれ。そもそもまず皆が言っている嫁っていうところから間違っている訳でだな……」


 そう二人に声をかけるものの、睨み合った二人の耳には届いていないようで言い合いを続けている。


「そもそも!嫁でないのなら即座に否定すれば良かったであろう!それとも何か!?お前はアイルの嫁と呼ばれる事にやぶさかではないという事か!?……そ、それとも既に既成事実を結んでいるとでもいうのか!?」


「……な!な、何であんたにそんな事言わなきゃいけないのよ!そもそもあんた、アイルのなんなのよ!」


 ……駄目だ。二人とも完全にこちらの言葉に聞く耳を貸す様子がない。どうしたものかと思っていると自分に救いの手を差し出したのはジルゼであった。ぱん!と一回勢いよく手を叩くとかなり大きな音が響く。その音に二人がジルゼの方を振り向いた。


「はいはい。……二人ともそこまでだ。そう互いに怒鳴り合っていたら話が何も進まんだろう。さ、二人ともとりあえず座った座った」

 

 そう言って半ば無理やり二人を離して座らせる。座ったままなおも睨み合う二人を無視してジルゼがこちらの方を向いて声をかける。強引ではあるが二人を落ち着かせてからジルゼが言う。


「さてと。これでようやく話が進められるな。それでだ兄ちゃん。確認しておくがこちらの嬢ちゃんとは『まだ』何もないって事で間違いないな?」


 自分に、というよりオルリアとフウカに言い聞かせるような形でジルゼが言う。……助かった。ジルゼの意図を察して自分も冷静に言葉を返す。


「……あぁ。さっき大まかに話しただろ。今のところ俺の目的の旅に何となくって感じだが同行している感じだよ。そうだよなオルリア?」


 そうオルリアに問いかけると、急に話を振られたオルリアが一瞬遅れて答える。


「……え?え、えぇ。まぁそうね。きっかけはアイルの話を聞いて面白そうと思ったから着いて行こうと思った感じね」


 オルリアのその言葉を聞いて、ようやくフウカも落ち着きを取り戻す。先程までと違い落ちついた口調で話しだす。


「……そうか。まだ私が思うような危機的状況ではないという訳か。……皆、すまない。つい取り乱してしまった」


 そう言ってぺこりと頭を下げるフウカ。それを見て毒気を抜かれたようでオルリアも口を開く。


「……私も何か、売り言葉に買い言葉的な感じで熱くなりすぎたわ。ちょっと冷静になるわね」


 ようやく二人が落ち着いた事に胸を撫でおろす。それはジルゼも同様だったようで、ほっとした表情で二人に声をかける。


「よしよし。二人ともこれでゆっくりと話が出来るな。ささ、余り物だがまだ酒もツマミもある。四人で軽く仕切り直しといこうでねぇか」


 そう言ってジルゼが周りを片付けながら手を付けられていない料理や酒をテキパキと用意する。程なくして小規模の宴会用の空間が出来上がり、四人で軽く飲み直す事となった。


「……なるほど。旅の最中で人語を話す魔族と戦った事はあるが、オルリアの様に人間と変わらないタイプの魔族も少数だが存在する訳か。世界は広いな」


 果実酒を果実水で薄めたものをちびちびと飲みながらフウカが言う。同じ物を飲みつつ燻製肉をかじりながらオルリアが言葉を返す。


「無理もないわ。私を含めてそういったタイプは基本的に人間寄りの思考だから。人語を介して尚且つ魔王に従うタイプは魔族側の血が色濃く出ているからね。私もほとんど知らないけど、大概は自分が魔族である事を隠して人間の世界に溶け込んでいると思うわよ」


 先程までの空気はどこへやら、話し込む二人を眺めつつ自分もゆっくり酒を飲む。ようやく訪れた平穏に内心で安堵する。


「よう、どうにか落ち着いたみたいだな兄ちゃん」


 自分の器に酒を注ぎながらジルゼが声をかけてくる。


「……だな。助かったよおっちゃん。あのまま二人が揉めたままだったら下手すりゃ村に迷惑をかけていたかもしれないからな。上手く宥めてくれて感謝だよ」


 そう言ってジルゼの器に酒を注ぎ返す。それを豪快に飲み干してからジルゼが笑いながら言う。


「がははっ。そいつは良かった。……だが、お前さんはまだまだ大変な事になると思うぞ。フウカとは長い付き合いだからわしには分かる」


 どういう事か、と尋ねようしたところで酒が空になったようでジルゼが口を開く。


「よし。酒もツマミも無くなったし続きは明日にしよう。兄ちゃんたちももう少し村には滞在出来るんだろう?今日はお開きにして、明日じっくりと改めて昼からパーっとやろうじゃないか」


 ジルゼの言葉に頷く。確かにあのままでは村の連中にも中途半端にしか話せていないため、明日仕切り直して皆と話した方が良いだろう。


「そうだな。オルリアの事情は私とジルゼの間に留めておこう。……それと、村の者たちにも誤解を解いておく必要があるからな」


 そう言ってフウカが立ち上がる。皆で片付けを終えたところでジルゼが声をかけてくる。


「おっと。そういや寝床はどうする?最初は勘違いしていたから兄ちゃんたちの部屋は一つしか用意していなかったんだが。まぁ、一応布団は二つ敷いてあるんだけどな」


 それを聞いてフウカが慌ててオルリアの肩を掴み言う。


「……そ!それは駄目だ!オ、オルリアはひとまず私の部屋に泊める!まだまだ話し足りないからな!アイルは用意された部屋で休むといい!さ、行くぞオルリア!」


「え、ちょ、待って……わ、私は別に……ってあんた力強すぎ!全然引き剥がせないんですけど!ちょっと!アイルー!」


 ずるずると引きずられる様にフウカに連れ出されるオルリア。……あの様子なら先程のような険悪な雰囲気にはならないだろう。明日までは放っておいて大丈夫そうだ。


「がはは!何だかんだいってあの二人、馬が合いそうだなぁ!ま、兄ちゃんはこれから災難だと思うが頑張れよ!」


 そう言って自分の肩をぽんと叩くジルゼ。


「だからさ。さっきから何言ってるんだよおっちゃん。大変だとか災難だとか」


 そう自分が言うものの、それに答えず空になった酒瓶を箱へと片付けながらジルゼが言葉を続ける。


「ま、お前さんにもそのうち分かるさ。さて、これからまた忙しくなるぞ。兄ちゃんも今日はもうゆっくり寝ておくこった。明日も長くなるだろうしな」


 ジルゼの返答に釈然としないものの、確かに明日に備えて今日は大人しく用意された部屋で休みを取る事にした。皆と別れて用意された部屋に向かい、湯船に浸かり汗を流して部屋着に着替えベッドで目を閉じる。


(……しっかし、旅の始めから色々あり過ぎだな。正直、魔王討伐の時より慌ただしいかもしれねぇ)


 まだ二つ目の目的の途中だというのにこの有様である。これからの道中、どんな事になるのだろうか。


「……ま、急ぐ旅じゃなし。気長に行くとしますかね」


 そう一人つぶやき、灯りを消して眠りに就いた。


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