11話 オルリアとフウカ、一触即発
「……お、落ち着けフウカ。色んな誤解があるからまずは俺の話を聞いて……」
余程の勢いでここまで走って来たのか、荒々しく肩で息をするフウカを宥めるように声をかける。次の瞬間、自分の姿を見つけたフウカが瞬間移動かと思う程の速度でこちらに駆け寄ってくる。左右にまとめられた黒髪のツインテールを激しく揺らしながらフウカが言う。
「……あぁ!久しぶりだなアイル!少し見ないうちにまた強く、そして逞しくなったな!気配で分かるぞ!」
そう言いながら自分の手を両手でがっしりと掴むフウカ。その綺麗な緑色の目には涙がうっすらと浮かんでいる。何と返せば良いかと言葉を選んでいると、自分よりも先にオルリアがフウカに向かって叫んだ。
「……ちょっと!誰だか知らないけど何さらっとそいつの手を握ってんのよ!しかもそんなにしっかりと両手で!その手を早く離しなさいよ!」
少し酔いが回っているのか真っ赤な顔でオルリアが叫ぶ。その声を無視するかのように自分の手を握りしめたままフウカがオルリアの顔を睨み付けるように見ながら言う。
「……貴様か。アイルの『自称』嫁というのは。悪いが私は絶対に認めんぞ。アイルの様な強き男には、それに見合う強さを待った女こそ相応しいのだ」
そう言い放ったフウカの口調にイラッときたのかオルリアも表情を変え、フウカを睨み返しながら口を開く。
「……あらそう。……なら試してみる?期待には応える自信はあるのだけれど」
周りの皆の目があるため剣こそ抜かないものの、フウカの言葉に完全に臨戦態勢の構えを取るオルリア。それはフウカも同様である。二人の後ろに龍と虎のオーラが浮かび上がるのではないかと思ってしまう程の空気だ。二人の様子を見てどうしたものかと考える。
(……これはまずい。とにかくフウカの誤解を解くのが先だが、最初から事情を話すにはオルリアが半分とはいえ魔族って事も説明しなきゃならねぇ。だが……)
せっかくオルリアがこうして村の皆に受け入れられているのに、大勢の前で迂闊にそれを打ち明けるのは極力避けたい。村の連中が遠巻きに二人の様子を見てざわめき出した時、助け船を出してくれたのはジルゼであった。
「……あー。こりゃ一旦仕切り直しだな。おい!皆の衆!急だったしそろそろ酒も飯も少なくなったところだろう!続きはまた明日だ。せっかく勇者の兄ちゃんが来てくれたんだし、戻ってきたフウカも飲める様に仕切り直すぞ!さ、今日はお開きだ!」
そう言って手をぱんぱんと叩いてその場を閉めるジルゼ。二人の動向を気にする者がいたものの、村のリーダー的な存在であるジルゼのその一声で皆散り散りとなり集会場には自分たちだけとなった。ジルゼに感謝しつつ自分が会話の口火を切る。
「……よし。これで落ち着いて話せるな。さてと、どこから話したもんかな。まず、フウカとおっちゃんに断っておきたいんだが、ひとまず俺が話し終わるまでは何があっても極力口を挿まずに聞いて欲しい」
そう言ってフウカとジルゼにこれまでの事を簡潔に話した。パーティーを解散した後、王に厄介払いされたため目的を決め再び旅に出た事。その際に自分の安住の地を探す事に決めた事。その際にオルリアと出会い共に旅をしている事。少し悩んだがこの二人なら大丈夫だと思い、オルリアが半魔族である事も伝えた。
「へぇ……お嬢ちゃんが魔族ねぇ。そう言われても見た目からは全く分からないのう。銀髪に赤い瞳ってぇのはたしかに珍しいが、これまでに何回も魔族を相手にしたし時には仕留めた事もあるが、お嬢ちゃんみたいな魔族は今まで見た事がないわい」
そう言ってジルゼがオルリアの顔を見ながらつぶやく。そこに続くような形でフウカが口を開く。
「……そうか。あの時の魔剣の入手先である洞窟の主か。調査の為にパーティー各自で別行動を取っていた時期だな。合流した時にアイルがいきなり魔剣を手にして戻ってきたのは覚えているが、その際にこんな出会いがあったのか……」
予想していた通り、二人ともオルリアが魔族である事はさして気にしていないようだ。想定通りのその様子に安堵する。それはオルリアも同様だったらしく、二人に躊躇いがちに問いかける。
「……っていうか意外なんだけど。自分で言うのもあれだけど、私が半分とはいえ魔族って聞いたらもっとアイル以外の人間には警戒されるかと思っていたわ」
オルリアの言葉に先に口を開いたのはジルゼであった。
「そうかい?まぁ、昔と違って諸悪の根源である魔王が滅びたってのもあるけど、どうみてもお嬢ちゃんはこうして兄ちゃんから話を聞いても人間にしか見えねぇからなぁ。大体、あんたに悪意を感じていたらうちの村のもんがあんな風に歓迎はしねぇさ」
ジルゼの言葉にフウカが続く。
「うむ。そもそも人間に危害を加えるような奴ならアイルが行動を共にする訳がないからな。……もっとも、これからどうなるかはまだ分からないがな」
少し含みを持たせたフウカの言葉にオルリアがすかさず言葉を返す。
「なに?何か疑っているの?誓って言うけどしないわよ。そもそも魔王や魔族に対して私、恩義もクソもないしね。あいつらと過ごした期間より、ここまでの道中やさっきまでの時間の方がよっぽど楽しかったもの。長い間私をあんな洞窟に封印して閉じ込める様な魔族と、初対面の私ににこやかに話しかけて美味しいご飯を出してくれる人間。どっちが良いかなんて考えるまでもないでしょう?」
オルリアがそう言うと、フウカがこちらに近付いてきて話しかけてくる。
「……アイル、今一度確認しておくがこいつは本当に魔族なのか?口調といい思考といい、言う事が人間とまるで変わらないのだが」
自分と全く同じ意見をフウカが口にした事に安心する。やはりオルリアは誰が見ても人間に見えるようだ。
「あぁ。それは間違いない。俺ですら扱いに苦労したあの魔剣を自由自在に使いこなすからな。ま、とりあえずこれでオルリアが魔族であっても危害を加えるような奴じゃないって事は分かってくれただろ?」
そう自分が言うとフウカも先程よりも大分表情を和らげて言う。
「……そうだな。ひとまず我々村の人間にとって脅威という訳ではないという事は理解した。で、もう一つ確認だ。……私にとってはこちらの方が重要な案件だからな。オルリア。……一つ確認させてくれ。お前がアイルの嫁というのは村の者たちの勘違いであって、本来はただの同行者。……それで間違いないな?」
そう言ってオルリアの方を向くフウカ。これでオルリアが無難に返事を返せば万事解決。そう思っていた時に今まで普通に受け答えをしていたオルリアが何故か慌てたように言う。
「……だ!だからまだ私はアイルの『嫁』とかいう関係じゃないわよ!そそ、そういうのはもう少しそこに至るまでに色々な手順を踏むんでしょう!?わ、私だってそれくらい分かるわよ!」
……何か返答がおかしいと自分が思うよりも早くフウカが勢い良く立ち上がる。
「なるほど。……オルリア。お前、今確かに『まだ』と言ったな。という事はそういう訳だな。……良かろう。やはりお前とは一度話し合う必要がありそうだ。……口ではなく、拳と拳でな」
かつて旅を共にした中で、フウカがここまで殺気を発した事は数える程しかなかったのではないか。それくらいの張り詰めた空気の中でフウカが口を開いた。




