スライムによるクリームソーダ形態?
「……ラーちゃん、飲み過ぎだって」
ゲンのジト目に、返事は「ゲフッ」だった。
肩に乗ってるラーちゃんは、いつもより丸く見えるし、何となく重くなっている気がする。
オコメを売るだけのつもりで寄った街に、思ったより長居してしまった。けれど、遅いというほどでもないので、街を出発した。
長居してしまった理由は、クリームソーダだ。
というのも、ラーちゃんは自分の分を飲み干した後、ゲンの分を飲み、さらにはもう一杯要求したのだ。合計三杯。小さい体には、明らかに多過ぎである。
おそらく本人ならぬ本スライムも分かっているのか、ゲンと目を合わせようとしない。
「全く」
止めなかった自分にも責任はあるかもしれないが、あれはおそらく止めても止まらなかっただろう。
ちなみに、親方には大変気に入られたようだ。「俺んとこくりゃ、毎日飲めるぞ!」と言っていた。言われたラーちゃんが、一瞬だけだが悩む素振りを見せていたのを、ゲンは見逃していない。
結局は、すぐにゲンの肩に飛び乗ったのを見て、親方は「そうか」と笑っていた。
丸いボディを見つつ、運動をさせれば体型が戻るんだろうか、と考えていると、頬にポツッと雨が当たった。
「あれ……?」
街を出るときは晴れていたと思ったのだが、気付けば雲行きが怪しくなっている。これは失敗したかなと思っていると、雨がいきなり強く降ってきた。
「うわっ! ラーちゃん、走るよ!」
少々の雨なら気にしないが、さすがにこれは強すぎる。
とりあえず、どこか雨宿りできるところを探そうと思ってゲンが走り出したとき、ラーちゃんが肩から落ちた。
「えっ、わっ!?」
咄嗟にゲンが手を出すが、間に合わない。草むらの上に落ちて……そのまま体が滑ったのが見えてしまった。
「ラーちゃん!?」
雨で草が濡れて滑りやすくなっていた上に、体が丸くなっていたのも良くなかったかもしれない。そしてここは、下り坂だった。驚いて、何とかしようとプルプルしているのは見えたが、残念ながら丸いボディはそれじゃ止まってくれない。
「まってーっ!」
ゲンは、慌てて走って追いかけるのだった。
***
「ハァハァ、ようやく、ハァ、おいついたー……」
ゲンは息を切らしながら、ラーちゃんを確保した。丸くて滑るラーちゃんはどこまでも転がっていった。
ラーちゃんは目を回している。動きが止まるまで追いつけなかったのだ。けれど、姿を見失うことなく追いかけて来れたのだから、上出来だろう。
ゲンは濡れた地面に構わず座りこんで息を整えながら、ラーちゃんの回復を待つ。傷の確認を行うが、かすり傷程度でたいしたことはないようだ。
「よかったー……」
ホッと息を吐き出すとほぼ同時に、ラーちゃんがピクッとなった。そしてキョロキョロした後、驚いたように跳ね上がり、……そしてまた目を回す。
「落ち着いてラーちゃん、大丈夫だから」
するとプルプルと体が上下に揺れた。一応ゲンの声は聞こえているらしい。もう少し待とうと思いつつ、ゲンは周囲を見回す。追いかけるのに夢中だったから、どこをどう来たのか、全く覚えていない。
「まぁそれはいつものことだけど」
いつもラーちゃんが行きたい方向……つまりはオコメのある方に進んでいる。跳ねて前に進むか、転がったかの違いだけだ。
近くに街や村がある様子はない。草はパラパラと生えているだけの荒れ果てた土地が広がっている場所だ。
「こういう場所だと魔物も出やすい……あ、やっぱり」
思った通りだ。魔物が近くにいるのが分かる。それも複数だ。察したのか何なのか、ラーちゃんもピョコンと起き上がる。
そして、示し合わせたわけでもないのに、一人と一匹が視線を向けたのは同じ方向だ。
「仲良くなれる子たちだといいなぁ」
そんなことを思いながら、魔物が近づくのを待つ。動きはゆっくりだけど、逃げ切れる保証はないので動かない。自分たちに合った対処をするのが一番だ。
「あ」
ポヨンポヨンと近づいてくる魔物。それを見て、ゲンは声をあげた。そして笑顔になる。
「スライムだー!」
ラーちゃんも跳びはねる。ごく普通の青い色をしたスライムが、たくさんポヨンポヨン跳ねてやってくる。そのままゲンに飛びかかるが、慌てることなく受け止めた。
「うわぁ、こんにちはー。オレ、ゲンだよー。この子はラーちゃん!」
ラーちゃんもピョンピョン跳ねる。すると、スライムたちも一緒になって跳ね回る。それをゲンが楽しそうに見ていると、ふと気付いた。
「あれ、緑の子だ」
青の子たちの間に、違う色の子がいる。珍しいと思う。それを言えば、ラーちゃんも珍しいのだが、すでに見慣れてしまっているから、違和感がない。
「?」
ゲンがジッと見たからか、緑のスライムがゲンの前で止まって、不思議そうに見返した。それを見て、ゲンが「あっ」と声をあげた。
「ラーちゃんラーちゃん!」
呼ぶとラーちゃんも、「なに?」という顔をしながら、ゲンの前に来る。
ゲンは、ラーちゃんと緑の子をジッと見て、「うん」と頷いた。
「さっきね、オレたちクリームソーダっていうの、見てきたんだ」
受付のお姉さんからもらった紙を、緑の子に見せる。そしてイラストを指さした。
「君の上にラーちゃんを乗せたら、なんかこれっぽくなるなぁって思って。やってみてもいい?」
そう。思いついたのが、スライムたちによるクリームソーダ形態。
緑の子はラーちゃんよりも一回りは大きいから大丈夫。……というか、青い子たちも同じくらいの大きさだから、ラーちゃんが小さいというべきか。
ラーちゃんがピョンピョン跳ねて、それに応じるように緑の子も跳ねる。返事はOKだ。ゲンはラーちゃんを手に乗せると、そっと緑の子の上に持っていった。
「いくよ」
声をかけて、そっと緑の子の上に置く。そして、「うわぁっ!」と歓声を上げた。
「すごい! スライムのクリームソーダだ!」
まああんな透き通ってはいないけれど、色合いが似ている。当の二匹のスライムは何だかよく分かっていないが、青い子たちが楽しそうに跳びはねている。
だが、そのうちの一匹が、ゲンの注意を引くようにぶつかってきた。イラストの上に乗って、何かを訴えているようだ。
「――あ、もしかしてこの赤い実?」
ゲンが聞くと、スライムの上半分が頷くように前に倒れた。器用だなぁと思う。これをやろうとして、ラーちゃんが前にそのまま倒れたことがあるのを、何となく思い出した。
「これね、チェリーって言うんだって。ホントなら白いアイスの上に乗るらしいけど、オレも乗ってるのは見てなくて……って、どうしたの?」
青い子のうちの何匹かが、去っていく。中には、遊ぶのに興味を示さない子もいるが、去っていった子たちは、なぜか楽しそうな顔をしていた。飽きたという感じでもない……と思ったら、すぐまた戻ってきた。
本当にどうしたのかと思ったら、青い子たちの後ろから一匹のスライムが来ている。
「……………」
ボヨヨーンと体を揺らしながら跳ねてくるのは、間違いなくスライムだ。ちょっとくすんだ色だが、色は赤い。これもまた珍しいなと思う。
青い子たちが跳びはねた。イラストの上で跳びはねて、さらにはラーちゃんと緑の子の周りでも跳びはねる。
(……もしかして)
このイラストのようなクリームソーダを完成させるために、あの赤い子を呼んだのだろうか。
ゲンは、ボヨヨーンと跳ねているその子を見る。
――大きい。
ラーちゃんはもちろん、緑の子よりも。
ラーちゃんが緑の子の上から飛び降りた。ゲンに向かって、左右に体をプルプルさせている。これは拒否の意思表示。緑の子も、何となく表情が愕然としている。
この子を上に乗せるのは無理だ。どう考えても。――だが。
赤い子がゲンの前に来た。何かを期待するような目で、キラキラとゲンを見ている。ついでに言うと、青い子たちも同様だ。
「あーえーと」
ラーちゃんの左右のプルプルが大きくなった。緑の子も震えている。だが目の前には、キラキラ目の子たちがたくさん。
「…………………。えっと、ラーちゃん……」
困った末に、ゲンは自らの相棒に声をかける。が、その瞬間、脱兎のごとく逃げ出した。
「…………うん、そうだよね」
今まで見たことがない早さで、遠くまで逃げおおせたラーちゃんの気持ちは、心から理解できる。悪いとは思うが、赤い子がラーちゃんの上に乗ったら、ラーちゃんがつぶれる。
だがそうすると、キラキラな目をした子たちをどうするか、なのだが……。
「――あ。えーとね……」
ラーちゃんが逃げたことが、イコールで拒否だと気付いたのか、先ほどまでキラキラした目をした子たちが、一様に落ち込んでいる。特に赤い子は体が大きいだけに、その落ち込みようがさらに大きく見えてしまう。
これはマズいだろうかと思ったとき、ラーちゃんが赤い子に体当たりをした。ボヨヨーンと中にめり込んだと思ったら、はじき出される。そうしたら、今度は緑の子が同じように体当たりして、はじき出される。
そしてまた近づいていくと、今度は体当たりはせずに、赤い子を真ん中にして脇にラーちゃんと緑の子がくっついた。二匹が笑うと、赤い子も笑う。青い子たちも混ざって、皆で体をくっつけ合ってワチャワチャしている。
それを見て、どうやら大丈夫らしいと判断して、ゲンも笑顔で駆け寄った。
「オレも混ぜてー!」
雨が降っている中、泥だらけになって遊んだのだった。
***
「バイバーイ!」
去っていくスライムたちに、ゲンは大きく手を振る。ラーちゃんもピョンピョン跳ねている。
残念ながら、スライムによるクリームソーダ形態は見られなかったが、たくさん遊んで楽しかったので、それでゲンは満足だ。
「さてと」
スライムたちの姿が見えなくなると、ゲンはラーちゃんを見た。白い体のあちこちに泥がついている。おそらく自分もそんな感じだろう。
「今日は水場を探して洗おっか。そして、明日からまたオコメを探そう!」
ラーちゃんがピョンと跳ねて、ゲンの肩に乗った。たくさん遊んだからか、気付けば体型は元に戻っている。
こうして一人と一匹の旅は、まだまだ続くのであった。