クリームソーダを飲もう
辻堂安古市様と幻邏さま合同主催の自主企画『クリームソーダ後遺症祭り』参加作品です。
『ゲンとラーちゃんの、オコメを探す旅』の続編です。読まなくても分かるように書いていますが、読むとより分かりやすいと思います。
過去に絶滅したと言われているオコメを探して旅を続ける、テイマーのゲンと、スライムのラーちゃん。
オコメを見つけられるラーちゃんが行きたいところに行き続けて、道なき道を進んでいた二人は、ある一つの街にたどり着いた。
***
「こんにちはー。鑑定おねがいしまーす!」
街の冒険者ギルドに入ったゲンは、いつものように旅の途中で見つけたオコメを提出する。
ゲンの故郷でひっそりと育てられていたオコメを、食べることができなかったラーちゃん。そんなラーちゃんと一緒にオコメを食べることを目的に、ゲンは旅に出た。
ラーちゃんが食べられないオコメは、ギルドに売ってお金に換えているのだ。
「こんにちは。――ああ、君が噂の子ね」
「うわさ?」
受付のお姉さんの第一声に聞き返すと、お姉さんはゲンの肩にいる、珍しい白色のスライムのラーちゃんをチラッと見て、意味ありげに笑った。
「そうよ。毎回のようにオコメをギルドに持ち込んでくる子が、噂にならないはずないでしょう?」
「そうなんだ?」
とはいっても、ゲンからしたら不思議なことだった。冒険者ギルドには、冒険者たちが見つけた色々な不思議な品が持ち込まれていると聞いている。ゲンが持ってきているのは、ボロボロになった稲穂だけ。たいしたことはないと思っているのだ。
受付のお姉さんは、別の人にオコメの鑑定を頼み、そのままゲンと話す姿勢になる。
「しばらくこの街にいるの?」
「ううん、ちょっと休んだら出発するよ」
「……そう」
お姉さんが少し残念そうな顔をした。けれどすぐに、イタズラっぽく笑う。
「なら、せっかくだからクリームソーダは飲んでいってほしいな」
「……クリームソーダ?」
何それ、と思って聞き返すと、お姉さんがどこからか出した紙を広げた。そこに書いてあるイラストを指さす。
「これがクリームソーダよ」
「……なにこれ」
コップに入っているのは、緑色の液体。その上に白いものがあって、さらに赤くて小さいものが乗っている。これが何なのか、全く見当が付かない。
「なんだ坊主! クリームソーダも知らんのか! よし今から来……」
「親方、いきなり話に割り込んでこないで下さい。それに今、この子が持ち込んだ物を鑑定中です。連れて行かれては困ります」
ゲンは目をパチクリさせて、話に割り込んできた親方と言われた人を見る。ついでに言うと、ラーちゃんも同じ仕草をしている。
「この子が興味を持てば、親方のところへ連れて行きますよ」
「バッキャロー! んなもんはな……」
「興味を持てば、連れて行きます。よろしいですね?」
「……お、おう」
お姉さんがにっこり笑って言うと、親方と呼ばれた人がスゴスゴと下がっていった。どう見ても親方の方が怖くて強そうに見えるのだが、実際にすごいのはお姉さんなんだろうか。そんなことをゲンが考えていると、そのお姉さんに声をかけられた。
「ゲンくん、鑑定終了です。はい、支払いね」
「うん」
まぁいいかと思いながら、ゲンはお金をしまう。そして、視線は再び広げられた紙に向かった。ラーちゃんも受付のカウンターに乗って、一緒にのぞき込んだ。
そんな様子を、受付のお姉さんは微笑ましそうに見た。
「このクリームソーダはね、昔この街にいたキクチって人が開発した飲み物なのよ」
「飲み物? これが?」
コップに入っている以上、飲み物なのかなと思わなくはないが、見た感じ全く飲めるようなものに見えない。
「確かに、このイラストだけ見るとちょっとアレだけど、けっこう美味しいのよ? この街の名産品なの。良かったら飲んでいって」
「………うーん」
正直言って、気がすすまない。なんせ緑だ。思い出すのは、病気のときに飲まされた薬湯だ。あんな感じで、草を潰したような味がするんじゃないだろうか。
別にいらないなぁと思ったゲンに対して、ラーちゃんが飛び跳ねた。アピールするようにピョンピョン跳ねるラーちゃんは、期待に満ちた顔をしている。
「……もしかして、飲みたい?」
ピョンピョン跳ねつつ、体を上下にプルプルさせる。これは本当に喜んでいるときの反応だ。つまりは、それだけこのクリームソーダに興味があるのだ。
「しょうがないなぁ……」
ラーちゃんが飲みたいというなら、飲んでみるしかない。なかなかここまでの反応を見せることがないのだ。であれば、ここは付き合うべきだろう。
「親方さんのところへは、どうやって行けばいいの?」
ゲンが聞くと、ラーちゃんが嬉しそうにさらに高くジャンプした。が、着地に失敗してベショっとつぶれる。そのまま体がフルフル震えるが、ゲンは見なかったことにして道順を聞いたのだった。
***
「おう、来たか! 坊主!」
「う、うん。ラーちゃんが飲みたいって……」
ゲンが顔を出すと、親方が寄ってきて、肩をバンバン叩かれた。痛い。けれど、それを言う前に、ラーちゃんが親方の肩に飛び移った。催促するかのようにピョンピョンすると、親方は目を丸くした。
「おお、なんだ。お前さん、飲みたいのか」
返事はピョンピョン。さらに高く飛んで、肩からずれた。落ちそうになったのを、ゲンが手で受け止める。
「よぉし待ってろ。今入れてやるからな!」
親方はニカッと笑うと、奥へと入っていった。ゲンは近くにあった椅子に座って、ラーちゃんはテーブルの上に乗ると、親方が入っていった奥をキラキラした目で見ている。飲みたくないと思っているゲンとは、正反対だ。
「おう、待たせたな!」
親方が二つグラスを持ってきた。ちゃんとラーちゃんの分も用意してくれたらしい。
イラストで見たとおりに、緑色の液体の上に白い物が乗っている。けれど、赤い実はなかった。
「この緑のソーダは、ストローで飲むんだ。でもって、白いのはアイスだ。このスプーンですくって食べろ。チェリーは……悪いなぁ。今の時期は採れないんだ」
ゲンは首を傾げた。
「チェリーってなに?」
「ん? ああ、イラスト見ただろ? アイスの上に乗ってた赤い実のことだよ」
へえーと思いながら、ゲンはその液体をマジマジと見た。透き通って綺麗な色だ。少なくとも薬湯よりはおいしく見える。けれど、緑色の中にある泡のようなものが気になる。
「このブクブクしてるのってなに……?」
「ん? ああ、炭酸な。まぁ飲んでみろ。ビックリするかもしれんが」
ビックリする飲み物ってなんだろうと思いつつ、ゲンはストローに口をつける。そして口の中に入った途端、何かがジュワッとパチパチして、目を白黒させた。吐き出しそうになったが、さすがに悪いと思って何とか飲み込む。
「な、なにこれっ!?」
「だから炭酸だ。ビックリするっつっただろう。とはいっても、こいつがニガテな奴がいるのも確かだが。坊主はダメなクチか?」
コクンと頷いた。味は悪くないと思ったけれど、正直二口目を飲みたくない。
一方、目を輝かせたラーちゃんも、ストローに吸い付く。ギョッとして見るゲンを余所に、ラーちゃんは一口飲んで……その体が驚いたようにブワッと広がった。
「ラーちゃん、ムリしなくていい……」
言いかけた言葉は、途中で止まった。ラーちゃんが二口目をいった。そしてまた体がブワッと広がるが、何だか楽しそうだ。三口目からはゴクゴク飲みだした。どうやら気に入ったらしい。
「うそぉ……」
見る間に減っていく緑色の液体に、ゲンは呆然とするしかない。それが半分くらいで止まると、ストローから口を離した。何かを催促するように、ゲンを見る。
「もしかして、これ?」
これは確かアイスと言っていた。甘くて冷たい食べ物だったはず。そういえば液体が強烈すぎて、こっちには手をつけていなかった。ラーちゃんのアイスをスプーンですくって、口に持っていく。
「!!」
ラーちゃんが体をブルンブルンと振るわせた。どうやらこっちも気に入ったようだ。もう一口、と催促されて口に持っていく。半分ほど食べると、また緑色の液体を飲みだした。
それを見ながら、ゲンも自分のアイスを食べる。食べたことはないが、名前くらいは聞いたことがある。一口食べて……。
「おいしいっ!」
こっちは問答無用に美味しい。
ゲンは笑顔で、アイスだけはしっかり食べきったのだった。