ゲームとしての全進行が終わった。
「おはようございます、王女様」
久しぶりにちゃんとしたベッドで休むことになったが、とても寝心地がよかった。魔王城を出てから初めて、深い眠りに落ちたと思う。つまり熟睡できた。よってドアのノックにも気が付かず、入って来たメイドの声で、目が覚めた状態だった。
「国王陛下が昨日の対談に応じてくれた御礼として、ドレスを届けてくださいました」
いつの間に運び込まれたのか。
部屋にはトルソーが置かれ、美しいデイドレスを着せられている。そのドレスは、身頃の上部とスカートの裾の部分が白の生地。それ以外の部分は、チェリーピンクのグラデーションカラーになっていた。グラデーション部分に透け感のあるグリッターチュールが重ねられ、舞踏会でも着ることができそうなぐらい、華やかだった。
早速身支度を整え、そのドレスに着替えると、朝食だ。
焼き立てのパンやできたての卵料理、アツアツのベーコンなど、上品な食器と共に、テーブルに並べられた。食後に出された紅茶は香りもよく、渋みが少ない。朝から優雅な気分になり、ここがかつての敵国であることを忘れそうだった。
昨晩、国王、エルフ、魔法使い、ドワーフらと話すことになったが、この後の私はどうなるのか?
こんな素敵なドレスを着せてもらい、美味しい朝食を既にいただいてしまっている。この後、牢獄へ移送されたら、その落差に心が折れそうだ。……まさかそれが狙いだったりするのか。魔族ならそんな風にしそうだ。
幸せから不幸のドン底へ。
背中をそっと押すのが、魔族の気質だと思う。
扉がノックされ、女騎士レダが部屋に入って来た。
「王女様、おはようございます」
白シャツに黒のズボン、赤いマントをつけており、髪はいつも通りのポニーテール。一見すると普通だが、よく見るとあくびをかみ殺している。
「昨晩の宴会は、盛り上がったのか?」
「あ、分かります? ええ、大盛り上がりでした。……王女様は参加していないのに。なんだか申し訳ないです」
「その宴に私が参加していたら、場が盛り下がったはずだ」
これにはレダの眉が、八の字になってしまう。
そこで話題を変えることにした。
「今日から私は、どうなるのだろうか? 実は昨晩、国王陛下、エルフ、魔法使い、ドワーフと対談の場が設けられたが……。尋問は、これから始まるのか?」
「直近の予定として聞いていることは、昨日の広場へ向かうこと、です。というのも今朝、国王陛下からお触れが出ました。早馬が国中を、走り回っています。この王城や宮殿にいる者達は、直接国王陛下から、御言葉を聞くことになるかと」
「なるほど……。それでこのような美しいドレスを?」
レダはニッコリ笑う。
「晴れの日に、相応しいと思いますよ」
「……それは『長引いた戦争の終結を記念した日』ということか?」
「行けば分かりますよ」
あくびを噛み殺し、油断をしているのかと思ったが。
レダは意味深な態度をとり、隙なんてどこにもない。
眠気は本物なのだろうが、気を許してはいなかった。
つまり騎士として警戒を続けている。
そこはさすが女騎士だ。
ともかくレダにエスコートされ、広場へと向かうことになった。
お触れは出ているが、国王の直接の言葉を聞きに来たのだろう。
広場には、沢山の王都民がいる。
その中に、この王城や宮殿に仕える人々の姿も混ざっていた。
当然私も、この群衆の中の一人になるのだろうと思っていたが。
「王女様は、こちらへ来てください」
国王が登場するバルコニーへと、騎士により案内されてしまう。
広々としたバルコニーには、国王夫妻以外にも、宰相などの各大臣、昨日見かけたエルフの大使、魔法使い、沢山の近衛騎士。そして……ヒロインであるフィオナもいる。
フィオナは今日、クリーム色のドレスを着ていた。やはり純粋で清らかな彼女が着ると、その色も相まって、ウェディングドレスに見えてしまう。
「お嬢さん、ゆっくり休めたかね?」
声に振り返ると、そこにはいつも通りの白のローブを着た魔法使いのレウェリン、明るいリーフグリーンのセットアップを着たエルフのミルトンがいた。
レウェリンとミルトンがいるということは……。
セレストブルーの軍服に、白いマント。
勇者シリルもそこにいた。
空を映したかのような碧い瞳。風に揺れ煌めく、黄金の髪。
やはり秀麗だと思う。
何より、外見の美しさだけではなく、彼は誠実で真面目。
心の崇高さが表に現れていると思った。
そんなシリルの横顔を見ていて、思い出す。
このバルコニーと広場のシーンが、ゲームにも登場していたことを。
そうだ。ここで国王は、ヒロインと攻略対象の結婚を発表する。
群衆の前でプロポーズをして、そして二人は抱き合い、熱いキスを交わす。
そうか。あの感動のシーンに、立ち会うことができるのか。
フィオナとシリルを見比べ、やはりお似合いの二人だと思った時。
ラッパの音が鳴り響く。
同時に、広場がシンと静まり返る。
「早朝から集まってくれた皆に、感謝する」
国王のこの一言に、広場にいた全員が一斉に「この国の太陽である国王陛下に万歳」と唱和する。それに対し、国王は手を振って答えた。
再び、静寂が訪れる。
「この度、長きに渡り続いた魔族との戦は終結した。昨日、その活躍の報告を受け、褒美を取らせることにしたのだが……。地位や金貨や宝石ではない物を、求めた者がいた。今日はその者に祝福の機会を与えたいと思う」
やはりゲームで知っていた通りのセリフを国王が口にしている。
チラリと見ると、ヒロインであるフィオナの頬が、うっすらとピンク色に染まっていた。
「では二人とも、前へ」
国王の言葉にフィオナが前に出て、さらにシリルが――。
え?
シリルは動かない。
だが。
エルフのミルトンが前に出た。
「え!?」
あまりにも驚き、声を出してしまった。
だが私の声は、沸き起こる歓声にかき消され、聞いた者は誰もいないだろう。
フィオナと向き合ったミルトンは、すぐにその場で片膝を床につき、跪いてプロポーズの言葉を告げている。フィオナは満面の笑顔で「イエス」と答え、ミルトンは立ち上がった。そのままフィオナをミルトンは抱き寄せ、二人は熱いキスを交わし、拍手喝采が起きた。
その様子をボーッと眺めてしまったが。
ようやく我に返り、拍手を送る。
おかしなことではなかった。ミルトンもまた、ヒロインの攻略対象だから。
ただてっきり、シリルとフィオナが……と思い込んでいたから、衝撃を受けてしまった。
昨日の帰還の時、シリルはフィオナから花冠を授けられていた。
その様子からも、てっきりフィオナはシリル攻略を選んだのだと思っていた。
でも実際はそうではなかった。
その事実に……なぜか、安堵してしまう自分がいた。
拍手喝采がひと段落すると、国王は二人の末永い幸せを願う言葉を口にする。
これでゲームとしての全進行が終わった。
フィオナとミルトンのその後の物語に、元女魔王の私は無関係だろう。
ここからメインキャラと私の進む道は、分岐するはずだ。
分岐したその道の先に待つのは、天国か地獄か。
それとも……。
「さて。一人目はこのフィオナを求めたエルフのミルトンであったが。もう一人。愛を求めた者がいる」
突然のゲームにはない展開に、ぽかんと口を開けてしまう。
転生したゲームの世界では、シナリオの強制力や抑止力が働くのではなかったのか。
こんなイレギュラーなことを、国王が言い出していいのか。
そう思いつつも。女魔王である私がこの通り、生きているのだ。
ラスボスが密かに生き延びている時点で、このゲームの世界は大きく逸脱することになった。逸脱しつつも、ラストに向けて動いた。だがその逸脱による余波は、続いているのかもしれない。
つまりこの不可解な展開が許される世界線。
そんな世界線に存在しているのが、私が転生したこのゲームの世界なのだろう。
頭ではそう理解しても、驚きは隠せない。
すると国王がこちらを見た。
こちらを見ているが、その瞳が捉えているのは……。
シリルだ。
国王と目があったシリルが、国王の方へ向かい歩きだす。
群衆からは、またもや拍手が沸き起こる。
今回の魔王討伐の英雄が、シリルであること。それは、皆、分かっていた。
望めば特別な地位や国家予算並みの褒美だって、手に入るのに。
愛を求めたシリルに、国民達は大喜びだ。
そこで再び、国王が話を再開した。