既に彼は
気が付いて目が覚めると、そこにシリルの姿はない。
そこにいたはずのシーツに触れると冷たく、起きてから時間が経っていることが分かる。
騎士の朝は早いと聞く。
早朝から剣術や馬術の訓練をして、そして朝食の席に着くと。
シリルが起きた時に気がつかないなんて!
これ、嫁として失格では!?
とはいえ、セインのせいで変な時間に目覚め、二度寝をしてしまったから……というのは言い訳だな。
起き上がり、まずは簡易に設けられている洗面台に向かう。
そこには水甕とホーロー製のボウルがあり、顔を洗うことができる。
顔を洗い、さっぱりしたところで声をかけられた。
「レダ!」
「おはようございます、オデット様」
「おはよう!」
寝室に入って来たレダの手には、美しいワイン色のワンピースが見える。
襟、袖は白、裾に白のフリル。襟に黒のリボン、身頃には黒の飾りボタン。
一見、シンプルだが、こだわりを感じさせる。
「これ、マーシャルソンさんが用意してくださったんですよ。女性のワンピースなんて分からないと散々悩み、昨晩、キル殿にアドバイスをもらい、魔法で仕立てそうです。ちゃんと二十四時間持つので、安心してください」
そこで魔法で用意した衣装は、時間が経つと元に戻ることを思い出す。
それにしてもマーシャルソン、キルのアドバイスが入っているとはいえ、なかなかのセンスだ。
「着替えますよね?」
「うん」
「手伝いますね」
「ありがとう」
ワンピースなので、ドレスより早く着替えることができた。
「髪はどうされますか?」
「邪魔だろうからアップにしようかな」
「あ、では私とお揃いにします?」
「ああ、そうしてみよう」
衣装をかけるラックのそばに、姿見があった。
そこに椅子を置き、私が座ると、レダは髪をとかし始める。
そしてハッとした表情になり、頬を赤くし、ニマニマしたのだ。
「オデット様。しばらく髪のアップは止めましょう」
「なぜだ!?」
「なぜって……。もしやシリルの寵愛を、皆にアピールしたいのですか!? でもそれは……そうですね。うーん、シリルは人格者で皆の信頼も厚いですから……。嫉妬されたり、やっかみはないと思いますよ。それでも……そうですね。羨望の眼差しで見られるでしょうか。あとは騎士や兵士の婚姻率が上がると思います」
「一体何なの話だ!?」
ニヤニヤしたレダは、私の髪を持ち上げ、右の首筋の後ろの方を指さす。
鏡に映るレダは、声を出さず、唇だけ動かした。
「何だ!?」
「ですから~」
そこで再びその唇の動きを読んだ私は……。
全身から湯気が立つ程、赤くなったと思う。
まさか、キ、キスマーク!?
「髪、アップにされます?」「しないっ!」
確かに首筋にキスをされた記憶はある。
しかもそれは経験したことがない、甘美な痺れを体の芯にもたらすものだった。
だがまさか、キ、キ、キ……。
左の耳に髪をかけ、髪飾りをつけ、終了にした。
こうして着替えを終え、隣室に行くと。
明るい! そしていい香りがする!
天幕の入口の布は、左右に開かれ、そこから朝陽が射し込んでいた。
朝食の煮炊きの香りが漂い、騎士や兵士が活発に動ている様子が伝わってくる。
「おはようございます、オデット様」
シリルの従者であるテトが朝食を運んできた。
今朝もこの円卓のテーブルで、みんなで朝食を囲むようだ。
「テト、シリルは?」
「シリル様は中枢部に偵察に向かっています。どうもあのセインの目撃情報があったようで。ただ、あと数時間もすると、魔族の襲撃があるはずです。それまでには戻ってきますよ。朝食は一緒にとることができますから、安心してください」
セインはもうヴィレンドレーに来ていたのか……?
テトの言っていた通り、朝食の時間に間に合うように、シリル、レウェリン、ミルトンが戻って来た。さらにキルとマーシャルソンも起きてきて、ハビエット指揮官とブラウン指揮官もやって来た。レダと私も着席し、朝食がスタートする。
昨晩のことを思い出すと、シリルを正視できない……と思ったが、話題がセインのことになったので、そんなことは言っていられなかった。
セインは正々堂々、自身の身分と名を明かし、この城塞都市の正門から入城した。
門衛はキルのアドバイスに従い、セインを止めなかった。
よってセインは魔術を行使することがなかったので、静かに入城できた。
そう。
あの正門にかけられた各種魔法や精霊の力は、魔術に反応するようになっていたのだ。
セインの入城は真夜中であり、そこからは風の魔術を使ったのだろう。
あっという間にセインはヴィレンドレーの中枢部に到達した。ヴィレンドレー城と呼ばれる、国王が来た際は滞在する城の塔にセインは身を潜める。
一方、正門からは、伝令兵がシリルへの報告のため、早馬で移動を開始した。同時に伝書鳩、正門で待機していた魔法使いのメッセージも放たれている。セインの攻撃力が分かっているので、伝達は邪魔されるかもしれない。複数の方法を使い、何としてもセイン到着を、シリルに知らせようとしたわけだ。
魔法はすぐにセインにより失敗、伝書鳩は強風で先へ進めない。
唯一、早馬に乗った伝令兵だけが邪魔をされなかったが、到着は未明となった。
それを受け、シリルはヴィレンドレー城へ向かったわけだ。
一方のセインは何をしていたのかというと、休息と……そう、幻影を使い、私の様子を確認した。
そして今朝、ヴィレンドレー城の中庭で、セインとシリルは対峙したというのだ!
本当に、そんな重要な局面で、私は寝ていたなんて……。
自分がここに何をしに来たのかと、歯軋りしたい思いだ。
ベッドでシリルと共に休む姿をセインに見せることで、ただ単に火に油を注ぐだけの結果になったと思ったのだが……。
セインと対峙した時の様子を、朝食をとりながらシリルが話しているので、そちらに意識を集中させる。
シリルは目の前に現れたセインに対し、口頭一番、こう告げたという。
「夫婦の寝室を覗き見るとは、騎士としてあるまじき行為に思えるが」
そうセインに問いかけるシリルは、セレストブルーの軍服に白いマントと威風堂々としている。
対するセインは夜に溶け込むような、闇色のローブをはおり、どう見ても“悪”という状況。
それでもセインのアイスブルーの髪、銀色の瞳は高貴さを感じさせ、本来対等とは言えないはずの二人なのに。同格にしか見えなかった。
「騎士にあるまじき行為……。それは確かに君の指摘の通りです。申し訳ないことをしたと、君とオデット様に詫びたいと思います。ですがおかげで、分かったこともあります。君とオデット様の結婚は……どうやら強引なものではないようですね」
問われたシリルは口元にフッと笑みを浮かべ、天色の瞳を細める。
「君がいつから覗き見をしていたのか分からないが、そこを理解してもらえて良かった。自分は心からオデットのことを愛しているからな」
「例えそうであろうと、君は祖国を滅ぼした仇であり、わたしの希望を奪った張本人。エルエニア王国に対する怒りがないわけではないです。ですがその怒りよりも、君と決着をつける必要が、わたしにはあると思っています」
「なるほど。では一対一で戦うことを望むと?」
セインは頷く。そして改めて「決闘を申し込みます」と告げた後、条件を並べた。
戦いは剣で、お互いに魔法・精霊の力・魔術は使わないこと。助太刀は受けた時点で、受けた者が敗北となる。勝利条件はどちらかが「降参」「戦闘不能」となった時。セインが敗北した場合は、シリルが出した指示に一つだけ従う。ただし、「自死」以外で。セインが勝利した場合は、私を取り戻す。日時や場所はシリルの指定に従うというものだった。























































