逸材の可能性
シリルの天幕に入った私は、拍子抜けすることになる。
なぜなら。
そこにいると思ったシリルはいない。
あ、そうか。
大浴場は女の入浴が終わったら、男向けに解放される。
聖女たちの入浴も終わっただろうから、今頃、多くの兵士が汗を流しているはずだ。
なるほど。
きっとシリルも今、大浴場で……。
そこでしてはならない想像をしてしまう。
服を脱いだシリルの姿を。
シリルはセレストブルーの軍服を着ていることが多い。
首元まできっちり肌は隠され、露出とは無縁。
ただ、一度。
自身の私への想いを伝えるため、シャツのボタンをはずし、鼓動を感じさせてくれたことがある。あの時、わずかな時間だが、シリルの胸元を見た。肌が綺麗だった。沢山の傷跡があるのではと思ったが、それはない。魔法使いのレウェリンとエルフのミルトンがいるのだ。怪我を負っていたとしても、それは治癒されたのだろう。
軍服を着ていると分かりにくい。だがシリルは勇者であり、騎士。体は相当鍛えている。それが分かりにくいのは、彼が細マッチョであり、着やせするタイプだからだ。
これは……前世で言うところの「脱いだらすごい」という逸材の可能性が高い。
脱いだら……。
想像してしまい、めまいがして、円卓のテーブルに手をつく。
なんてことだろう。
間違いなく、脱いだシリルはすごいはず。
もしその姿を目の当たりにしたら、多分私は理性を保てない気がする……。
いや、別にシリルと入浴を共にするなんて……ない。ないだろう?
ダメだ。
いろいろ余計な妄想をしてしまう。
円卓のテーブルの椅子に腰を下ろし、シリルの脱いだらすごいを忘れるため、肉親であるキルの上半身裸を想像してみることにした。叔父なのだ、キルは。これは気分が萎えるだろう。
飄々としているキルは、かつては最前線に出て、剣を振るっていたというが。私が知る限り、キルは戦場に出ることはなく、会議室の住人だった。かつての筋肉はもはや衰え……。
そんなことはないな。意外とは肩はしっかりしていた。それに着ているセットアップはシュッとして体にフィットし、足も長かった。
お腹は……中年太りしていてもおかしくないのに。
なぜだ? 魔術で腹をへこませているのか?
え、もしかして叔父上もまた、脱いだらすごい、なのか……!
これは衝撃だった。
おかげでシリルの脱いだらすごいは吹き飛んだ。
叔父が脱いだらすごいんなんてゾッとする。
年相応でいてください、叔父上――そう思うことで、クールダウンできた。
「失礼します」
声にビクッと体が反応する。
シリルの従者であるテトが、天幕の中に入って来た。
そのトレンチには、ティーカップが二つ、そしてティーポット。
「もしやナイトティーか」
「その通りでございます。シリル様が奥様もいるので、ナイトティーを用意するようにとおっしゃられました」
「……!」
テトが寝室にナイトティーを運ぶので、私もその後を追った。
寝室にはベッドの他に、三人掛けのソファとローテーブルも用意されている。
戦から戻り、ちょっと横になりたい時、このソファは丁度よさそうだった。
「では失礼します」
テトが出て行き、私はソファに腰を下ろす。
ティーポットを持ち上げ、その香りを確かめるが……。
うん……。
柑橘系……レモンの香りか。でもそこに少し癖があるような?
草っぽい香りを感じる。
これは……うーん。
なんの紅茶であるか当てようと、私は思考を巡らせる。
ナイトティーで、ブレンドして出すハーブティーとなると……。
「レモンバームと……パッションフラワーか?」
「正解だ、オデット」
私の独り言に答えてくれたのは、シリルだった。
「シリル!」
仕切りの布を手で持ち上げ、シリルがこちらへと歩いて来た。
入浴の後だろうが、髪は綺麗に乾いている。
黄金の髪は淡いランタンの光を受け、妖艶に輝いていた。
美しいな……。
寝間着のシャツは、熱さを逃すためか、ボタンがいくつかはずされ、普段見えない鎖骨が見えている。
いろいろ想像した後なので、ドキッとしてしまう。
「このナイトティーは甘みはなく、サッパリと爽やかなものだ。自分が戦場で飲むようなものだからな。まさか妻と楽しめるとは思わなかった。オデットが好きそうな甘みのあるものを用意できず、申し訳ないな」
「そんな……!」
というかさりげなくシリルに“妻”と言われ、頬が緩みそうになる。
「だが、これはこれで、なかなかいけるぞ」
そのまま隣に腰をおろしたシリルが、ティーポットを手にとる。
「あ」
シリルに紅茶をいれさせるわけにはいかない。
夫婦二人の時は、妻が積極的に動くべし……と、幽閉された時、部屋にあった本に書かれていた。それがエルエニア王国の慣習なのだと思った。
シリルの手に私の手が重なり、二人とも一瞬、動きを止めることになる。
「一杯目は自分が入れよう。二杯目はオデットが入れてくれるか?」
「! 分かった! ありがとう」
丁寧にシリルが入れてくれたナイトティーを飲みながら、彼の咄嗟の気配りに感動していた。
強引に「自分がいれよう」ではなく、「二杯目は君に頼む」なんて言われたら……。
素直に「分かった!」と言いたくなる。
シリルは、イエスを引き出す達人なのかもしれない。
「オデット、大浴場はどうだった?」
「! 感動した。建物の外にも湯船があったので……。もし戦がなければ、星空を見ながら、入浴できたと思う。そこだけが残念だった」
「なるほど。東部にルクシアという大きな都市がある。その近くに、温かい湯が沸く泉があると聞いている。その湯を引いて、水で温度を調整し、入浴できるようにしているのだとか。そこは周囲を木々に囲まれ、同じように空を見ながら入浴できるそうだ。……行ってみるか?」
それはまさしく前世でいうなら温泉では!?
この世界では、温泉がまだ定義されていないが、存在はしている。
「行きたい! きっとその湯につかれば、シリルの疲れも癒えると思う。何日か滞在し、ゆっくりその湯につかり、美味しい物を食べて……。シリルもリラックスでき、ぐっすり眠れると思う」
ティーカップを口元で止め、シリルがこちらへと体を向ける。
カチャッと音がして、シリルはティーカップをソーサーへ戻した。
「オデットは……君自身が楽しむことより、自分の疲れがとれることを、考えてくれるのだな」
それは……。
それこそ前世の気質の影響だ。先輩社員の雑用をしていたので、先回りして動いたり、気を使っていたから……。もはや習慣だ。利用しようとしている人に対し、それをしたらいいように扱われる。でもシリルは私を利用することなんて考えていない。結果として、気づかいができると、私のことをポジティブに評価してくれていると感じた。
シリルに評価されることは、とても嬉しい。それに。
「……私は何もできないし、何もしていないが、シリルは皆のために戦っている。シリルは魔法で強制的に疲れ知らずになっているかもしれない。でも私はちゃんと休息をとってほしいと思っている」
「オデット……」
吐息のような甘い囁きと共に、シリルにふわりと抱き寄せられ、持っていたティーカップを落としそうになる。
「おっと、あぶない」
優れた瞬発力を持つシリルがカップを掴み、そのままソーサーへ戻してくれる。
「あの日の夜もそうだが、オデットといる時、理性を保つのが……とても難しい。君を愛おしいと自分が何度思っているか、想像つくだろうか?」
「そ、そんなに何度も!?」
「何百回は思っていたかもしれない……。理性が消えそうになる」
そう言ってぎゅっと抱きしめるシリルのおかげで、私の理性は既に吹っ飛んだと思う。
「ここがどこであるか忘れ、君を求めてしまいたくなる」
シリルのかすれ声が耳をくすぐり、かかる息の熱さに意識も飛びそうになる。
「このままベッドへ運んでもいいか?」
もう声は出せず、ただ頷くと、シリルが軽々と私の体を持ち上げた。























































