呆気なかった
セイン・ダークミスト。
魔族の国、アビサリーヌの騎士団の団長であり、私に次ぐ魔力の持ち主であるセイン。
アイスブルーの髪は、いつも少し長め。
人間たちの軍を迎え撃つため、魔王城を出た途端。
セインは自身の身だしなみに、無頓着となってしまう。そんなことよりも、部下や現場の指揮をとり、勝利へ突き進むことを優先している。
ただセインはそもそも髭は伸びにくいようで、放置しても産毛のように、うっすらとしか生えていない。だがその分、髪が伸びるのが早い。
長くなったアイスブルーの髪は、サラサラのストレートで、実に美しい。
だが戦況がひと段落し、魔王城へ戻ると、その美しい髪をバサリと切ってしまう。
よって少し長めの髪が、見慣れたセインの姿だった。
でも今のセインは……。
艶やかなアイスブルーの長い髪が、横たわる白の枕とシーツの上に、美しく広がっている。
瞼は閉じられ、あの氷のような銀色の瞳は、見えていない。
キリッとした眉に長い睫毛。
シャープな顔立ちで、肌は陶器のように白いが、唇と頬はうっすらと桜色だ。
それはどう見ても生きているようにしか思えない。
シルバーホワイトの軍服姿のまま、ベッドに横たわっていた。
眠っているようにしか見えないというのは、本当だった。
「セイン、起きろ。私だ。オデットだ。お前の寝顔なんて、初めて見たぞ」
気づけば、そう話しかけていた。
私の一歩後ろにいるシアとペルが息を呑み、そして涙をこらえる様子が伝わってくる。
二人の様子から、この事実を受け入れなければいけないのか――そう、どこかで悟るが、それでもやはり。
信じられない思いが強い。
「セイン……。なぜだ? なぜ、私を……私を置いて、毒などをあおった? 私は毒を飲むことなど、許可していないぞ!」
「「オデット様!」」
シアとペルが叫び、一瞬、二人の手が私に触れたと思う。
だが、私は……。
これは自分の意思なのか?
石棺の中のセインに、まるで吸い寄せられるようにして……。
私はふわりとセインの体を……抱きしめていた。
シリルの言葉が脳裏をよぎる。
――「報告によると、毒により自害した彼の体は傷一つなく、まるで眠っているかのようで。それでいて彼に触れようとすると……。彼の飲んだ毒が余程なのだろう。セインの体からは、毒が発せされているのか。触れた者は命を落とす」
「ダメです、お二人とも離れてください!」とシンの声が聞こえる。
「でもオデット様が!」「オデット様!」とペルとシアが私の名を呼ぶ。
「落ち着いてください、皆さん!」と護衛騎士二人が、三人を宥めようとしている様子も伝わって来た。
シリルに対してあれだけ「生きて帰ってきて」と頼んだのに。
私は……自らセインの体――毒に触れてしまったのか。
毒に触れたはずなのに、苦しみは訪れない。
セインのことだ。
苦しむことなく、眠るように命が尽きる毒を、魔術で練成したのだろう。
「オデット様。やはりここにいたのですね」
不意に聞こえた声に、ドクンと心臓が反応する。
私は今、セインの隣に並ぶように、横になっていた。
そして聞こえてきたこの声は――。
「セイン……?」
見上げると、あの銀色の瞳と目が合った。
「こうするしか、会う方法はなかったですよね? 魔王城が陥落しただけではありません。暗黒の国アビサリーヌが負けたのです。そうなったら、生きてオデット様に会う方法なんて……ありませんよね?」
「そうか。だからこうやって死者となり、再会ということか?」
呆気なかった。
苦しむ暇などなく、私は彼岸を越えていたようだ。
それだけセインが優秀であり、彼が魔術で練成した毒は、猛毒・劇毒だったということ。
だがおかげでセインとこうやって再び、会話することができているのだろう。
私の皮肉を聞いたセインの口元に、フッと笑みが浮かぶ。
「オデット様は、レニアに遠征するわたしに当たり前のように『ではどのような戦局であろうと、季節が変わる前に戻って来い。季節の変化に兵は敏感だ。長引いていると悟ると、士気が落ちる。遠征では特にそうだろう、セイン?』とおっしゃりました。ちゃんと約束通り、戻りました」
死してもなお、私が言ったことをきっちり守り、戻って来たとセインは言っている。
なんて律儀で忠誠心が強いのだろう。
だが……。
「死んでは意味がない。生きてこそだろう、セイン」
少し脱力してそう言うと、セインが鼻で笑う。
「当然でしょう」と。
「……だがセインも私も、もうこの世にいない」
「オデット様、それではわたしは主殺しになってしまいます。それは騎士道精神に反します」
セインの言葉に「えっ」と思う。
「よもやオデット様まで、わたしが自害をしたと信じたのでしょうか?」
「違うのか……?」
大きくため息をつき、セインがとんでもないことを言いだした。
「毒をあおった――それをまさかオデット様まで信じてしまうとは」
「……飲んでいないのか?」
「飲むわけがありません。毒を飲んだと思わせ、ずっと寝たふりです。常に自分の周りに魔術を展開していました。オデット様は知っているでしょう、わたしが使う風殺術を」
風殺術。
私が炎の魔術を得意とするように。セインは風の魔術を得意としていた。
風殺術は、まさにかまいたちのように、風が剣となり、相手を傷つけることもできる。
さらに敵の周囲を真空状態にすることもできた。
「つまり、セインに近づくと、毒により死に至るというのは……」
「風殺術です。毒でやられたと見える演出をしているに過ぎません」
これには驚きより、「なるほど」だった。
冷静に考えれば、セインはこれぐらいのことお手の物。
完全に「毒をあおり、自害」の情報に引っ張られ、魔術を使い、演出していたとは思い至らなかった。それは人間も、魔族(私)も。
「今は……今はどういう状況だ!?」
ハッとして、シアとペル、シン、護衛騎士達の方を見るが、彼らは石棺のそばを離れているようで、ここからは姿が見えない……と思ったが。
「起き上がりましょうか、オデット様」
セインがそう言いながら、ゆっくり上体を起こす。
私もそれにあわせ、上半身を起こした。
こうやって体が動くことで、不思議と生きていると実感できている。
セインは肩を回し、伸びをして、首を回している。
「急に動いて、問題ないのか!?」
「常に誰かがじっと見ているわけではないですから。深夜に起き、体は動かしていました」
「……大胆不敵だ」
フッと笑ったセインは、そのまま立ち上がり、軽々と石棺の外へ出てしまう。
急に体を動かしても、全く問題ないようだ。
「さあ、オデット様」
セインは腕を伸ばし、軽々と私を抱え上げ、石棺の外へ出してくれた。
そこで私は仰天することになる。
大理石の床に、皆が倒れていたからだ。
「どうして、みんな!? シア、ペル!」
慌てて倒れているみんなの所に駆け寄ると、セインがゆっくりと靴音を響かせ歩いて来る。
「皆、気絶しているだけです。風殺術を使い、気絶させました。命に別状はありません」
そこで私はセインに尋ねることになる。
「セイン……。もう私たちに帰るべきかつての故郷はない。アビサリーヌは、人間が統治する新たな国に変わる。もう人間と魔族の争いは終った。これからは共生だ。残った王族の血を引く者は、私と叔父上しかいない」
「キルか。裏切り者ですね」
「え……」
そこでセインはキルに関する驚くべき事実を語った。
「それを知ったのは、あのふざけた黄金のドラゴンに関する知らせを受けた時です。ひそかに内偵を進め、キルのことを探っていました。あの腹黒狸。なかなか本性を見せません。キルはずっと、人間の味方をしていました。スパイです。つまりは内通者」
「そんな……」
「キルは人間との和平を願っていました。黄金のドラゴン作戦のことも、知っていました。魔王城内に黄金のドラゴンを運ぼうと言ったのは、キルだったのでしょう?」
その通りなので、私は頷くしかない。
「オデット様と勇者シリルを結婚させ、魔族から大義名分を奪う――それを考え出したのは、キルです。自身の安全と身分の保証と引き換えに、オデット様が魔王の娘であると嘘をついたのも……キルですよ」
座り込んで、シアとペルを起こそうとしていた私を、セインが立ち上がらせた。
その銀色の瞳に不安な色を浮かべ、私に尋ねる。
「まさかオデット様。シリルと婚姻関係を結んでいないですよね?」























































