よもや姪っ子に
「だがあの状況で、侍女で押し通していたら……。シリル達に保護してもらうのは、無理だっただろう。無論、彼らは狼藉を働く兵士を止めていた。だが間に合わない可能性が大だと思った。その場合、どうなっていたか。魔力暴走を起こし、すべてが終わる。もしくはあの乱暴な兵士達の慰み者にされ、殺される。そのどちらかだったのでは?」
キルの言葉にあの日見た光景を思い出し、先程以上にゾクリとして、同時に不快になっていた。
魔王の娘、オデット王女という落としどころは、正解だったと言わざるを得ない。
「叔父上の判断は間違っていない。おかげで私は生きてここにいる」
「そうだ。それにあのシリルの嫁になれるんだ。良かったじゃないか」
シリアスな雰囲気を払しょくするように、キルが明るく口にした一言に、私はハッとする。
できれば女に聞きたいと思うが、その一方で、魔力のない女では答えられないのでは?という気持ちもあった。それにこうなった今、魔族の知り合いは少ない。さらには血縁関係につながる者は……このキルしかないのだ。
ここは防音魔法もかけられている。プライバシーは守られるだろう。
そこで、意を決して尋ねる。
「先程、叔父上は、『例えば人間と魔力を持つ女が交われば、魔力持ちの人間が生まれるか――そんな実験だってされかねない』と言っていた」
「ああ、そうだな。……不快にさせたと言うなら、謝罪しよう」
「その必要はない。……だがその……実際はどうなのだ? シリルと私は……政略結婚のようなもの。よってそういうことがあるかどうか、私には分からない。だが……」
するとキルが「ぷっ」と吹き出して笑った。
笑いながら「すまない、オデット」と言うのだから、文句も言いにくい。
ひとしきり笑い、涙を指で拭うと、キルはこんなことを言う。
「よもや姪っ子に、こんな話をすることになるとは思わなかったが……でもまあ、仕方ない。魔族なら誰もが知るという情報でもないからな。ここは魔族の“性”についてのお勉強だ」
そう言った瞬間。
キルからは笑顔が消え、これまでにない真摯な表情に変わった。
おかげで私の背筋も伸びることになる。
「魔族の始祖であるルーキフェルについて知っていることは?」
「ルーキフェルは元々、天にあり、善性の象徴の一角とされていた。だが地の世界に興味を持ち、天から落ち、魔王となった」
「正解。そしてそのルーキフェルの地における性別は?」
「男だ」
これは私ではなくても、魔族であれば常識的に知っていることだ。
なぜ今さらこんな話をと思うが、キルが至って真面目な顔のままなので、黙って付き合うことにした。
「男だけでは、繁殖できない。仕方なく、ルーキフェルは人間の女と交わった。するとルーキフェルとその人間の女ライラーの間に、双子が生まれた。男児には魔力があるが、女児に魔力はない。別の人間の女とも試すが、結果は同じ。他の種族ともルーキフェルは交わりを持ったが、どうしたって魔力は男にしか受け継がれない」
魔族の女が魔力を持たないのは、そもそも始祖が男であり、そしてこの世界にまだその概念はないが、魔力の発現につながる遺伝子が、男のみにしか受け継がれないということのようだ。
おそらく、他の種族でも同じだろう。
ちなみにルーキフェルは、自身の子孫を残すため、沢山の人間の女と交わったが、それはどれも手続きを踏んだものではなかった。つまり、結婚の概念を知らなかったので、手当たり次第に、人妻でさえ手をだした。その結果が、長きに渡る人間と魔族の戦につながる。
エルフ、ドワーフ、魔法使いが人間に味方したのは、同様の理由だ。つまりはルーキフェルの被害者が相応にいたのだ。ただ、人間と違い、彼らは精霊の力、屈強な力、魔法を使える。一筋縄でいかない。よってルーキフェルは人間の女にターゲットを定め、その生涯、手を出し続け、子孫繁栄に努めた――というわけだ。
「魔族の女に魔力はない。これが定説だった。だが奇跡が起きた」
そう言ってキルがウィンクをする。
どんな種族でもイチコロにするウィンクに思えた。
「なぜなんだろう? なぜ私が……」
するとキルは「そんなことも分からないか」という顔をしている。
私が首を傾げると、こんなことを話し出した。
「オデットの魂は一つであり、一つではないのだろう。つまり、君は特別なんだ」
キルは魔族ではあるが、天にいる者たちとは違う。
そんな魂のことまで見えるはずがない。
でも分かるのだろうか。私が前世持ちであることを。
「ともかくオデットは特別だ。よって奇跡を起こしたわけだが……さっき話した通り、その力は諸刃の剣。これから平和な世の中になるのだから、正直、その力は不要だとは思わないか?」
「それは……」
正直に言えば「分からない」だった。
魔術の使い方は習っていた。だが、使ったことは一度もない。
違うな。
記憶を封じられているが、幼い頃に使ったことがある。
だがその記憶がないので、使えることで自分が何をどう感じるか、分からなかった。
ゲームの画面では、使われた魔術を眺めているだけなので、やはり実感はない。
その一方で。
その威力が凄まじいものであることは、ゲームのプレイ経験からも、キルの話からも、よく理解している。
さらに私の魔力は、使いどころが難しいこともよく理解した。
ゲームでは当たり前のように、決められた場面で使っていたが、ここは現実世界。
切り札として私が動いていたら、敵陣のど真ん中、周囲は何十万もの人間・エルフ・魔法使い・ドワーフの軍がいる中で、発動させていたことだろう。そして……全滅だ。
だが私は切り札として機能することなく、魔王討伐パーティーとも戦うことなく、勇者シリルに保護された。その上で魔力を封じられ、人間たちの国エルエニア王国へ連れてこられたのだ。そこで残された魔族の王族の一員として、断罪されるかと思いきや! これからの平和の象徴となり、かつ魔族の残党の大義名分にならないために、シリルと政略結婚することを求められた。
今となってはこの魔力、不要のように思える。
現状、魔力を封じ、私の位置を示すレースのチョーカーをつけられているのだ。しかもエルフの手によるレースは、破壊不可能。よって魔力はあるが、使えない。意味なしだ。
その一方で、せっかく持っている魔力を失うことで、何が起きるのかも分からなかった。
ゆえに、キルの質問には答えにくい。
「その表情から察するに、自分でも持て余しているわけだな。だが冷静に考えてみろ、オデット。また戦をおっ始めるというのなら。この世界の種族を根こそぎ滅ぼす気持ちがあるなら。その力、必要であろう。その気持ちがあるのか?」
「それはない。もはや魔族と人間の戦は決している。無駄な争いは止めたい。私は平和に生きたいし、この世界に存在する魔族のみんなにも、生きて欲しいと思っている」
「ならいらんだろう、その魔力は。いつ暴走するかも分からん。例えばこの王都で暴走でもしてみろ。俺も含め、みんな死ぬぞ」
今、王都には、シリル率いる魔王討伐メンバー、女騎士のレダ、エルフのミルトン、魔法使いのレウェリンがいた。私との再会を待つ侍女のシア、ペルもいる。キルも目の前にいた。それに部屋には子猫のレオンだっている。ヒロインのフィオナもいれば、悪役令嬢のヴィヴィアンヌもいるのだ。王族や重鎮、沢山の臣下と兵士と騎士。それに広場で見かけた王都の沢山の国民達も……。
私が魔力を暴走させたら、みんなが死んでしまう。
「嫌だ。私は……この王都を滅ぼすつもりはない。知り合った人間を殺すつもりはない」
「ならばもう魔力はいらないな」
「そうだな」
するとキルが歯を見せてニカッと笑う。
なんだか子供みたいな表情を見せるキルを見て、私の頬も緩んでいた。
「安心しろ。その魔力はやがて消える。シリルの愛をたっぷり受ければな」
「はい……?」