はじまり~To the beginning~
「女魔王様、どうかお逃げくださいませ」
「でも、みんなはどうなるのだ!?」
「我々のことは、もうお忘れください。魔族の女は、基本的に魔力がありません。ただの人間と変わりがないのです。よって人間に襲われても……なす術はありません。そして辱め受けるくらいなら、死を選びます」
ここまでなんとか逃れてきた五名の侍女達が、私を見て口々に「お逃げください」と言っている。
「そんな……!」
動こうとしない私のことを、専属侍女のシアとペルが、両サイドから引きずる。
「シア、ペル、腕を放せ!」
「「なりません!」」
私に仕えていた侍女達の悲鳴が、ホールで響き渡る。
彼女達を助けようと言う私を、シアとペルが押しとどめた。
さらに私の手を左右からそれぞれ引いて、赤い絨毯が敷かれた廊下を走り出す。
「『転移の間』へ、ご案内します」
「でも……」
魔王城の最奥部、王宮にまで、魔王討伐パーティが乗り込んできた。
その勇者たちに従ってきたエルエニア王国の兵士達は。
宝物庫を荒らし、魔族の女を見つけると、手当たり次第に襲い掛かった。
「止めてください」「おい、手を押さえろ! ナイフでドレスを切り裂け」
許せない。
どうして人間達は、こうも下衆なのか!?
私はオデット・ルネ・デスローズ。
長い黒髪にルビー色の瞳、雪のような肌を持ち、どの魔族の女より美しいと言われている。そして紫黒色のドレスに黒のマントを羽織り、女魔王として、暗黒の国アビサリーヌを、影ながら治めていた。
そう、影ながら。
魔王の父親と魔族の女だった母親との間に生まれたにも関わらず、私は父親を凌駕する魔力を持っている。幼い頃より、将来、女魔王となるべく、厳しい訓練と教育を受けてきた。その成果が成就する日は、私が二十歳になったばかりの冬に訪れる。人間との戦闘で、命を落とした父親である魔王に代わり、私は女魔王として、百年前に即位したのだ。
ただ、表向き、私の存在は秘匿されていた。
なぜなら魔族の女は、魔力を持たないのが普通だった。それなのに私は歴代魔王で、一番の魔力を持つと言われていた。数千年に渡る人間との戦い。その終結に、私は切り札になるのではと考えられた。つまり決戦となった時、魔王として別の者を登場させ、魔王討伐パーティーと彼らが引きつれる軍を油断させる。そこへ本物の魔王、女魔王である私が登場し、人間どもを殲滅させる計画を立てていたのだ。
それなのに!
人間たちが、先に策を弄した。
魔族は黄金を好む。黄金は時に魔力を強化し、宝飾品としてその身を飾り、武器にもなった。その黄金を使った巨大なドラゴンの像が、突然、魔王城の前に現れたのだ。それを見た魔族たちは騒然とする。こんな黄金の像、みたことがないと。
二週間。
黄金のドラゴン像は、魔王城の前に放置された。
これをどうするか、私は重鎮達と話し合うことになった。
放置派と、城へ持ち込み、魔力の強化のために活用するべきという活用派に、意見は真っ二つに分かれた。
こんな時。
私は右腕であるセイン・ダークミストに意見を求める。
魔族の国、アビサリーヌの騎士団の団長であり、私に次ぐ魔力の持ち主であるセイン。彼はその時、エルエニア王国の南部の最大都市レニアへ遠征に出ていた。暗黒の国アビサリーヌは、エルエニア王国の北部にあった。最南端の都市にいるセインが帰国するには、時間がかかる。
使い魔を飛ばしたが、それだって時間が必要だ。
ゆえに、決断が迫られた。
その時、私に活用を強く推したのが、キル・シャドウゴース。
私の父親の弟であり、公爵だった。
シルバーグレーの髪にルビー色の瞳のキルは、父親にそっくりだ。
父親が亡くなった時。
母親と私を支えてくれたのは、このキルだった。
その後、心労で病に伏せた母親のために、優秀な人間の医師を攫ってきたり、回復を使える聖女を捕えて連れてきてくれたのも、叔父であるキルだったのだ。
結局、母親は亡くなってしまったが、キルの献身を、私はよく覚えていた。
ずっと昔の出来事だけど。
よって私はキルの進言を採用し、黄金のドラゴンを、魔王城の中へ運ぶことを許可してしまった。
ずしりと重い黄金のドラゴン像に、活用派の魔族たちは大喜びしていたが……。
その重さは、黄金の重量ではない。
黄金のドラゴンは金メッキ、中は空洞であり、そこには……魔王討伐パーティとエルエニア王国の兵士達が入っていたのだ。
まさにトロイの木馬だった。
え、トロイの木馬……?
なんだ、トロイの木馬って?
突然、見知らぬ言葉が浮かび、動きが止まった時。
「お、まだ魔族の女がいたぞ!」
「おお、なんだあの黒髪。異国の魔族か!」
エルエニア王国の赤いサーコートを着た兵士数名が、こちらへと向かってくる。
すると一緒にいたシアとペルの二人が、それぞれ短剣を手に、私の前に立ちふさがった。
「女魔王様、お逃げください。『転移の間』はすぐそこです」
「私達はこれでも護身術を習っていますから」
「そんな、シア、ペル、一緒に逃げよう!」
だが、二人は首を振る。
魔族の女は、一様に銀色の髪に赤い瞳をしていた。
黒髪なんて私ぐらいだ。
よって髪型だけ違うだけで、シアとペルは双子のように見える。
その二人が、揃って首を振っていた。
「先々代魔王様が捕らえた魔法使い。彼らに作らせた転移魔法陣は、一度に一人しか転移ができません。しかも発動条件は、魔王の血筋のみです」とシアが告げる。
「女魔王様が、私達の最後の希望です。どうか、多くの犠牲を無駄にしないでください」とペルに言われると……。
走り出すしかなかった。
絶対に。
絶対に。
必ず、人間どもをこの地上から駆逐してやる……!
「転移の間」の扉が見えてきた。
その時だった。
「いやぁぁぁぁ」
ペルの悲鳴に心臓が止まりそうになる。
振り返ってはダメだと思っても、今、走って来た廊下を見てしまう。
エルエニア王国の兵士に髪を掴まれ、剣を刺されたシアの姿が見えた。
黄色のドレスに赤い血が広がっていくのが見える。
シアの手から短剣が落ちた。
「おい、まだ息があるうちにやっちまおうぜ」
兵士が剣を抜くと、シアの体は床に崩れ落ちる。
そこにエルエニア王国の兵士が群がった。
「おい、お嬢ちゃん。お前は刺されたくないだろう。優しくやってやるから、その短剣を捨てな」
ペルに迫る兵士を見た瞬間。
首につけていたペンダントの鎖に、手が伸びていた。
女魔王である私が、膨大な魔力を持っていることがバレないようにするため、魔力を封じるペンダントをつけている。でもこのペンダントを外せば、私は魔力を使うことができた。
そうすれば、あんな鬼畜な兵士達、瞬殺することができる。
短剣を振り回すペルに、一人の兵士が剣を振り下ろそうとした時。
ビュンという音がして、兵士の動きが止まる。
兵士の心臓ギリギリ避けた場所に、矢が命中していた。
「ミルトン、レウェリン、狼藉を働く兵士は、命は取らず、でも動けないようにするんだ。襲われている魔族の女性は、手当てを」
凛とした声に、振り返ろうとした瞬間。
私の左右を走り抜ける人影が見えた。
ホワイトブロンドの長い髪に、とがった耳――エルフ。
白いローブに魔法石がついた杖を持った男性――魔法使い。
どうして、魔王討伐パーティのメンバーが、魔族の女を助ける……?
「!」
ペンダントを握る私の手に触れた男性と目が合う。
空を映したかのような碧い瞳をしている。
魔族が好む、黄金のようなサラサラの髪。
鼻梁の通った端正な顔立ちをしており、それはエルフにも匹敵する美貌だ。
スラリとした長身で、鍛えられたその体つきは、セインを思わせる。
美しい顔である点は同じだが、セインはアイスブルーの髪に銀色の瞳。
そもそも魔族と人間だ。種族が違う。
というか、エルフと魔法使いに命令できる人間なんて、一種類しかいない。
セレストブルーの軍服に白いマント。
騎士であり、そして――。
勇者だ。
そうか。
コイツが、金メッキの張りぼてドラゴンで、魔王城に入り込んだ、魔王討伐パーティのリーダーである勇者だ。
つまりは仇。
ペンダントを持つ手に力を込めようとするが、私の手をそれ以上の強さがで勇者が掴んでいる。
なんて強さ、この手を振り払うことができない……!
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