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まあ、それでも私にとって三先輩はいろいろお世話になった身、ここは一つ挨拶の一つもしてと思っていたら、お三方とも私が手を振ったことにまるで気がついてないぞ。うーむ。
「みんなわくわくしているんだよ。これから先に起こることで頭がいっぱいなのさ。見てみろよ。みんないい顔しているぜ」
そんな青龍の言葉に改めてお三方の顔を見つめると、なるほどみなさんいい顔をされている。
「だから龍子もわくわくしていいんだぜ。楽しまなきゃ損だ。というか楽しまなきゃあ、想像力も創造力も表現力も発揮できないだろう」
それはそのとおりだ。三先輩もそうだろうけど、私だって好きだから創作し、文芸部に入っているのだ。楽しくやらなくちゃ。いやいやいやでも一つ聞いておきたい大事なことがあるぞ。
「青龍。異世界ってどんなところなの?」
「ふふふ」
そんな私の問いかけに青龍は軽く笑い声を上げる。今、私は青龍の背に乗っているから、その顔は見えないが、さぞやいい顔で笑ってらっしゃるのだろう。くそう。何か悔しいぞ。
「龍子。龍子はさ。どんな異世界だったらいいと思う?」
「へ?」
青龍が何を言っているのか分からない。異世界で四神大戦が行われることになったから、青龍が私を異世界に連れて行くんじゃないの?
「いや……」
青龍は穏やかに諭すように言う。
「もうここは異世界だ。そして、もう四神大戦は始まっている」
「え? ここはもう異世界? 四神大戦はもう始まっている? そう言われても私には分からないよ」
「龍子」
青龍の声に力がこもってくる。それとともに水色の背の温かみも増してくる。
「想像力と創造力の翼を広げろ。そして、それを表現してみろ。大丈夫だ。龍子の潜在能力は他の三人に勝るとも劣らない。どんな異世界が、どんな国がいいのか、自分の言葉で語ってみろ」
私の望む異世界。私の望む国。
私は思考の世界に沈む。この時間は嫌いじゃない。
異世界。私が読む作品世界ではやはり「戦い」が多い。剣と魔法の戦い。人間と魔物、亜人の間の戦争。血は直接流れなくても、王妃の座を巡っての謀略の戦いとか。
でも私は読むにはよくても自分の異世界、自分の国ではそうはなってほしくない。私の、私の望む国、それは……。
私はいつものとおり、自分の思考の世界に沈む。何だか身体全体が温かみを増しているようだ。今まで青龍の背から私に温かみが伝わってきたが、今は私から青龍の背に伝わっているんじゃないかと思う。
機は熟したようだ。私はゆっくりと口を開く。
「その国の北側には峻険な山脈が連なり、頂上付近は万年雪に覆われ、この国の人々の来訪を頑なに拒んでいるようにも見える。しかし、この山脈から生み出される豊かな雪解け水はこの国全土に肥沃をもたらしていく」
「ふふふ」
青龍はまたも軽く笑っているようだ。だけど、今の私にはさっきほど気にはならない。次の言葉のために再度ゆっくりと口を開く。
「この国を潤す、その流れは上流においては山の恵みを生み出す力を大きく支える。大河は下るにつれ、森の恵みを支え、更に下るとこの国の民が慈しみ育てる果樹園に結実の力を供給する」
青龍はもう何も言わない。だけど、私から青龍の背に伝わる熱量が徐々に増大していることを感じているはずだ。
「更に下ると緩やかな草原が広がっている。そこでは温かく柔らかな風が吹くなか、牛、羊、そして、馬がゆっくりと草を食んでいる。牛は乳、羊は羊毛、馬は移動手段をもたらす」
「……」
「更に下る。今度は田園地帯だ。米、麦、野菜、この国に住む民ですら、その全てを把握していないほどの種類の作物が豊かに実る。この地域の二つ名、それは『永遠の穀倉』」
「……」
「そしてついに大河は海に達する。この国は東で海と接し、その海は恵みとともに常に温かく、適度に湿り気を帯びた優しい風を運んでくる」
「……大河が海に達したか。豊かな国だな。この国の都はどこにある?」
初めて発せられた青龍からの問いに私は更に自分の思考の世界の奥深くに沈む。そして、口を開く。
「この国の都。それはこの国を貫く大河の中ほどに位置する。北から来た流れが大きく東に曲がるところ。河川水運を最大限に生かし、船により数え切れないほどの山の幸、海の幸が運び込まれる。そして、馬たちも負けてはいない。船に負けじと豊かな財物を都へと運び混む」
「都は栄えているのだな。それでは次の質問だ。この国の民のどのような者がいる。そして、みんな幸せか?」
「この国の民は……」
私はは少しだけ言い淀んだが、すぐにまた言葉の泉は湧き出た。
「人間のみではない。エルフもドワーフもノームもいる。だが、その全てが種族間の争いを引き起こすことはない。複数の種族の血を引く子は珍しくなく、純血種の子との間の差別は全く存在しない。各種族の者は老若男女こぞり、食べ、飲み、歌い、そして、恋をする」
「そうか。ではこの国の民は豊かなのか?」
「この国の産物は都に集まるが、それは王族や貴族や大商人の食卓を賑わすためのみではない。この国全ての民に満遍なく行き渡るためにはそれが最も効率的な方法だからだ。そう、全てのこの国の民はその豊かさを享受し、その心身は極めて壮健だ」
「……分かった。ここはそういう国なんだな。よし、降りよう。おれたちの国の都に」
「へっ? 降りる? それってどういうこと?」