43(第六章完結)
玄武と武哉先輩は天上に上がっていき、それからの私は頑張った。人間だろうがエルフだろうがドワーフだろうが、もともとどこの国の出身だろうが全く関係はない。
誰も飢えることなく、今夜の寝る場所に困らない。笑顔で明るく過ごす。
それを貫き通した。
王宮、いや、私の家で一緒に遊んだ子どもたちも本当にいろいろな道に進んだ。ある男の子は武哉先輩の創り上げた国で機械の製造を学んでいる。別の男の子は虎威先輩の創り上げた国で馬車の御者をしている。別の女の子は雀美先輩の創り上げた国で南国特有のフルーツを作っている。
小さな小さな龍さんを通じて話をするが、みんな楽しそうだ。本当に良かった。
逆に私の家に遊びに来ている子どもたちの出自も多様だ。元気のいい男の子で大きくなったらエルフの経営している果樹園で働きたいと言っている子はもともと朱雀の国の拳士の子だ。白虎の国のモンゴル騎兵の子は河川水運の船頭になりたいと言っている。
一番驚いたのが玄武の国の兵を父親に持つ女の子が、私の家で小説を見つけ、夢中になって読んだばかりでなく、「自分でも書いてみた」と言って、小説を持ってきたことだ。
所詮は「エレクトリックボードノベル大賞」でも奨励賞止まりの私が言うのもなんだが、まだまだ粗さが目立つ。だけど、力強い。自分はこのことを書きたいという気持ちが伝わってくる。
「うんいいと思うよ。でね、ここの書き方はこうするともっと分かりやすくならないかな?」
女の子の顔はぱあっと明るくなる。
「本当! 分かりやすくなる。ありがとう。番様」
私も自然に笑顔になる。だけど女の子の次の言葉に私の心は曇った。
「また書いて持ってくるね。そしたらまた読んで、いろいろ教えてね。番様」
「うっ、うん」
私は頷く。そそいて、言葉を継ぐ。
「でっ、でもね。私もいつでも家にいるわけにもいかなくてね。もし、私がいなくても小説は書き続けてほしいんだ」
「うん」
女の子は笑顔で頷く。うう心が痛い。
◇◇◇
「帰ったか。子どもたちは」
青龍が私に声をかける。私は黙ったまま頷く。
四神大戦で敗者となった雀美先輩、白幡先輩、武哉先輩は既にこの地を去り、天上にいる。
四神大戦唯一の勝者になれた私だけが、その特権で最後の国創りをすることが出来た。
でもそれももう終わり。あまりに争いごとの絶えない世界だと四神が協議して潰してしまうそうだけど、この世界は大丈夫だろう。
だけどいつまでもこの世界にいられるわけではない。ある程度育った世界はあとは自分の力だけで発展していく。神とその番の仕事はあくまで「創世」までなのだ。
それでもっ! それでもっ! この世界を離れるのは寂しい……
「すまねえな」
青龍が静かに言う。
「分かっているよっ!」
私はもう涙が溢れてきていた。
「分かっている。分かっているよ。このことは青龍が悪いんじゃないっ! そういう決まりなんだっ! 先輩たち三人はもうこの世界を離れている。私は一番恵まれているんだ。分かっている。分かっているんだよ」
「でも辛いよな。何もないところから龍子が手塩にかけて創り上げて、こんな笑顔の世界が出来たんだから」
その言葉が臨界点だった。気がついたら私は青龍の胸にすがりついて泣いていた。
「分かっている。分かっている。もうこの世界は立派に育った。私の力がなくてもやっていける。分かっている。分かっているんだよ」
「そうか。分かっている。分かっているんだよな」
「分かっている。分かっている」
私は青龍の胸にすがりついて涙が涸れるまで泣いた。
◇◇◇
私と青龍は空き地の前に立っていた。
もと私の家、王宮があったところだ。いよいよこの世界を去るとなったら更地になってしまった。
「じゃあいくぞ」
「うん」
青龍の合図に私は最後の言葉を紡ぐ。
「この世界の民がこれからも笑顔で飢えることなく暮らしていけることを。この世界の幸せが永遠に続かんことを願う」
「創世神青龍」
「その番青滝龍子」
最後に私たち二人の名前で締めると、更地にそれらの言葉が刻まれた石碑が建った。これが四神大戦の勝者が唯一創り上げた世界に残せるものだ。
青龍は私の方を向くと言った。
「そろそろ行くか。龍子の三人の先輩方も待ちわびているだろうし」
「うん」
青龍は龍体になり、私はその背に乗った。やはり温かい。
徐々に徐々にこの世界から遠ざかっていく。眼下には寝静まった夜の街が見える。
「ねえ青龍」
私は一つだけ気にかかっていたことを口にする。
「ん? 何だ?」
「私に自作の小説を読ませてくれたあの玄武の国から来た女の子、私がこの世界からいなくなっても小説を書き続けてくれるかなあ?」
「書くさ」
青龍は笑って言う。
「あの子はきっと龍子と同じ『文学少女』だ。『文学少女』は何があろうと最後は書くのだろう?」
その答えに私はふふと微笑んだ。そして言った。
「うん。きっとそうだね」