42
小さな小さな龍さんたちは潰されることなくその実情を映してくれた。
玄武の国の大砲はその多くが損傷し、撃てなくなっていた。兵は多くの者がダメージを受けていたが、それでも這ってこちらに向かってきている。
ではこれでどうだろう。
「後方から作業員が予め用意していた資材を使い、国境の大河に五本の橋を架ける。大砲と戦闘員は作業員を敵の妨害から守る」
よし、通ったっ! では、次は……
「青龍の国の戦闘員は三人一組で大河を渡り、旧白虎の国に侵入した。大砲に守られながら、ゆっくり前進する。後から作業員がついていく」
これも通った。
「青龍の国の戦闘員は損傷した玄武の国の大砲を鹵獲。ついてきた作業員はただちに修繕にかかる。そして、玄武の国の兵は抵抗する者はやむなく倒し、その体力がない者は捕縛し、看護兵に引き渡す」
よしここだ。これが通るか?
「その看護兵の多くは元玄武の国の兵が捕虜になった者である。滋養があり、消化の良い粥を日々給与され、親身になった治療をうけているうちに虚ろだった目は光を取り戻し、虚ろな目をした故国の仲間にも明るく優しい世界があることを伝えたいと思うようになったのだ」
鳴らないっ! バチッという音で私の綴った文章が否定されない。やったっ! そして、やっぱりだ。
武哉先輩は、ツッコミが鋭く、創作論には厳しく、外見だけ見て、おっとりした気の弱い女の子だと思って告白してくる野郎衆には氷のように冷たいが、根っこのところはすごく優しい。
創作論には厳しいが、他の人の体型や人格を否定するようなことは絶対しないし、年下の私の意見にも必ず耳を傾ける。議論のための資料印刷とかは率先して笑顔でやるし、いろいろなことを惜しげもなく教えてくれる。
そんな武哉先輩の創り上げた国の民だ。根っこのところは優しいはず。こちらが親身に接すれば、伝わるはず。
そう私は二つ目の賭けに勝ったのだ。これで主導権はこっちに来た。
もうほぼ間違いない。豊かさを基盤とする国力は我が国の方が上だ。後は気球や夜襲などの奇襲に十分備え、鹵獲したものも加えた大砲による攻撃を軸にゆっくり前進していけばいいのだ。
玄武の国が最大の武器にしていたドライに命知らずに振る舞うことでこっちのメンタルに打撃を与えることにも対策が出来た。
人数の多さを最大限に活用し、取り囲んで大きな網で捕まえてしまうのである。そこから一人一人網から出した者を縛り上げ、看護兵たる元玄武の国の兵が親身に接し、虚ろな目に光が戻るようにしていく。
人数の多さは前線だけでなく、後方にも余裕をもって人が置けるように出来る。玄武の国のもう一つの武器である気球による奇襲にも対応できる。
無理のない前進でも、かつての白虎の国の王宮も我が国の手に入り、また最大の戦果として玄武の国の民で気球が作れる技術者も手に入った。これでこちらも空からの侵入もできる。
そして、こちらもたくさんの気球を作り、空と陸の双方から我が国の戦闘員が玄武の国に雪崩れ込んだ時に、武哉先輩からこちらの送り込んだ小さな小さな小さな龍さんを通じて、連絡が入った。
「龍子ちゃん、お見事。参りました。投了です」
◇◇◇
小さな小さな龍さんが映し出した映像には笑顔の玄武とやはり笑顔で、それに寄り添う武哉先輩。
「正直言うとね」
笑顔で玄武に体重を預ける武哉先輩、何か可愛い。
「まだ戦おうと思えば、それだけの力はあると思う。だけどね、玄武の国の民が龍子ちゃんに笑顔にされるのを見たくなっちゃったんだ。きっと龍子ちゃんが想像力・創造力・表現力で綴る物語に魅せられちゃったんだね」
ズッギューン 丸顔眼鏡で小首傾げてにっこり、魂持って行かれそうになりますわな。しかし……
「しかし?」
「あの武哉先輩。本当に投了していただけるのでしょうか? 実は駆け引きとか?」
「ぷっ」
ころころと笑う武哉先輩。
「そう思われても無理ないけど、武哉先輩だって、自分の創り出した民を無駄死にさせたくないよ。長い目で見ればこっちに勝ち目がないのは見えているしね。今回の通信は玄武様と一緒に天上に行く前の挨拶とお願い事。ねえ玄武様」
「おうっ!」
玄武は右腕で武哉先輩を引き寄せながら言う。
「青龍っ! いい番捕まえたじゃないかっ! まあ内面外面ともに美少女なのは武哉の方だけどな。がはははは」
青龍、微笑を浮かべなから受ける。
「ああ、玄武のじいちゃんの番、美少女だよな」
「ありがとうよ。ところでな。これから玄武も武哉と一緒に天上に上がるが、今回の世界は残すよう話すつもりだ。朱雀も白虎も賛成してくれると思う」
「え? 『今回の世界は残す』? どういうこと?」
思わず声に出して言ってしまった。
「ああ」
青龍が穏やかに言う。
「過去の四神大戦でな。勝つことにこだわりすぎて、勝者が決まっても、国内で殺し合いが止まらなかったことがあったんだ」
「! そんなことが」
「それでな龍子たちがここの世界に転移してきたように、ここの世界と他の世界は行き来できないとわけでもない。そんな連中が外の世界に出たら大変なことになる。だから当時の四神で協議して、その世界を潰すことに決めたんだ」
「この世界は潰さないよねっ?」
その時の私は必死の形相だったと思う。私も創り上げたこの世界が潰されるなんて耐えられない。
「大丈夫」
笑顔で受け止めてくれたのは武哉先輩だった。
「龍子ちゃんは『笑顔』のある国を創って、自分の創り上げた国の民だけじゃなくて、雀美ちゃんが創り上げた国の民も、虎威ちゃんが創り上げた国の民も、武哉が創り上げた国の民もその中に受け入れてくれたじゃない。それを最後まで貫き通せば、絶対に大丈夫」
「絶対に大丈夫……ですか?」
武哉先輩は笑顔で頷く。
「絶対に大丈夫」
気がつけば私は泣きながら武哉先輩にしがみついていた。武哉先輩は私の頭をぽんぽん。
結果的には今回の四神大戦は私が勝ったってことなんだろうけど、やっぱり武哉先輩の方がお姉さんだ。敵わないと思う。
「仕方ねえ。今だけは番の武哉を青龍の番に預けといてやるよ」
「すまねえ。恩に着るぜ。玄武のじいちゃん」
そんな玄武と青龍の会話もその時の私の耳にはまるで入ってなかった。