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四神大戦が始まった時、東に私のいる青龍の国、南に雀美先輩のいる朱雀の国、西に白幡先輩のいる白虎の国、そして、北に武哉先輩のいる玄武の国がきれいに四等分に分かれていた。
それが朱雀の国と白虎の国が脱落。私は天上に行く前の白幡先輩にアドバイスを受け、辛うじて朱雀の国の旧領を確保。武哉先輩は白虎の国を大混乱にしてから、その手に収めた。
かくて今は「東・南」と「西・北」の天下二分の計状態になっている。
正直、何度も言うように送り込む小さな小さな龍さんが次々潰されているため、今の相手方の正確な状況は分からない。分からない中で分かることを列挙してみる。
一つ目、青龍と一緒に玄武の国を訪ねていった時のこと。大森林が広がる国で人影はまばら。あまり数が多くない人が虚ろな目をして歩いていた。
二つ目、先の白虎の国との戦いに、たくさんの玄武の国の工兵が参加していた。白虎の国のモンゴル騎兵より玄武の国の工兵と戦ったイメージの方が強いくらい。
そして、この時分かったことがある。玄武の国の工兵はたくさんいたのだ。大砲を運び、大砲を撃ち、橋を架け、道を整備する。たくさんいなくては出来ない。直に玄武の国を訪れたときは少なく見えたが、樹木の陰、家屋の中、そして、恐らくは地下にもたくさんいたのだ。
三つ目、これも白虎の国との戦いであったこと。青龍の国の戦闘員が大砲を撃ち、架橋用の資材を破壊し、相手方に相当数の死傷者を出させたにもかかわらず、玄武の国の工兵は全く動じず、破壊された資材を架橋予定の大河に投棄したことは問題ないにしても、同じやり方で味方の死傷者を大河に放り込んだことだ。
この光景は青龍の国の戦闘員のメンタルを砕き、大砲が撃てないところまで追い込んだ。この時の工兵たちも一様に虚ろな目だった。
そして最後、白虎の国がもうこれ以上もたないという状況になった時、白幡先輩は、自分の創り上げた国の民に、私の創り上げた国に逃げるように指示した。
逃げられなかった人もたくさんいたようだし、自分の意思で残った人もいたと思う。そして、白虎の国自慢の馬たちは玄武の国の民に軒並み狂乱化され、逃げることができたのは、かつての朱雀の国との国境の大河を渡り、青龍の国に既に来ていた馬だけだった。
それでも相当数の民が青龍の国に逃れてきて、逃亡劇の模様を語ってくれた。
馬の管理はかなり前の時期から玄武の国の民が担うようになっていたこと。担った理由は安価で引き受けてくれた上、トラブルらしいトラブルがなかったため。一斉に馬が狂乱化したのは予め飼葉に薬剤を混ぜていたからのではないかと思われる。
白虎の国は人馬一体をよしとするお国柄だったし、乗馬を苦手とする人や子どもや高齢者も普通に移動手段に馬車を利用していた。だから、馬が全く使えないようにされたとき、あっという間に国は崩壊した。
仕方なしに徒歩で国外脱出を図ったが、徒歩では玄武の国の者と比べても移動速度が劣るくらいだった。
そのため数多くの仲間が玄武の国の者に捕らえられた。勇気をふるって、武器を持って、立ち向かった者もいた。だが、玄武の国の者は重傷を負わせても、酷い場合は腕の一本を斬り落としても、あの虚ろな目をしたまま、こちらに向かってくる。
多くの者がパニックに陥り、捕らえられた。
立ち向かうにはメンタルを強く持ち、両足を斬り落とすか(それでも両腕を使って、追いかけてくるが、移動速度は格段に落ちるので、逃げ切れる)、首を斬り落としかない。それを敵の全員にするのだ。一人だけ残ったとしても、全く戦意を失わず、向かってくるからだ。
あまりのことに相手はゾンビかとも思ったが、斬ると鮮血が吹き出すので人間のようだ。但し、自分の「意思」は持っていないようだ。
◇◇◇
状況整理しながら、私は挫けそうになった。武哉先輩、「史記」とかフランス革命の時の処刑人が主人公の小説とか、ゾンビパニックものとか、ロボットが罪の意識なしに虐殺を繰り返すSFとかも読んでいたっけ。はあ。
しかし嘆いてばかりもいられない。考えてみれば、雀美先輩か白幡先輩に負けていた方が、我が国の民は大事にされていたような気もする。武哉先輩に負けて、我が国の民があの虚ろな目にされるのは耐えがたい。
こうなった以上、やるしかない。
玄武の国との二つの国境線、一つは大河、もう一つは山脈で隔てられている。国境線付近は何重にも塹壕線を作り、しかも相互に連絡が取れるようにする。
武器の銃は十分な数配備し、更に要所要所に大砲を置き、そして、万一玄武の国の者に乗っ取られた時用に自爆装置も備える。
肝心なのは「人」だ。前回、従来からの青龍の国の戦闘員が玄武の国の行動に精神的ショックを受け、戦えなくなったことがあった。
その時に救世主になったのは投降した朱雀の国の元拳士たちだった。
今回も前線に朱雀の国の元拳士、白虎の国の元モンゴル騎兵を配置し、精神的ショックを受けても立ち直りやすいようにする。