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「拳士たちが我が国の戦闘員との戦いを放棄し、一斉に逃走を始めた。逃走が出来ない負傷した拳士はその場で降伏を申し出ている」
えっ、えーと。事態の急展開に私の頭がついていけない。うん。「青龍の国の戦闘員は降伏した朱雀の国の拳士を一貫して丁重に扱う」。で、後はどうしよう?
「龍子」
わっ、悩む私のところに小さな小さな龍さんを通じ、雀美先輩から通信が。
「なっ、なななっ、何でしょう? 雀美先輩」
「やあね。そんなに緊張しないでよ龍子。悔しいけど今回は雀美の負けね。認めざるを得ないわ。千年に一度の四神大戦だから何としても勝ちたかったけど」
はい? えーと、つまり四神高校文芸部随一の武闘派雀美先輩が私相手に負けを認めた?
「言っとくけど龍子。負けを認めたのは今回だけだよ。他の勝負じゃ負けないからね。おっと、こんなことを言っている場合じゃない」
「はあ」
「今回、龍子に負けたのは仕方ないとして、雀美が劣勢と分かった途端、虎威が武哉と組んで雪崩れ込んできたことにはちょっとカチンときているの。だからね」
「はあ」
「一つは龍子にお願い。拳士の中でももう負傷して戦えなくなった者はみんな降伏させるけど、丁重に扱ってほしいの」
「それはもちろんそうします。逆の立場で龍子の創り上げた国の民が虐待されたら嫌だもの」
「ありがとう。降伏した者たちには青龍の国の者によく従うように言っておくよ。きっと龍子のこれからの国創りにも役に立つと思う。みんな体力凄くあるから」
「ありがとうございます」
「もう一つ、まだ戦える拳士は全員虎威の創り上げた白虎の国との戦いに回す」
「……」
「もう雀美の創り上げた朱雀の国は虎威の創り上げた白虎の国には勝てない。でも、私の創り上げた国が全部虎威に取られるのも面白くない。だから龍子の創り上げた国の戦闘員を送り込んできて。出会ったらすぐ降伏するように言ってとくから」
「ええっ、いいんですか?」
「いい。龍子なら雀美の創り上げた国の民を大事にしてくれるだろうから」
「ただそうなると、今度はうちの戦闘員と虎威先輩が創り上げた白虎の国のモンゴル騎兵が戦闘になる心配があります」
「それは将来的には戦わなければならないだろうけど、すぐに戦わなくてもすむように雀美が何とかする。雀美を信じて。じゃあ、雀美は虎威の創り上げた白虎の国のモンゴル騎兵に出来るだけ抵抗するから」
通信はそこで切れた。
◇◇◇
雀美先輩から「信じて」か。信じていいのかなあ。
「もう龍子の中では答えが出ているんじゃないのか?」
くそっ、青龍には今回もお見通しかよ。そうだよ。もう私は雀美先輩の言うことを全面的に信用している。
「青龍の戦闘員のうち半分は北側で国境を接する玄武の国が急に攻めてきた場合に備えている。もう半分のうち十分の一は国内を巡回し、負傷した戦闘員か朱雀の国の拳士を馬車に回収。双方とも丁重に加療する。残りの戦闘員は材木を持った建設作業員を伴い、朱雀の国との国境の大河に向かう」
「国境の大河に到着した部隊から順に建設作業員たちが架橋する。架橋作業が終わった部隊から順に朱雀の国に入っていく。最終的に三本の橋が架かった」
「朱雀の国に入った戦闘員は建設作業員を護衛しつつ進む。建設作業員は通行の妨げになる樹木や岩石を除去。馬車が通れるよう道路を拡張する」
ここまではいいようだ。バチッと鳴って文章が綴れないことにはなっていない。問題はこの後だ。
「朱雀の国の集落に入った戦闘員たちは歓迎される。戦闘員たちは歓迎に感謝し、手持ちの食糧の一部を贈る。すると、集落の民は喜び、朱雀の、南の国の特産品である果実をお返しにくれた。果汁が多く、糖度が高い。聞けばたくさん採れるという。『これはうまくすれば一大産業に出来るぞ』。商人出身の戦闘員はそう思った」
おおう。鳴らなかった。バチッ鳴らなかった。我ながらちょっと強欲かなとも思ったけど鳴らなかった。いやそれよりもちゃんとうちの国の戦闘員とはもう戦わないという約束を守ってくれた雀美先輩に感謝だな。
◇◇◇
進むにつれ、雀美先輩の創り上げた朱雀の国には南国独自の産物、青龍の国にはないものがたくさんあることが分かってきた。
これはいい。朱雀の国の民にも青龍の国の産物を喜んでもらえたし、こりゃあもっと豊かな国にできるね。取りあえず国境の大河に橋三本架けたけど、もっと増やそう。
などと思っていた私のところに小さな小さな龍さんたちから新情報が。
「白虎の国のモンゴル騎兵に負傷させられた朱雀の国の拳士が次々に我が国の戦闘員が駐在している集落に逃げてきて助けを求めている」
うーん。取りあえず負傷した拳士は後送して治療してあげて。だけどこれはうちの戦闘員と白虎の国のモンゴル騎兵と戦う羽目になる? 正直それはキツイ。白虎の国とは国境を接してなかったから、対策を殆ど考えていない。