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「我が国との国境にある大河を朱雀の国の拳士たちが泳いで渡河。既にかなりの数が我が国に侵入している模様」
これだ。やはりか。雀美先輩がこれ見よがしに目立つ山道を通らせて一部の拳士たちを白幡先輩の創り上げた国との国境付近に送り込んだのは「陽動」だ。
更に言うと雀美先輩が私の創り上げた国に攻め込んでいる隙を白幡先輩が突かないようにするための予防的措置の意味もあるんだろう。
いずれにしても気が重い。この国は笑顔が絶えないように、辛い思いをしないように私が創り上げてきた。四神大戦のルールとはいえ、それが蹂躙されるのは哀しすぎる。
「そう暗い顔すんなって、民が不安がるぜ。まあ全く被害が出ないってわけにもいかないだろうが、必死こいてこの日のために対策を考えてきたろうが。大丈夫。龍子なら勝つ。何せ青龍が選んだ番なんだから」
今はその青龍の言葉を素直に受け止めよう。民を不安にしないように。
「非戦闘員の者は事前に繰り返された訓練通りに、馬車に乗って、後方に避難。馬車は非戦闘員を避難させた後は、前線の戦闘員に武器を送り込む。十分な数の武器は用意されているから余るくらいに送り込まれる。相手は拳士。己の拳のみが武器で、我が国の戦闘員のように手持ちの武器を使う訓練はなされていない。取られても逆用される懸念はない」
青龍は何も言わず、微笑を浮かべたまま私を見守っている。
その時別の人の声がした。
「勝負だよ。龍子」
ああ、雀美先輩だ。青龍が送り込んだ小さな小さな龍さんを通して話してきているのだ。
◇◇◇
「龍子。龍子には恨みはないけど、これも四神大戦の勝負。最初の対戦相手にさせてもらったよ」
うんうん。分かります。雀美先輩の創り上げた朱雀の国が境を接するのは私の創り上げた国か白幡先輩の創り上げた国。
モンゴル騎兵が草原を駆け回る白幡先輩の創り上げた国と比べれば、笑顔溢れる私の創り上げた国の方が組みしやすく見えることでしょう。
おまけに私の創り上げた国は豊かさだけはどこにも負けない。ここを傘下に収めれば後で白幡先輩の創り上げた国との勝負も優位に進められる。
凄い説得力のある考え方だし、実際、雀美先輩の思惑通りになってしまうのかもしれない。でも私はそれは嫌だ。
自信はない。でもやるしかない。私は自分の創り上げた国の民の笑顔を守りたいのだから。青龍のアドバイスも入れて、最善を尽くして。
「でも楽しいね。龍子」
へ?
◇◇◇
「龍子は楽しくない? 雀美は楽しい。文芸部で議論していた時も楽しかった。虎威には本気で頭にきたこともあったし、武哉には何度もしてやられた。でも楽しかった」
「……」
「そして今、四神大戦をやっている。それがとても楽しい」
認めざるを得ないなあ。自分の創り上げた国の民の笑顔をなくしたくないという気持ちは強い。だけど、私の中にあるワクワクする気持ちは否定しようがない。
「龍子。これが最後の会話。いい勝負をしましょう。でも勝負は雀美が勝つけどね。大丈夫。その後、龍子は雀美を見守っていて。龍子の国の民も仲間にして、虎威も武哉もぶちのめしてやるから」
自信満々ですね。それでこそ雀美先輩です。
◇◇◇
青龍が満遍なく小さな小さな龍さんたちを送り込んでくれたおかげで情報は豊富に入ってくる。
私は大きな紙に簡単な地図を書き、机に載せた。そこに碁石を置いていく。黒が雀美先輩の創り上げた朱雀の国の拳士たち。白が私が創り上げた青龍の国の戦闘員だ。
もともと朱雀の国と青龍の国の国境には大河が流れていて、それが自然の防壁になっているはずだった。しかし、鍛え上げられた雀美先輩の創り上げた朱雀の国の拳士たちは激流をものともせず、泳ぐことで渡河してしまった。
一カ所に固まって進軍するのではなく、拳士同士の距離をとり、国境の大河も上流から河口まで均等に配置して、上陸させてきた。
はて。そのままサンカーでいうところのゾーンプレスで真っ直ぐ進ませて、まるごとこの国を制圧するつもりか? それともどこかで動きを変えて、こっちの王都を囲む気か?
答えはすぐ出た。小さな小さな龍さんたちの報告で、拳士たちは端に行くほど進みが早く、逆に真ん中はゆっくり進んでいるとのこと。これは歴史小説大好きの武哉先輩が教えてくれた鶴が翼を広げるようにして相手を包み込むことを意図する「鶴翼の陣」だ。
つまり雀美先輩はこっちの王都を取ろうとしている。
私は後ろにいる青龍を振り返った。
「ねえ。青龍。四神大戦って王都を取られたら負けなの?」
「うーん。必ずしもそうではないが、王都取られてまで戦うとなると泥沼の戦いになるぞ。非戦闘員も大きく巻き込む戦になる。龍子はそういうの向かないんじゃないか?」
うーんそうだね。子どもたちが戦いに巻き込まれるところは見たくないな。