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ひょっとしたら武哉先輩は和装をして、畏まって抹茶を出してくれるかもと思ったが、そうではなかった。
時代劇に出てくるお奉行様のお屋敷のような王宮。そこのポカポカと陽の当たる縁側で
一般家庭にあるような急須で一般家庭にあるような湯飲みにお茶が注がれた。そしてお茶菓子。うーん。これは「おばあちゃんの家」?
玄武は姿を見せないし(どこか陰で見張っているのかもしれないけど)、武哉先輩は穏やかで、優しい笑顔で四神高校文芸部の思い出話を始める。
そうなると私も楽しいから、その話に夢中になる。いつしか隣にいる青龍の存在を忘れるほどに。あの学校の部室での活動に戻ったような。というか四神大戦の方が夢だった?
そんな私の気持ちは武哉先輩の次の言葉で破られた。
「青龍様、さっきからキョロキョロされて落ち着かないようですね?」
◇◇◇
! しまった。私はここには自分の国の民の笑顔を守るため青龍と共にこの国の視察にきたのだ。それを忘れておしゃべりに夢中になってしまった。
「いっ、いやあ、二人とも随分仲良く話しているもんだから、なんか落ち着かなくてねえ」
苦笑いして頭をかく青龍。
「ふふふ。それは申し訳ありませんでしたね。それでは青龍様のお話を聞かせていただきましょうか? キョロキョロされて何をご覧になっていたのでしょう?」
うわあああ。武哉先輩、笑顔だけど目は笑っていない。怖い、これは怖い。
「いやあああ、立派なお屋敷だなあと思って。情緒あるし」
「そうですか。お褒めいただき、ありがとうございます。ただ、武哉には青龍様がこの屋敷に仕掛けがあると思われ、それを探っているようにも見えましてね」
ギクッ。見抜かれている。青龍は武哉先輩が私との思い出話に夢中になっていると踏んで、横目でお屋敷の構造を探っていたのは間違いない。
「あーははは。そんなことないですよ。ほら、青龍ってとぼけているからボーッとお庭を眺めていただけですよ」
「ふふふ。どうかしら?」
武哉先輩、怖いままです。
「武哉の経験からしますと、ご自分のことを『とぼけている』と言われる方は油断ならないキレ者さんが多いですのよ。ねえ玄武」
「そうだな」
この言葉と共に後方の襖が開き、兵を引き連れた玄武が現れた。
「実際のところ何をしようとしていたんだか、言ってくれねえかい。青龍 の」
「そんなこと言われたってさあ。ボーッと庭見てただけなんだから仕方ねえべ。それより兵とか引き連れてどうしたのさ? ここで青龍たちを拘束する気? それやったら朱雀の兄貴と白虎の親父いっぺんに敵に回すぜ。そして青龍の国が丸ごと手に入る訳じゃないのは知っているよな? 朱雀の兄貴はすぐに兵出して、玄武のじいちゃんより先に青龍の国取りに来るぜ」
正直、私の創り上げた青龍の国が玄武に取られるのも、朱雀に取られるのも耐えきれないほど嫌だ。
だけど青龍はそんなことは分かった上で、このやり取りをしているはずだ。ここは信じるしかない。
「ああ、青龍の言うとおりだな。ここで青龍とその番を拘束すりゃあ、朱雀も白虎も待っていましたとばかりに、青龍たちの救出を名目に攻め込んでくるだろうし、青龍の国も朱雀が半分以上取っちまうじゃろうよ。しかし、それでもな」
「?」
「玄武から見れば一番手強いのは青龍とその番じゃ。今回の四神大戦、先に青龍とその番も潰しておけば、もう半分勝ったようなもんだと思っとるんじゃ。武哉もそう思っているって言っていたよな」
「そうね。武哉から見ても一番手強いのは龍子ちゃん。雀美ちゃんも虎威ちゃんも凄いけど、化けた場合のポテンシャルは龍子ちゃんがずば抜けているの」
そいつあどうも。武哉先輩。でもそれは買いかぶりってもんだと私は思いますよ。
◇◇◇
さてどうする。ここは逃げるべきだろう。青龍が玄武と戦えば勝てるかもしれない。だけど、どちらが勝つにしろ、相当の手負いになるだろう。その後、この国の兵士全部を相手にして勝てるかどうかと言えば、それは怪しいと言うしかない。
ただ逃げるにしても、問題なのはこのドームだ。正直、武哉先輩がどういう形でこのドームを創り上げたのか、皆目見当がつかない。当然、自分の想像力・創造力・表現力でドームの突破を図るが、それが武哉先輩の想像力・創造力・表現力を凌駕し得るかどうかと言えば、全く自信がないというのが本音だ。
「青龍様」
あ、武哉先輩が一歩前に出た。
「ここの屋敷の仕掛けを探っていなかったというのは本当ですか?」
「ああっ、本当だ」
「それでは」
武哉先輩が天を指差すとドームの天井に穴が開く。ありゃ。
「とっととお帰りなさい。青龍たちの国へ。武哉たちにまた探っていると思われる前にね」
「分かった。おい龍子。行くぞ。すぐに青龍の背に乗れっ!」
「うっ、うん」
私は大急ぎで青龍の背に乗り、青龍は私が乗ったことを確認するや否や、全速力で空に飛び立つ。
そして、ドームの天井に開いた穴を抜ける。それと共に穴はすぐに塞がる。
だが、私たちは振り返らない。全力で私が創り上げた玄武の国と青龍の国の国境にある山脈を目指して飛ぶ。
山脈が見えた。この山脈は私が創り上げたものだから、武哉先輩の創り上げた玄武の国と白虎の国の国境の山脈より遙かに標高が低い。
青龍は水平飛行のまま、国境の山脈を突破。ついに私の創り上げた青龍の国に帰ってきた。
「ふいいいい」
さすがの青龍も大きな溜息を吐く。
「助かったあ」
私も久々に青龍の上で普通の声を出す。
「でもさ何で武哉先輩は最後に私たちを逃がしてくれたんだろう?」
「それはこういうことだな」
青龍がそう言うと私の耳の中にいた小さな小さな龍さんが外へ出てくる。そして、龍さんが話し始める。