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「おうっ。そっちから連絡ありがとう。うんうん。このままじゃドームの中には入れねえしな。うんうん。東側の塔のある広場に降り立つんだなって、え?」
私も見た。確かにドームの東側には小さな塔のある広場がある。ところがその広場には多くの人が歩いている。青龍がそのまま降り立ったら、その人たちを踏み潰したし、吹き飛ばすことになる。
「ちょっと待ってくれや。今広場にゃ玄武のじいちゃんの国の民がたくさん歩いてるぜ。青龍が降り立ったら踏み潰ししまうって、悪いけど場所空けるように言ってくれよ。え?」
「……」
「かまわねえから踏み潰して降り立てって、きつい冗談はやめてくれよ。玄武のじいちゃんの国の民だよ。その国の神がそんなこと言ってどうするよ? え? 他に降り立てる場所はない? そこが駄目ならこの国への訪問を中止して帰れ?」
「!」
来た! さすがは玄武と武哉先輩のコンビだ。一筋縄では行かない。
「おい龍子」
私の耳の中の小さな小さな龍さんがまた青龍の言葉を伝えてくる。
「玄武のじじいは青龍には『かまわねえから自分の国の民を踏み潰せ』と言ったが、本当に青龍が踏み潰した日には『青龍が我が国の者を踏み潰した』と言いふらし、憎悪を煽るぞ」
「うん。私もそう思う」
私も内心頷いた。
「ここは絶対踏み潰しちゃいけないよ」
「うーん。そうだな。この手で行こう。青龍は地上が近づくにつれ徐々に体を小さくする。最終的に降り立つ時には人間体になる。龍子は青龍におんぶされた状態で降り立つことになるが、これでやるしかなかろう」
花の女子高生が中国の文官服を身にまとった二十歳くらいの兄ちゃんにおんぶされた状態で人がたくさんいる広場に降り立つ。ある意味公開処刑以外の何物でもない羞恥プレイだが背に腹は代えられないか。くそう。
◇◇◇
しかし、私の心配は全くの杞憂だった。この武哉先輩が創り上げた玄武の国の民は、降り立った青龍にも、それにおんぶされた私にも全く関心を示さなかった。
私の創り上げた青龍の国の民は笑顔でせわしなく動き回っていた。だけど、この国の民は虚ろな目でゆっくりと歩いている。私たちばかりでなくお互いに全く関心がないようだ。
何とも言えない複雑な気持ちで佇んでいた私に声がかけられた。
「龍子ちゃん。お久しぶり。お元気?」
出ましたね。玄田武哉先輩。まんまる顔に眼鏡、黒髪ショート。「玄田いいよなあ。癒やし系で見ているとホッとするよ。ああいう娘が彼女ならいいよなあ」といったお話を私も何度も聞いたことがあります。そして、「ごめんなさい」と笑顔で言われたと泣いている姿も何度か見たことがあります。
「ようこそ、私の創り上げた玄武様の国へ。ゆっくりしていってね」
うー、やっぱ天使の笑顔だなあ。同性で年下の私から見ても可愛いもんなあ。
「ふふふ。とは言っても何もない国だけどね」
「ご謙遜を。武哉先輩が創り上げた国が何もない訳がないでしょう」
「ふふふ。おだてたって何も出ないわよ」
ドームに近づくと、武哉先輩は右手の平をかざす。
すると人一人が入れるような穴が開き、私と青龍が続く。
「凄いシステムですね。どうやって創ったのですか?」
そんな私の質問に
「ほほほ。お話するほどのものでもないわよ」
いやいや、それはもう四神高校文芸部の頃から、武哉先輩の「これは大したことじゃないんだけど……」で始まる鋭い創作論に何度驚かされたか分かったもんではございません。
◇◇◇
ドームの中はまるで江戸時代の街並みだった。しかも「広小路」というのだろうか、道も広めに取ってあり、そんなにギッチリ住んでいる感じでもない。ただ、歩いている人の数は建物の数と比べると多く感じる。それらが前を見ないで歩いているのだが、全く衝突はしない。そして、みんな目は虚ろだ。
「あれが王宮ね。みんなに比べると小さいでしょ。でも、玄武は気に入ってくれているんだ」
武哉先輩の指す方向を見ると、
「江戸時代の武家屋敷みたいですね」
「そうなの」
武哉先輩、可愛らしいはにかみ。
「きっとみんな立派で堅固な王宮創っているだろうけどね。私はそういうの性に合わなくてね」
はい確かに雀美先輩と白幡先輩は堅固な石造りの王宮を創られました。しかし、私は武哉先輩より小さな家が王宮です。
「この国は北の国冬の国でね。このドームの外は果てしなく広がる針葉樹林。このドームの中も小さな江戸の街並み。雀美ちゃんや虎威ちゃんの国に比べると面白みないだろうけどね。私はこの国が好きなの。ごちそうとか何もないけど、よかったらお茶でも飲んでいってよ」
顔を見合わせる私と青龍。耳の中の小さな小さな龍さんが小さな声で言う。
「断るのも変だから受けよう。多分毒は盛らないと思うが、調子が悪くなったらすぐ青龍の袖を引け」
私は黙って頷いた。