21
青龍の上昇に伴い、私の身体も冷えてくるはずなのだが、それがそうはならない。何故なら青龍の体温もゆっくりと上がってきたからだ。
急速な上昇で筋肉を使い、体温が上がったのか、青龍が自らの意思で体温を上げる能力を持っていたのか、それは私には分からない。
しかしそれは私にとってとても心地よい温度で、早い話が眠くなってきた。
「青龍、やばい。私、このまま寝ちゃいそうだよ」
◇◇◇
「おうっ、かまわねえぞ。そのまま寝ちまえ。玄武の国に着いたら起こしてやるから」
「なっ、何言ってんのっ!」
さすがに私は慌てる。
「こんな時に寝たら、私、落ちちゃうじゃない」
「安心しろ」
青龍は何事もなかったように返す。
「そのまま寝ちまえばいい。青龍は絶対龍子を落とさないよ。龍子は青龍の大事な番だからな」
「ちょ、ちょっと。私はまだ自分が青龍の番だと認めたわけじゃない……ふあああ、眠い」
「だから寝ちまいなって」
そこで私の記憶は途切れた。本当に眠ってしまったのだ。
◇◇◇
吹き付ける横風で目が覚めた。もう山脈は越えたらしい。
青龍の飛行は垂直から平行に変わっていた。
むくりと体を起こす私に青龍が声をかける。
「おう起きたか。もう玄武の国だぞ。よく見とけや」
そんな青龍の言葉に私は下を見回す。
北の国。冬の国とのことだが一面の雪景色ということもなかった。ただあちこちで霧が立ちこめている。
それでもこの武哉先輩の創り上げた国の大地は見える。
森だ。大森林だ。針葉樹林にすっぽり覆い被されている。雀美先輩は山、白幡先輩は平原を主体にしたが、武哉先輩は森林を主体にしたか。
そして、一見未開の原生林だけど、これは……
「ねえ、青龍。この国なんだけど」
青龍は何も言わず、自らの髭を一本抜き、息を吹きかけると小さな小さな龍さんが出来る。
その小さな小さな龍さんは強風の中泳ぐように必死に私に近づくとちょこんと右肩に乗る。うっ、可愛い。
そして、ゆっくりと私の耳の方に歩いてくると囁くように言った。
「あなたの耳の中に入らせて」
何ともインパクトのあるお願いだが、その可愛らしさに思わず頷いてしまう私。
すると小さな小さな龍さんはその体を更に小さく小さくしてひょこひょこと私の耳の中に入ってきた。何だかこそばゆいような気がする。
私の耳でも随分奥の方に入ったなと思ったその時声がした。
「龍子。すまねえ。ここはもう玄武のじじいの国だ。どこで聞かれているか分かったもんじゃねえ。青龍の話はここから伝える。龍子はそうだな……、青龍の背中に指で文字を書いて、伝えてくれ」
「へっ?」
「妙な声を出すな。怪しまれるだろう」
いやそうは言ってもね。背中に指で文字を書くって何かのレクリエーション? それで話が伝わるの?
「えーい時間が惜しいっ! とっとと書けっ!」
はいはい。分かりましたよ。えーと。「この国って一見霧深い未開の大森林のように見えるけど、見えないところ開発されているよね」と。
「気がついたか」
良かった。無事伝わったようだ。そして、青龍も気づいていたようだ。
「ぱっと見、一面の原生林だが要所要所に建物がある。そして、見えづらくはあるが、それらを繋ぐ道路が整備されているはずだ」
「そうだね」
私は頷く代わりに青龍の背に指で文字を書く。
「そして、建物も小さく見せているけど恐らく地下とかにも広がっていると思う」
「ありそうだな。おっ?」
青龍の言葉に前を向くと見えた。
武哉先輩の創り上げた玄武の国の都が。
何と透明のドームに囲われている。
「おい。玄田武哉ってのはSF好きか?」
青龍が半ば呆れたように言う。
「いや武哉先輩は……」
私は四神高校文芸部時代の記憶をたぐる。
「SF好きというより何でも読んでた。雀美先輩は恋愛ものとファンタジー系の武術格闘系が好きだったし、白幡先輩はやっぱり恋愛ものと歴史ロマンが好きだったな」
「で、玄田武哉は何でも読んでたのか?」
「うん。普通に恋愛ものとかも読むんだけど、他にミステリーにホラー、コメディーにSF、何でもござれだったよ」
「ふうん。作風が広いのか。そうすると玄田武哉がどういう形でその想像力・創造力・表現力を使うか予測するのは厄介だな」
「それはある。だけどもう一点気になっていることがあるんだけど」
「何だ?」
「うん。他は朱雀も白虎も青龍が龍の姿で自国を飛ぶのを嫌がっていたじゃない。でも、玄武が嫌がらないのは何でだろうって」
「! 言われてみればそうだな。青龍たちを混乱させようという意図もあるのかもしれんが、それをやるったって相当の自信がないと出来ないことだ。龍の姿の青龍を見ても、この国の民が動揺しないという自信が」
「……」
何てこった。雀美先輩と白幡先輩の凄さにもさんざん自信喪失させられたが、武哉先輩の凄さはまた違った方向性で私の自信を喪失させる。
「おっ、すまねえ。玄武のじじいから連絡が入った。会話は一端打ち切るな」
うん。もうそこにドーム見えているしね。