2
結果を先に言うと青龍の言うとおりだった。
ドタドタと音を立てて、二人のおまわりさん、五十代くらいのおじさんと二十代くらいのお兄さんが乗り込んできた。
おじさんの方は私の姿を認めると駆け寄り「怖かったね。今『不審者』を追い出してあげるから。で『不審者』はどこにいるの?」と言った。
その問いにもちろん私はその場に寝そべっていた青龍を指差した。
「おまわりさん。あの人です」
「え? 誰もいないけど」
うっ、やっぱり、青龍の言うとおり、普通の人には青龍は見えないんだ。
「巡査部長」
若い方のおまわりさんがおじさんおまわりさんに声をかける。
「こちらのお嬢さんは『不審者』に『不法侵入』されて動揺されている可能性があります。この家全体を探してみたいのですが」
「それもそうだ。お嬢さん。家捜ししてもいいかな?」
おじさんおまわりさんの問いに私は頷くしかなかった。
◇◇◇
家捜しした若いおまわりさんは「不審者」を発見できなかった。
そりゃそうだ。「不審者」青龍はずっと私の部屋で寝そべっていたのだから。
そのうちただ寝そべっていることに飽きたのか、青龍は姿が見えないのをいいことに、おじさんおまわりさんに向かって、アッカンベーをしたり、ベロベロバーとかを始めた。ああ腹が立つ。
どうにもこうにも「不審者」が見つからないとなった時、おじさんおまわりさんはおずおずと切り出した。
「どうやら『不審者』はもういないようだね。ところで最初から気になっていたのだけれど、この家には大人の人はいないのかな?」
キターッ。やはりそれは聞かれるわな。私としては青龍のことは不愉快だが、一人でやりたい放題やれる今の環境は嫌ではない。ここはうまくしのがねば。
「りょ、両親は今旅行中なんです」
「旅行中? 女子高生のあなたを一人残して? まあともかくあなたが危険な目に遭ったというなら電話で連絡しておいたほうがいいね。番号を教えてくれる?」
やばいやばいやばい。えーと。
「あ、あの実は海外旅行なんです。しかも結構な僻地に行っているんで電話は通じないかと」
「そうなの?」
何だか納得がいかない様子のおじさんおまわりさん。
「そうなんです」
「あまり感心しない話だけど、そういうことなら仕方ないな。何かあったらまたすぐ110番するんだよ。あと戸締まりはしっかりとね」
「はい……」
◇◇◇
「ぷっくくくく。ぶわっはっはっは」
おまわりさんたちが行ってしまうと途端に青龍は大爆笑を始めた。
「ほらみろ、俺の言ったとおりだろ」
「悔しいけど、そのとおりね」
私もそう言うしかなかった。
「で、私をどうしようっていうの? 神である青龍の生け贄にでもしようっていうの?」
「馬鹿なことを言うな」
あれ? 今まで笑いながら話していた青龍が真顔になった。
「白虎のオヤジや朱雀の野郎だったら、こいつが番と分かったら遠慮なしに襲いかかるだろうが、俺はあいつらとは違うの。『紳士』なの」
え? 今何て言った? 「紳士」? じゃない、番?
「番って何よ?」
「そりゃおまえ。番じゃない普通の人間に俺たち四神が見えるわけないだろ。現にさっきの人間たちには見えなかっただろうが」
いや「見える」「見えない」の問題はこの際置いといてだ。番というのは、恋人? カップル? いやさ夫婦?
「誰と誰が番だって?」
「そりゃあ」
青龍は照れもせずにしれっと言ってくれる。
「俺と龍子に決まっているじゃねえか」
◇◇◇
「決まっているって何だ? 決まっているって? 私はまだ十六歳だぞ。恋は……したことはあるが、両思いになったことはない。それがいきなり番とは何だ?」
「安心しろ」
青龍はまた笑顔に戻った。
「俺は全然気にしない。俺は龍子が番で大満足だ」
「私の方が気にする」
「おうっ、それでいいそれでいい。気にしろ。俺は龍子がその気になるまで気長に待つからな。安心しろ。俺は千年生きる」
「そっちが千年生きても、こっちは百年生きればいい方だよ」
「まあとにかく俺は龍子が俺のことを番と認めるまで手は出さんよ。俺は『紳士』だからな。だが、明日龍子が学校に行く時には俺もついていくぞ」
「何で? 他の人には青龍は見えないんでしょ? 意味ないじゃん」
「見えるんだよ」
青龍はまた真顔になった。
「他の四神の番である白幡虎威、朱野雀美、玄田武哉にはな。そして、他の神も必ず番についてくるはずだ」
「!」
「まあさすがにいきなりケンカを売ってくるようなことはしないとは思う。だが他の三人に神がついていて、龍子に俺がついていないとなると圧倒的に不利だ。ついていくに越したことはねえ」
「……」
何だかえらいことになってきたなあ。ただでさえ文芸部の三先輩は揃って猛者だというのに。間違ってもケンカしたくない人たちだし。
「心配すんな。龍子のことは俺が守ってやんよ」
今はもうその言葉信じるしかないか。はあ。
◇◇◇
翌朝、私はもう何と言ったらいいものやらという気持ちで登校した。
ただでさえ昨晩の「第11回エレクトリックボードノベル大賞」の最終結果発表でわが文芸部には血の雨が降りそうなのに、三人の先輩たちにそれぞれ神様が番になっているとは。
いったい何が起きるってんだ? ハルマゲドンかラグナロクか?
それにしても私の真後ろで空中をぷかぷか浮かんでいる青龍のお気楽そうなこと。空中であぐらを組み、両手を頭の後ろに回してニヤニヤ。ちくしょう。何がそんなに嬉しいってんだい。
とは言え、この状態で少しでも頼りになりそうなのは青龍しかいないというこの現実。
「ふいー」
どうしたって溜息が出る。
その時だった。既に学校の敷地内に入り、教室に向かっていた私の耳に「シャララーン」という幻聴が聞こえたのは。どうやら開戦のようだ。はあ。