19
翌朝、白幡先輩はそれはもう実にいい笑顔で私に言ってくれた。
「青滝さん。昨夜は残念でしたわね」
やはりと言うか何と言うか、やっぱり監視していたわけですね。しかし、私はその時はもうとにかく眠くて何か言い返す気力もなかった。
朝食に出してもらったボールツォグという小さな揚げパンとウルムというバターはとても美味しかったが、それでも私は寝ぼけ眼のままだった。
そして、乗った馬車が昨日同様キンキラキンの上等な代物だ。揺れが適度に心地よく、私を眠りに誘う。そして、私はそれに逆らえなかった。
「ふふふ。青滝さん、お疲れのようね」
そんな白幡先輩の言葉も聞き流し、私は眠りについていた。
◇◇◇
「おい、龍子起きろ。目的地に着いたぜ」
青龍の声に私は目を覚ます。ああーよく寝た。
「ふふ。もっとよく目を覚まさせてあげましょうか?」
白幡先輩はそう言いながら馬車の窓を開ける。
「寒! え? 何なの? この寒さ?」
「ふふ。青滝さん、外に出てみなさいよ。何で寒いか分かるから」
白幡先輩の言葉に従い、私は肩をすくめながら馬車の外に出る。
そして答えはすぐ分かった。
北側に連なっている見上げるような高さの山脈。私の創り上げた青龍の国と北側の玄武の国との間にも山脈が連なる。だけどこちらの方が恐らく高い。そこから乾いたひどく冷たい風が吹き下ろしてくるのだ。
「白幡先輩、これは?」
「私が創ったもんじゃないよ」
白幡先輩は首をすくめながら言う。
「これを創り上げたのは武哉。おかげで隣国だっていうのに武哉がどんな国を創り上げたのか、さっぱり分からないんだよ」
「はああ」
いやでもすごく納得がいく。武哉先輩らしいと言えばまさにその通りだ。
「まあそれでもね」
白幡先輩は背負子を背負ってくる何人かの人を指差す。見ると凄い量の荷物を背負っている。
「あの人たちは武哉が創り上げた玄武の国からあの山脈を越えて来た人たちなんだよ。目的は交易。交易には熱心なんだ」
「はあ、どういうものを交易しているんですか? やっぱり北の国だから毛皮とか持ってくるんですか?」
「それがねえ」
白幡先輩は首をすくめたままだ。
「むしろ毛皮とかはこっちが輸出しているんだよ。羊毛や乳製品、干し肉とかね。向こうが持ってくるのは」
「……」
「簡単な機械とかの加工品なんだ。正直搾乳機とか武哉が創り上げた国からの輸入に頼っているところがある。あっちの国の人がいったんばらしてうちの国に持ち込んできて、こっちで組み立てて渡してくれるんだよ」
「輸出品が機械?」
青龍が独りごちる。そして、その眼光は鋭かった。
何か思うことがあるのだ。だけどこの場、白虎と白幡先輩のいるところでは言わないだろうが。
それとは別に私はあることが気になった。武哉先輩が創り上げた国から交易目的でくる人はあの峻険な高山を越えてくるのだ。
普通に考えれば相当鍛えられた筋肉質の肉体の持ち主だろう。現にこれほどの高山ではないが、雀美先輩の創り上げた朱雀の国も山がちで、そこの住人たちは筋肉質だった。
ところが武哉先輩が創り上げた国から来る人たちはむしろ細身だ。よくあんな大荷物を背負えると思えるような体をしている。それにみな目が虚ろだ。
「じゃあ青滝さん」
◇◇◇
あ、白幡先輩に呼ばれた。
「私と白虎はもう行くね。いつまでも騎兵に護衛させておくわけにはいかないし。でも最後にもう一回だけ言う。雀美の創り上げた国より私の創り上げた国の方が強い。そして、正直、武哉は悪い子じゃないけどつかみ所のないところがある。青滝さんがどこかの傘下になるつもりがあるなら、私のところが一番いいと思うよ」
「……」
「じゃあね」
最後に白幡先輩は飛び切りの笑顔を見せた。
私と青龍は白幡先輩と白虎、そしてそのモンゴル騎兵たちを見えなくなるまで見送った。
◇◇◇
改めて思い直すとやっぱり涼しいを通り越して寒い。
「昨夜の寝室よりはだいぶ落ちるが、あそこに玄武の国から来た交易人が自由に使っていい小屋がいくつかあるそうだ。その一つを使わせてもらおう」
青龍の言葉に私も頷く。
「そうだね。先のことはともかくいったん建物に入ろう」
◇◇◇
小屋に入ると青龍は自分の髭を一本抜くと、小さな小さな龍を作ると小屋の中を探らせる。
「どうやらこの小屋は監視されてないな」
「ふう」
その言葉に私も一息つく。白虎と白幡先輩もここまでは監視しなかったか。
「いやな……」
青龍は神妙な顔のままだ。
「白虎の親父のこともあるが、玄武のじじいの監視も入っているかもしれんからな」
「え? だってここはまだ白虎の国でしょう? なのに玄武の監視が入るの?」
「ああ」
青龍は頷く。
「それくらいはやりかねないと思っている」
「まあ」
私は溜息を吐く。
「そういうこととは別に私は今回も自信なくしたけどね。雀美先輩も凄いけど、白幡先輩はもっと凄い。強い国創ってきたよ。私じゃあ勝てる気がしないよ」