18
「だけど、これから玄武の国に行くってけど、青龍もこう酔っ払っちまっちゃあ、今日行くのは無理だろ。泊まってげや。部屋用意してやるから。んで明日はまた玄武の国との国境に近い森まで馬車で送ってやるよ」
「ういー、ありがてえ。お言葉に甘えさせてもらうぜ。白虎の親父」
「おう」
「じゃあ女官長、二人を客間に案内してあげて」
「はい」
白幡先輩の言葉に女官長は頷くと私たちを誘導する。
「こちらへ」
青龍はふらふらと立ち上がった。何とか歩けるようだ。酔っ払って……いるのかなあ。
「この部屋でございます」
おおっ、この国は「武」を重視する硬派な国かと思ったら、こんな豪華な客間もあるのか。
「普段は使わない部屋ですが、お二方は特別なお客様と白虎様も番様もおっしゃられるので特別に用意しました」
女官長はこちらの心を読んだかのように説明してくれる。
「ではごゆっくりお休みください」
そう言って女官長が扉を閉めた段階で気がついた。私は青龍の番ということになっているから同じ部屋に寝るんだ。
◇◇◇
ちらりと青龍の方を見るとこれでもかと大あくび。確かに私は自分が青龍の番ということを認めていないが、それはいくら何でも酷くないか?
「あー、飲んで食って眠くてしょうがねえ。龍子悪いが、俺は寝るぞ」
へ? 青龍はそう言うが早いかベッドに倒れ込み、高いびきをかきはじめた。
これはもう私の貞操は守られたと思っていいのかもしれないが、これはこれで何だか納得いかない気がするのは何故だ?
まあとにかくこっちはこっちで休ませてもらおうと思って、ベッドの反対側に腰を下ろした後、私はあることに気がついた。
ぱっと見、目立たないが青龍の右手が手招きしているように見える。
! 泥酔して寝たように見せかけて実は寝てないな。そしてあの手招きは、あれか、俺は紳士だから襲いかかるようなことはしないが、龍子が望むなら話は別だとでも言いたいのか?
すると、私のそんな気持ちを察したかのように手招きしていた右手を左右に振った。そうではないと言いたいのか?
そのまま青龍は大いびきをかいているようで、右手を左右に振ったり、手招きをしたりを繰り返した。何らかのサインであることは最早間違いはないだろう。
しかし、そのサインがどういうメッセージだか、さっぱり分からないのだ。ここは意を決して近づいてみるしかないようだ。貞操が守られる根拠は青龍の「俺は紳士だ」という言葉だけだが。
私は恐る恐る青龍に近づく。相変わらずの大いびき。
! 次の瞬間、青龍の右腕が私を抱き寄せた。くっ、この野郎。紳士だって散々言っていたのは嘘だったのか。それにしても優男のくせに何て力だ。考えてみれば人間体なら優男だが、こいつはもともと龍だった。
右腕で私をホールドしたまま左腕で私の頭を自分の顔の方に持っていく。くうう抵抗できん。私のっ、私のっ、貞操があ。
そして、青龍は私の耳に口を寄せる。耳から攻めようってのか? こいつ慣れているのか?
「いいかよく聞け。この部屋は白虎の親父とその番に監視されている」
! 青龍の言葉に私は我に返る。それはそうだ。私たちはその傘下に入ると明言していない以上、白虎と白幡先輩から見れば未だに競合相手だ。
そういうことから考えれば、向こうはこっちが何か仕掛けてくるのではという警戒心は完全には解けないだろうし、また、こちらを監視して何か弱みでも握れればみっけもんだ。そう考えれば監視しない方がおかしい。
「何度も言うが青龍は紳士だ。龍子が青龍の番になることに納得するまで手は出さねえ。だが、白虎の親父とその番は龍子は青龍の番ということでこの王宮に受け入れている」
何だかドギマギして顔がほてってきたぞ。
「だから、青龍は泥酔して寝てしまい、龍子は呆れて寝てしまったという体を装う。青龍はこのまま寝ちまうから、龍子も寝ちまってくれ」
青龍はそこまで言うと私をがっちりホールドしていた両腕を緩めた。私は全速力で青龍から離れたい衝動に駆られたが、それを押さえ込み、これから始まるはずだった行為が青龍が寝入って中断され、酷く失望しているというような演技に努めた。
百歩譲って自分に想像力・創造力・表現力というものがあったとしても、演技力なるものがあるかと言えば、甚だ心許ない。しかし、そうも言ってはいられないしなあ。
それよりだ。青龍はとっとと寝ろと言ったが、恋愛経験ろくになしの日本のごくごく普通の高校一年生が急に抱きしめられた上、耳元で囁かれて(色気もへったくれもない話ではあったが)、それですんなり寝付けてたまるかってなもんだ。
うー、思い出したら鼓動が止まらん。ここはスマホを使って、青龍の国の王宮にいる子どもたちと話せたら少しは落ち着くかと思うけど、監視されている以上、変に思われる行動は取れないしなあ。
かくて私はうだうだした感情を制御できないまま、青龍と同じ部屋で一夜を共にした。当然によくは眠れなかった。