13
朱雀の国の神殿はまるで中国拳法の巨大な道場だった。白と鮮やかな朱色で塗られた建物を最北部に置き、その南面には広大な中庭が広がる。
中庭では中国拳法の真っ赤な道着をその身にまとったたくさんの若者たちが組み手の稽古をしている。凄まじい熱気だ。
朱雀が神殿に降り立ち、私を背に乗せた青龍がそれに続いても、たくさんの若者たちは稽古をやめようとしない。恐らくそのように教育されているのだろう。
朱雀がたくさんの若者たちと同じ姿、真っ赤な中国拳法の道着を着用した人の姿になった時、青龍も私に背から降りるよう促した。
私がゆっくりと青龍の背から降りると青龍も中国の文官服を身にまとった人の姿に戻った。
それを見た朱雀は神殿の奥を見て、くいと顎を上げる。そして、神殿の奥からその姿を現したのは……
やはりと言うか朱野雀美先輩だった。あー緊張する。
「しかし、雀美先輩、おのおのこの異世界に来てまだ一日しか経っていないかと思うのですが、もうすっかりこの異世界に馴染んでいますね。大きなスリットの入った真っ赤なチャイナドレス、とてもお似合いですよ」
「ありがとう。龍子」
雀美先輩、一応はお礼を言ってくれる。だが……
「そう言う龍子の格好は何? 学校の制服そのまんまじゃないの。そう言えばうちの高校、制服以外での登校認められているのに、龍子はずっと制服で来ていたよね。まあ武哉もそうなんだけどさ」
何だか文芸部の時の会話そのまんまだなあ。
「いやー武哉先輩は黒髪ショートの眼鏡で制服が凄く似合っていましたからね。私の場合は単に面倒くさいってだけで」
「そうそう悔しいけど武哉は制服が似合うんだ。凄く清楚に見えてさ。それで告った男を何人も撃沈させていたが」
「おいおい」
延々と続きそうな文芸部ガールズトークを懸念したか、朱雀が声をかけてくる。
「仲間との会話が楽しいのは分かるが、俺が雀美を呼んだってことは何をやってほしいのか分かるだろう?」
「そうね」
頷く雀美先輩。むう、ちょっと妖艶だぞ。
「じゃあ龍子に青龍様かしら? ちょっと我が国の拳士たちの方を向いてくれる」
雀美先輩の言葉に私も青龍もたくさんの若者たちが組み手の稽古をしている方を向いた。朱雀は既にそちらを向いている。
「皆の者っ!」
雀美先輩の凜とした声が響く。その声に応じ、組み手の稽古をしている若者たちが一斉にこちらを向く。
「我らが神。朱雀様からお言葉がある。心して聞くように」
「「「「「うっす」」」」」
若者たちは直立不動のまま頭を下げる。うーん。子どもたちが「神様。番様」と言って私の家、いやもとい神殿に入り込んでくる我が国とはえらい違いだ。
「皆の者。稽古ご苦労である」
「「「「「うっす」」」」」
そうこう考えているうちに朱雀の訓示が始まったぞ。
「今日は朱雀の舎弟である隣国の青龍とその番がこの国を表敬訪問してきた。ここは普段からの厳しい訓練ぶりを見せつけ、間違っても我が国に逆らおうなんて気を起こさせないようにするのだっ!」
「「「「「うっす」」」」」
言うが早いか中庭にたくさんいた若者たちは二人一組になり、より一層激しい組み手を開始した。
拳を突き出す勢い、蹴りの速さもさっきまでとは段違いだ。それだけに強烈な打撃を受け、立ち上がれなくなる者も出てくる。
「救護班っ!」
その叫びと共に担架を持った二人の若者が駆けつける。その若者たちも真っ赤な道着を身につけ鍛え上げられた体をしている。どうやら「救護班」は日によっての交代制のようだ。
負傷する者は次々出て、「救護班」は奔走。それらの者を回収する。勝ち残った者は勝ち残った者同士で新たな組み手を開始する。何とも激しい。
「どう? 龍子」
いつの間にやら雀美先輩が背後から近づいてくる。
「強いでしょう? 雀美が想像力・創造力・表現力で創り上げたこの国は」
頷くしかなかった。戦闘力という観点で見れば、私が想像力・創造力・表現力で創り上げた国は雀美先輩のそれの足元にも及ばないだろう。
「雀美が創り上げた朱雀の国は、他の誰が創り上げた国にも負けはしない。龍子はもちろん武哉にも、そして、虎威にもね」
知ってはいた。知ってはいたが雀美先輩の迫力はやはり凄い。
「だから龍子には早めの朱雀の国の傘下になることをお勧めする。そうなれば武哉や虎威の創り上げた国から守ってあげるわ。龍子は可愛い後輩だもの」
背筋がぞくりとした。
こういう時に頼りにしたいのは青龍なんだけど柄にもなく真剣な表情で組み手の訓練を見つめている。更にそんな青龍を満足そうに見つめる朱雀。
うーん。でもそれでもここは迂闊に雀美先輩の創り上げた朱雀の国の傘下になりますとは言えないよなあ。
「雀美先輩、お誘いは嬉しいのですが、これから白幡虎威先輩と武哉先輩の創り上げた国も表敬訪問してきたいんです。その上で、青龍とも相談して決めたいと思います」
「ふーん」
そんな私の回答に雀美先輩は怒るでもなく普通の対応をした。
「まあ好きなだけ見てくればいいわ。まあでも虎威や武哉の国と比べても、雀美が創り上げた朱雀の国が最強だと分かるだけだろうけどね」
うーん。自信満々だなあ。何にしてもすぐ傘下にならないと答えても怒られなかったことにはホッとした。