意識したら止まらない
薬が効いて精神的にも落ち着いた頃を計ったかのように、それはやってきた。
「あら、先生!偶然ですね」
「は、箱庭さん…おはようございます。偶然なんですね?」
授業準備や部活動の顧問を務めている教師にとって、数少ない休日に本当に偶然告白してきた生徒に出会すことがあるのだろうか。疑問を抱えつつも先生としての体裁は崩さないようしっかりと挨拶をした。
箱庭さんはやだなぁ、先生偶然ですよ!と念を押してきた。余計怪しい。これが生徒じゃなければ、警察に突き出したいレベルだ。
「せっかくですし、先生一緒に出掛けません?勿論、誤魔化す内容は思いついているので安心して下さい。懲戒処分などにはなりませんよ」
偶然出会っただけなのに、すでにこの綿密な計画がある時点で怖い。心の中で確信する。やはり偶然なんかじゃない、と。
緊張で汗水が垂れる。
「あはは…箱庭さん。だm「先生、アリスです。アリスと呼んで下さいね」…まずは人の話を聞こうね」
狙ったかのように駄目という言葉に被せてきた。しかも否を言わせないかのような物言いと態度。しかし真剣な瞳。教師としてだが、少しだけ興味を沸いたのが負けだった。
「そんなに名前が気に入っているのかい?だとしても公平さを欠かさない為にもそれは出来ないんだよ」
「名前が気に入っている訳じゃないんですよ。箱庭って苗字を名乗るには私は相応しくない、ただそれだけです」
彼女の哀愁漂う瞳が嘘を語っているようには見えなかった。彼女の家庭事情を深く知っているわけではないが、家庭訪問の際、確かに箱庭さんの親御さんは彼女に完璧を求める様子が伺えた。
「私、姉がいるんです、それもとびっきり完璧な姉が。両親も完璧主義で実際、なんでもこなせますし…それと比べれば私は同じ苗字を名乗るにはまだまだ未熟過ぎます。だからこそ苗字で呼ばれたくはないんです。私はまだ自分自身を箱庭家の一員として認めてはいないので」
あまりの意志の強さにそれ以上、追求することは出来なくなった。同時に苗字で呼ぶことも出来なくなった。