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聖者の宝石  作者: stenn
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夢の終わり

 ――やぁ、やぁ。お前らが最後かなぁ?


 きぃきぃとと耳障りな音が響いていた。ゆらゆらと揺れる天井のランプは風もないのに揺れながら歪に辺りを照らし出している。そのランプが照らし出すものは到底直視出来るものではなく、毎日ピカピカに磨いていた床はどろりとし何かが広がっていた。


 もはや形を成していない、重ね合わされた『それ』の上に兵ら然と座っているのは一人の男。まるで――そう。王様の様に見えた。王座などどこにも無く、座っているそれはどう考えても普通の人間なら考え付かない事だろう。


 理解が追いつかない。理解したくない。


 ――逃げなければ。ニゲナケレバ。本能がガンガンと脳を叩く。だが、身体が張り付いたように動かない。それは恐怖が支配しているのもあるが、それより辛うじて残っている理性が『置いて行けない』と悲鳴のように叫んでいた。


 どしゃり。と聞きたくもない鈍い音。同時にシロトの身体が崩れる様にして私の前で倒れていた。思わず抱き起こすと、私は軽く息を飲んでいた。


 その右肩から腕にかけて欠損していたのだ。ジワリと血が私の体を汚していく。


 もう助からない。そんな言葉が浮かんでは消えていく。実際血の勢いは薄れてきていて、それと比例する様に顔色が悪くなっていく。


 どうすればいいのか分からなかった。どうしたら。診療所――人を助ける事が主な所に通っている蔵に何一つ出来ないことが悔しかった。泣く事しかできないのが腹立たしい。かつて母親を見送ったときのように。


 どうしたら――。


 はあっ。と喘ぐような息でさえ弱い。きつく閉じられた瞼が虚ろに開いて私を見つめていた。ただ、焦点が合っているのかは分からなかった。


「――つ。シロト――っ」


「め。り……。にげ」


 掠れた言葉に重なるようにしてこつりと足音。それに私は息を飲んで顔を上げていた。


 どくりと心臓が一度強く跳ねた。そのまま止まってしまうのではないだろうか。そう思うくらいに。


 ――件の男が大して面白くないというのに、にこりと張り付いたような笑顔で覗き込んでいる。年の頃は中年ほどだろうか。無精ひげほ生やした筋肉隆々の精悍な顔つきをしていた。


 その手にはナイフ――剣だろうか。銀色の刀身に刃毀れなど無いように見えたが、その柄と握っている手には血がこびり付いていた。


 はっ、はっと我知らず息が上がる。その目は瞬きをすることも忘れ見上げていた。カタカタと震える奥歯。それを抑えようとしてぐっと奥歯を噛みしめていた。


「あ――お前らも、持っていなさそうだよなぁ?」


「……な、にを?」


 きゅうと護るよう――もしかしたら縋り付いていた――に抱きこんだシロトの身体は酷く冷たい。まるで死んでいるようだが、まだ微かに息はあるようだ。


「魔法石。ここのインチョがね俺たちのとこから盗んだんだよなぁ。いや、借りただけだ。と本人は言っていたんだけど俺たちは貸した覚えは無くてさ」


 いゃあ。参ったよ。とどこかどうでも良さそうに軽く笑っている。私はポケットの中の魔石を思い出してごくりと喉を鳴らしていた。


 どういう経緯で院長の元に行ったのは理解できないが、これを渡せば無事に返してもらえるだろうか。助かるだろうか。


 ――でも。


 私はぐっと震える手を握り閉めた。


 私一人助かって、何の意味があるというのだろう。


「何のために借りたんだよって言えばよ。石は『聖なる力を持つもの』を見分けることが出来るからってさ。んなやつ。いるわけないのによ――馬鹿じゃん? そう思うよなぁ。いくらガキでもさぁ」


 聖なる力を持つもの――。前世界の魔力ではなく。聞いたことなどない。知らない。にっと男は笑った。それがとても不気味に映る。


「ついでに、『聖なる力を持つもの』は……。その寿命が尽きる迄死なないんだよな――絶対。見極めるのなんて、石が無くても出来ることだろうに。やっぱ馬鹿だろって感じだよなぁ。さぁて。ガキ相手の説明も言い訳も飽きたし」


 お前はどうだろう?


 くすり、低い声が耳に響く。私はゆらりと男を見つめた。


「め、り。に――」


 逃げて。


 声にならない声と同時に耳に届くのは空気を切ような音と何かかはじけ飛ぶ音だった。その目に映ったものは――血だろうか。


 プツリ。私の世界は暗転していた。



 ――いい? 絶対に人を憎んだり、恨んだりしたらいけないの。それが。そのことが人の在り方だとしても。『私たち』はそうしたらいけないの。


 約束。守れるかしら?


 コトコトとスープが鍋の上で煮詰まっていた。それを掻きまわしながらあの人は優しく笑う。在りし日の光景。


 戻ることのない情景。


 でも。母様――あの人たちは皆を――家族を殺したんだよ。


 その言葉にあの人――母は何か言いかけたが困ったように笑うだけだった。




 その日。暗闇の中。飛び散った血肉から『なにか』が生まれた。人――ではない。余りにも『それら』は異形だっから。その目には光など無く、爛れた口元からはだらりと涎が零れていた。赤い歯肉からは白い――のこぎりのような歯が生えている。筋肉などないその腕は――素早く動くものを掴むと躊躇などなく、その口元に運んでいた。


 それが動いた後には――動く者すら見当たらない。血、一滴でさえも啜られ、干からびた残骸だけが残っていた。


 夜近く。静まり返った町になす術はない。


 一夜にして――町から人が消えた。


 その生活の痕跡を色濃く残したままで。



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