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聖者の宝石  作者: stenn
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不安

 診療所を出た時は晴れていたのに、天気は変わるものだ。天を見上げれば曇天。ぽつぽつと雨が降り出していた。



 さらに暗く始めた町を抜け。孤児院の門にたどり着けば、驚くほど静かだった。そう――虫の声も聞こえないくらいには。それはどこか気持ち悪くて、不安が足元からせり上がって来るようであった。



 子供一人。まるで誰もいないかのようだ。



 その不気味さを感じ取ったのかごくりと誰かの息を飲む声が聞こえてきた。



 アシッドは私の手を軽く握る。縋るためだったのか――けれどそれは何か違うような力強さだった。その視線は不安ではなく、何か強い意志で真っ直ぐ前を見つめている。



 先ほどまで『かえすの?』なんて不満げにぐずぐす言っていた子供と同じ顔には見えなかった。何か言おうとして、口を開いたがその前にナイが口を開いていた。



「――どういう事だろう? メリル」



 おどおどとした口調に私は肩を軽く竦める。



「分からないよ。バレたのかな?」



 それにしても静かすぎる気もするが。静かすぎて自分たちの声が大きいほどだ。それ故、微かに小声になってしまう。



 雑にポケットへ入れた石を上から軽く叩く。存在を確認して落としていないことに小さく息を付いていた。



 私の横で顔に皺を軽く寄せてシロトが口を開く。



「それでも静か過ぎるよ。――裏口に廻ってみよう。この時間なら誰かいるはずだし」



「そう、だね。行ってみようか」



 窓にはいつも灯っている明かりが灯っていない。一瞬微かに移動した気がしたが、次の瞬間消えていた。まるで存在を隠すかのように。



 私の前を歩くシロトはそれに気づいていないようだ。裏手に廻ると小さな扉――それこそ子供一人が入ることがやっとのような――を開いて裏庭へと入り込む。その奥には院内に入る事の出来る小さな扉があり、やはりそこも静まり返っていた。



 あの扉は勝手口となっていて、孤児院の洗い場に直接繋がっている。今の時間は忙しくしている筈なのだけれど、誰一人気配を感じることは出来なかった。



「メリルちゃん」



 微かに不安げな声。その小さな手をきゅうと握りしめる。励ます様に――とは思ったが縋っているのは私だったのかも知れない。



 シロトは雨と闇に紛れて、軋む扉をゆっくりと開けた。鍵は掛かっていないらしい。中に入ると近くにあったランタンを取り出した。



 ぱちんと軽い弾けるような音と共に淡く白い光が灯る。それは太陽の光を閉じ込めたような明るさだった。



 照らされるのはなんだか不気味なものとなり果ててしまった勝手口の古い扉で。泣いているように小さく蝶番が鳴った。



「ちょっと見てくるから、そこにいてくれる?」



「でも――危ないよ」



 そう眉尻を下げるのはナイだ。不安そうに大きな双方を揺らしていた。そのナイににこりとシロトは笑う。些か無理をしている様に見えるのはシロトも元来怖がりで線も細く弱い少年だからだろう。喧嘩をしているのは見たことが無かった。



 それでも。とぐっと何かを飲み込んだ後で口を開く。



「僕は『お兄ちゃん』だからね。兄妹を護るのは当然だよ」



「でも――」



 ナイは納得できないという様に口元を噛んでいた。一人で行かせたくない。行って欲しくない。たけれど自分自身が行く勇気は無くて。



 誰か。と言いたげな言葉を飲み込んでいるように見えた。



「じゃあ。私も行くよ。シロトだけじゃ心配だしね。ナイもそれでいい?」



「メリルちゃん?」



「メリル!」



 両耳の近くで同時に叫ぶのは止めてほしい。一人は絶望に濡れた目で。一人は厳しそうな顔つきで見てくる。



 もう一人は――歓喜なのか、安堵なのか。申し訳なさなのか。それを織り交ぜた複雑な顔をしていた。多分私には『いくな』と言わないだろうな。となんとなく分かった。心配してくれるのは確かだけれどどこか、いつも何かが違うのだ。シロトとは。年齢の所為かも知れない。



 別にそれが悲しいとは思わないし、ナイが幸せならそれでいいか。そう思った。私はナイが好きなのだし。



 もちろんシロトも大切で。



 俄かに力が強くなったアシッドの掌を解きながら苦々しく笑って誤魔化す。



「いや、あの。本当に大丈夫だと思うんだ。根拠ないけど。何なら私一人で行こうか? シロトでは不安だしね」



「メリルちゃん……僕は。何かあったら……」



「大丈夫だって。雨宿りしながら待ってて」



 パンと、自身の手を軽く合わせ叩いてから踵を返す。それはシロトの説教を聞く気は無いからだった。慌てて追いかけてくる気配。シロトは『そこにいて、いいね』と残された二人に言い聞かせている。



 ――小雨は次第に雨音を強くしていった。

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