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聖者の宝石  作者: stenn
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感謝

 ――憎い。


 誰かが言った。低く、昏い声は地の底から唸るように響く。


 ――只人の癖に。魔術など使えぬ愚か者の癖に。


 ――返せ。世界を返せ。我らに。すべて滅んでしまえばいい。





 自分の悲鳴で飛び起きていた。汗で衣服がべたりと皮膚に張り付いている。まだ夜なのか暗い部屋。隣のベッドに眠っているはずのナイはいない。私が眠る頃には寝ていたので、悲鳴で起こしてしまったのだろうか。と申し訳なくなってしまった。


 ……最近いつものことだ。いっそ別の部屋にとは思ったが、小さな我が家にはそんな余裕はなかった。こうなれば台所でもいいのかも知れない。そう思う。


 ――よし。明日からそうしよう。


 溜息一つ。もはや眠れなくて、ランプに灯りを灯してから窓の外に視線を投げる。


 微かに白んだ空。『起きて』からどれほどの日にちが経っただろうか。起きては眠るの繰り返しをしているからか、いまいち日々の感覚というものが少なかった。


「眠れない?」


 ぎっと軋む音。振り向いてみれば、長い赤毛を三つ編みにして、そばかすが印象的な女性がカップを二つ持って立っていた。フワフワとカップからは湯気が浮いている。


 それを一つ私に渡しながら隣のベッドに腰を掛けていた。それほど寝心地が良くないベッドは小さく軋む。それでも孤児院よりはマシだと思う。


 そのカップ受け取りながら水面に目を落としていた。


「あの。ナイ……起こしてごめんなさい」


 ナイは何でも無いというような仕草で肩を竦めてみせる。


「大丈夫よ。ここに来たばかりの頃はロナがね、そんな感じだったから。慣れてるの。アシッドと私で寝かしつけてたの思い出すわ」


「まだ、六歳だったから……」


 それでも幸いだと思うのはあの悪夢を現実に見なくて良かったことだろう。瞼の裏に残る鮮烈な映像を遮るようにして頭を振った。


 思い出すだけで足が竦む。何もかも止まった感覚に陥る。呼吸も瞬きすら忘れてしまいそうな感覚。下手をすれば一瞬で『あの時』に私の意識は捕らわれてしまって戻ってこれない気がした。だから得策は考えない事。


 意識的に思い出さないようにして押さえつけるのは精神を削る。


 私は手元に持っていたカップを口に付け喉に流し込んでいた。温かな液体は身体をゆっくりと解していくようで、軽く息を付く。


 思わず自嘲気味に笑みが漏れてしまうのは仕方ないと思う。


「結局私は、皆を助けられなかったな、って。ミーナを助けるってロナにも約束したのに」


 死んじゃった。小さく呟く声は虚空に溶けた。遺体も残っていないのだと聞く。世界の変革の際にあの町は焼き尽くされたのだと。まるで、そう。そこには初めから何もなかったというかのように。


 私はきゅうとカップを握っていた手に力を込めていた。ジワリと掌に熱が映る。


「助けられなかったなって」


「でも。シロトを助けてくれたでしょう?」


 なんて顔をしているんだ。そう言いたげな顔で、ナイは私にポイっと枕を投げつけた。綿が詰まったそれは地味に痛い。それはぼすっとベッドの上に地味な音を立て転がった。


「あれは賢者様が頑張ったって聞いたよ」


 本人が得意げに風潮してたし。そう言えばあのうさん臭い人はどこから現れたのだろうか。どうやら『魔術』というものが使えるようだけれど、その時点でなんとなく――偏見かも知れない――人では無い気がした。とは言え、皆を助けて教育をしてくれたし、命の恩人であるので無下には出来ない。多少胡散臭いが悪い人では無いはずだ。


 なぜ良くしてくれるのかは謎だけれど。


 あと、私以上に寝てばかりの気がする。前に会ったのはと考えてよくわからなかった。


 あぁ。とナイは少し恨みがましく呻いた。誰に対してかは――まぁ。賢者だろう。と言いうことが伺える。


「賢者に治癒能力は無いよ? というか、医術の知識もない。私は自力で覚えたし」


「シロトを助けたくて?」


「……」


 図星なのだろう。パッと頬を染めるのは可愛らしいものだった。読み込んだ本の山。メモは束のように置いてあった。そこには血のにじむような努力があったのだろう。ぐっとへの字に口元を曲げると私の頬を掴んで伸ばす。


「そ、それは、その中にメリルも入っているの――それがシロトの願いでもあっ……いや、そんな事は良いでしょう? ともかく。シロトを救ったのは賢者でなく、メリルだよ。死にかけのシロトを救ったのは。メリルがいなければ、死んでたって……」


「……」


 虫の息。どれが誰の者か分からない血溜まり。切断された手。色など消え失せた肌……。最後まで心配そうな双眸が私を見つめていた。


 当時私は少しだけ草の知識があるただの子供だ。何か出来るはずもない。助けられないことに。その惨状に怯えていただけだった。


 何もしていない。何もしていないのだ。


「私、何もしてない」


 ぱちん。心地よい音を立てて頬を放す。ぐっと言い聞かせるように真摯な目が私を覗き込んでいた。


「いや、したの。シロトを救ってくれた。だから生きてる――この間のあの子もメリルが救ったんだよ。メリルは誰も救えなかった訳じゃない」


 あの子――。この間父親と共に見舞いに来てくれた村の男の子だろうか。意味が分からなかったのだけれどひたすら『ありがとうございます』と何度も何度も感謝をされたのを覚えている。


 あの空気で『さすがに別人では? 』とは言えなかった。


「救った……」


「うん。救った。確かに救えない人達ばかり。……でも、メリルが救ってくれた人もいるんだよ。それはシロトで在ったり、シロトを想う私たちで在ったり、あの子で在ったりその家族で在ったりするの」


 だからね。


「メリルは少ないけど沢山救ってる。そう思えない?」


「なんか、それって変だね?」


 変な理屈に変な言い回し。それが゛どこかおかしく感じられる。


 私の中で『助けられなかった』そんな想いが消滅する訳では無いけれど。少しだけ。本の少しだけ軽くなった。そんな気がした。それが意味の成さない慰めだとしても。


「確かに」


 くすくすとナイはおかしそうに笑った。でも――。と少し口にミルクを流し込んでから息を吐く。それはまるで思いを吐き出すような吐息。


「ありがとうね。メリル。――ずっとそれが言いたかったんだ」


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