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プロローグ
よろしくお願いいたします。
――それは古い記憶だ。隙間が吹く薄い壁が小さく鳴っていた。寝返りを打つたびに軋むベッドの上で母は薄く笑う。生気の無い顔はもはや長くないのだと思い知らされて、私は泣きながら母の腕に縋り付いていた。骨ばった冷たい手は握り返すのもきついらしく軽く指が曲がる程度で。私と同じ灰色の目から涙が一筋零れ落ちていた。
ごめんね。――ごめんなさい。赦して。
消え入りそうな声は酷く掠れて苦しそうだ。それでも母は顔を顰めながら続ける。
貴方は生きなさい。誰に何を言われようとも――自分の人生を。私がそうした様に。
大好きよ。
愛しているわ。愛しい子――。
その言葉を残して、一週間後。この世を去った。置いて行かないで。という私の声は聞き届けられる事は無かった。