第十二夜 割って、諦めて、隠れた
「よいしょっと」
俺はカンコロを地面に置いてある三角錐の道具に何度か叩きつけて硬い殻を割った。
その横で連れてきたショコラが素手で高速くるみ割り人形の如くカンコロを両手で抱き締めて粉砕していく。
…どうしよ、殻と一緒に実も砕いてるけど止めた方が良いよな?
村の子も止めたそうにこっちを見てるし。
「その、ショコラ。
ちょっと良いか?」
「何用?」
「殻、割るの止めて」
「了解」
ショコラがカンコロを粉砕した状態で止まった。
悲しい事にショコラの腕の中から砕けた実の欠片が殻の破片と共に床に落ちてくる。
カンコロの殻と実はよく似た色合いだから分けるのに苦労する。
しかも、カンコロの殻には弱い毒性があるらしく、実と一緒に加工すると腹を下してしまう為、混ぜてはいけないのだとか。
部屋の端で豚鼻の子が殻と実が混ざった小山からそれぞれを匂いを嗅いで仕分けてくれてる。
小さな目が時折、こちらを恨めしそうに見てくる。
仕事を増やしてすまない、本当にすまない。
「ショコラ、もうちょっとゆっくり力を込めて殻だけを割ってくれ。
殻と実が一緒に割れて混ざっちまってるぞ」
「了解」
ショコラはそういうと先程と変わらぬ速さでカンコロを粉砕しだした。
俺が止める前と全く変わらない動きに困り果ててしまう。
…何度も言っているのだがショコラはやり方を変えようとしない。
ショコラは従順ではあるが…なかなか不器用で大雑把である。
巨大蟻の撤去作業からカンコロの加工作業に入るようにとショコラを通して蔦から現れた少女、ヴィーマから指示された俺は通訳役としてショコラの一人を連れて作業場に向かった。
ショコラの伝達によるとどうやら非常時用の保存食が尽きそうな為、村の子供の殆どを食糧生産作業に移したようだ。
…まぁ、理由は推測がつく。
いきなり村の人口が増加したからな。
俺が見知っている者の数から多めに村の人口数を考えたとしても数倍は増えているだろう。
人が増えればそれ相応の食糧が必要となってくる。
人口が一夜にして倍以上に増えたのならば各所で問題は必ず起こる。
今回は食糧という一面から表出したに過ぎないのだろうな。
今後も邪神様関連でこの村には迷惑をかけそうだし、せいぜい労働力として働くとしよう。
そして、麗しのあの女性に褒めてもらいたい!
…未だに名前も分からないからなぁ。
今度会えたら名前を尋ねてみよう!
…ショコラを通して。
常時でさえ前準備が必要な出来事だ。
魔物の襲撃を受けて労働力の減ったこの村では食糧が足りないなんて死活問題になりかねない。
いくら保存食を蓄えていたとはいえ、村の人口の倍以上の者の食事を賄えられた事さえ凄い事だと思う。
それも数日間に渡ってだ。
もちろん、非常食だけで賄えていた訳ではなく、魔物の肉を加工して食べていたらしい。
俺は食べていないから分からないが。
村の中だけでは食糧が心許無くなった為、加工組と採取組に分かれて作業をする事が決まったらしい。
採取組は村の外に出るのだが、外には魔物もまだうろついているらしく、幼い子供や体が弱い者などは加工組に配属された。
俺は失神モードに成れば弱くは無いと思うが無差別に暴れるし、基本は戦えないしな。
離れたら巻き込みも起こるだろうし。
…ショコラが俺の眷属に加わって村の中ではまだ一度も起きてはいないが不用意に離れるのは得策じゃない。
村の柵に穴を開けたくないし。
こうやって幼い子供と混じって作業をしている。
村の片付けはショコラ達が居れば上手く進められるらしく、技術が求められる解体役以外は移ったらしい。
幼女の姿に惑わされてはいけない。
元は巨大蟻である彼女達は信じられない怪力の持ち主でまるで生きた重機と言っても過言じゃない。
…そうだ、カンコロの殻割りはショコラにとって一人だけショベルカーで砂の陣取り合戦でもさせているようなものか。
やはりショコラを止めるべきか。
しかし、今は少しでも多くカンコロの実が必要なのだ。
豚鼻の子には悪いがこれもご飯の為、頑張ってもらおう。
食糧の加工についてだが採取組と加工組に分かれて作業を行なっている。
俺が配属されたのは加工組の一番簡単な作業であるカンコロの殻割りだ。
俺と通訳役として連れてきたショコラ、それと村の子供を合わせて四人で行なっている。
殻割りの道具は一つだけしかなく、幼い子供だと連続で行うと集中力が切れて続かないようで俺が殻割りの担当をしている。
ショコラにも試させたが誤って床を壊してしまった為、怪力を活かして素手、というよりも半ば抱き締めるように割らせている。
もっと手加減しながら割って欲しいが俺だけでは殻を割るペースが遅過ぎる為だ。
村の幼い子が採取組から受け取って増えたカンコロを俺だけじゃ捌ききれない。
ショコラを部屋の片隅で立たせるだけじゃ勿体ないと考えて殻割りを手伝ってもらってる。
今は丁寧さよりも数だ。
一工程を増やしてしまっているがそこには目を瞑ってもらおう。
「伝達、来訪」
「は?」
突然ショコラが話した。
それは俺にヴィーマの指示を伝達した時と同じように短く一言で伝えてきた。
俺へ向かって短く伝えると村の子にも別の言葉で伝える。
俺達は顔を見合わせたが村の子もショコラが何を言ったのかよく分かっていないようだ。
らいほう…来訪?
誰かが来たって言いたいのか?
でも、このショコラは俺達とずっとこの部屋に居たのになんでそんな事が分かるんだ?
そんな事を考えていると別の村の子が走ってきて俺達に向かって叫び、すぐに走り去って行く。
その言葉を聞いた子達は顔色を変えて部屋を飛び出して行った。
「…なぁ、あの子はなんて叫んだんだ?」
「帝国兵、来訪」
「帝国兵?」
魔物がうろついている村の外からか?
つまり外部から助けが来たって事だろうか。
それにしては慌て過ぎじゃないか?
「とりあえず、俺達も外に行くぞ」
「了解」
俺はショコラと共に部屋を出た。
外に出るとショコラ達も集るように言われたのか続々と村の入り口へと向かっていく。
俺は流れに逆らわずについて行く。
一緒に出てきたショコラは周囲のショコラと混ざって見分けがつかない。
ある程度、進むと村の入り口でこの村では見かけない鎧の集団とそれに対応しているヴィーマの姿が目に入った。
そして見覚えのある強面の男を見つけた。
俺を拘束して殴ったり蹴ったりしたあいつだ!
「俺を隠せ!」
俺が小声で叫ぶとショコラ達が俺の足に捕まってきた。
俺は容易くバランスを崩されて倒れると何人も俺の上に乗って見えなくしていく。
重くて息苦しいが今は良い。
なんで、あいつがここに来たんだ!?
もしかして俺を捕まえに来たのか?
【???】
魔神の癇癪を確認した。
村の全員を呼べ!