好きな男に告白したら「デブは嫌い」とフラれただって? だったら瘦せて見返してやればいいじゃないかッ!
「うぐ……、ひっく……、ぶ、ぶええぇぇ……」
「――!」
とある放課後の帰り道。
河川敷を一人歩いていると、不意に女性の泣き声が聞こえてきた。
目を向ければ、それはクラスメイトの丸井さんだった。
土手に座って膝を抱えながら、滝のように涙と鼻水を垂れ流している。
とても女の子がしていい顔じゃない……。
一瞬スルーしようかという思いもよぎったが、流石に放っておけなかった。
「あ、あのー、丸井さん?」
「ふえっ!? 早坂くんっ!?」
丸井さんは漫画だったら目玉が飛び出てるだろうってくらい、驚きを露わにした。
「あっ、ち、違うのこれはッ! 目にゴミが入っただけだから、気にしないでッ!」
「いやそれは無理あるでしょ……。もし僕でよかったらだけど、話くらいは聞くよ?」
「早坂くん……!」
僕は丸井さんの隣に腰を下ろす。
丸井さんは逡巡した素振りを見せつつも、やがて俯きながらとつとつと語り出した。
「……私ね、今日、鈴木くんに告白したんだ」
「……そうなんだ」
鈴木くんも同じくクラスメイトで、サッカー部のイケメンだ。
女子人気も相当高い。
丸井さんも鈴木くんが好きなのは態度でバレバレだったが、そうか、遂に告白したのか。
「で、でもね……、鈴木くんは、デブは嫌いだって、言って……、ぶ、ぶええぇぇ……!」
「――!」
堪えきれなくなったのか、丸井さんはまた顔からいろんな液体を噴出させた。
それは……!
確かに丸井さんはお世辞にも痩せているとは言えない体型だ。
でもだからって、そんな言い方はないじゃないか……!
丸井さんの気持ちが痛いほどよくわかる僕の心に、炎が灯った。
「……丸井さん」
「ふえ?」
「だったら話は簡単だよ。――瘦せて鈴木くんを見返してやればいいんだよ!」
「ふえええ???」
急変した僕の態度に、丸井さんは困惑している。
「む、無理だよ私……! 今までだって何度もダイエットはしてきたの……! でも毎回上手くいかなくて、結局はリバウンドしちゃうっていうのを繰り返してきたんだもん……」
「それは正しいダイエットをしてこなかったからだよ」
「た、正しいダイエット?」
「ほら、これ」
「ふえ?」
僕はスマホに一枚の太った男の写真を表示させ、それを丸井さんに見せた。
「誰、これ?」
「中学生の頃の僕さ」
「えっ!?!?!?」
丸井さんはさっき以上に困惑した表情を浮かべた。
丸井さんの顔は忙しいな。
「い、今と全然違うじゃんッ!! 今の早坂くんは、凄くシュッとしてるのにッ!!」
「それは僕が正しいダイエットをしたからだよ」
「正しいダイエット……!」
先程と同じく『正しいダイエット』というワードをオウム返しした丸井さんだが、その瞳には確かな希望の光が宿っていた。
「……実は僕も中学生の時、好きな女の子に告白したんだけどさ、丸井さんと同じく、太ってるっていうのが理由でフラれちゃったんだ」
「っ! そ、そうだったんだ……」
「それが滅茶苦茶悔しくてさ。だから必死でダイエットして、こうして瘦せたってわけさ」
「す、凄い! 凄いよ早坂くんッ! じゃあ、早坂くんはその女の子を見返せたんだね!」
「うん、僕が瘦せた途端、その子は『今のあなただったら付き合ってあげてもいいわよ』なんて言ってきてさ」
「――! そ、それは、早坂くんは何て返事したの?」
「……」
「あっ! ゴメンねプライベートなこと訊いちゃって! ああもう、私って、ほんとバカ!」
「いや、気にしないでよ。――つまり僕が言いたいのは、丸井さんも僕と同じく正しいダイエットをすれば、絶対に瘦せられるってことさ」
「早坂くん……!」
丸井さんは目を爛々と輝かせた。
「早坂くん――いや、師匠! どうか私に、正しいダイエットを教えてくださいッ!」
「よし、じゃあ明日の放課後、動きやすい格好でここに集合ってことで、いいかな?」
「はいッ!」
こうしてこの日から、僕と丸井さんの師弟関係が始まったのである。
「ではまずはランニングからいくよ」
「はい、師匠!」
そして迎えた翌日。
僕と丸井さんは、お互いジャージ姿で昨日の河川敷に来ていた。
丸井さんのジャージははち切れんばかりにパッツパツで、これはこれでその筋のマニアにはウケるのではないかという気もする。
だが今はそんな甘いことを言っている場合ではない。
丸井さんのためにも、心を鬼にしなければ。
「今日は初日だから、あくまで軽く流そう。辛くなったら遠慮せず言うこと。いいね?」
「はい、師匠ッ!」
丸井さんはフンスと鼻息を荒くした。
本当に大丈夫かな?
まあ、やってみればわかるか。
「では、スタート」
「よっしゃああああ」
僕と丸井さんは、並んで走り出した。
「ゼハァ……ゼハァ……、うえっぷ……」
「……」
が、500メートルほど走ったところで、案の定丸井さんは新人のゾンビみたいになってしまった。
うん、まあ、こんなところだろうな。
「よし丸井さん、ランニングはここまでにしよう」
「だ、大丈夫だよ! 私、まだやれるよッ!」
「いや、それがダメなんだよ」
「ふえ?」
最初だし、ここはしっかりと言っておかないとな。
「ダイエットに失敗してしまう理由で一番多いのが、そうやって最初から無理しすぎてしまうことなんだよ」
「――!」
「僕もそうだったからよくわかる。それで膝を痛めてしまったりして、途端にモチベーションが下がってリバウンドするというのがお決まりのパターンさ。大方今までの丸井さんもそうだったんじゃないかい?」
「そ、そう! 見事に師匠の言った通りだよ! そっかぁ、だからいつも失敗してたんだね、私」
丸井さんは左の手のひらに右の拳をポンと乗せた。
リアクションが古いな。
「そういうこと。ダイエットっていうのは、少しずつでもいいから毎日続けることが大事なのさ。それで身体が慣れてきたら、徐々に負荷を増やしていけばいい。――重ねて言うけど、無理は禁物だよ。いいね?」
「はい、師匠ッ!」
この日はランニングは切り上げ、残り時間は背筋と腹筋に費やしたが、丸井さんは背筋は4回、腹筋に至っては2回で新人ゾンビになったので、ここまでにしておいた。
「お疲れ様。ではまた明日ね。お風呂上りにはストレッチで身体を解すと、血行がよくなってより瘦せやすくなるよ」
「はい、やってみます!」
「ああ、あと、これあげるね」
「ふえ?」
僕はノンシュガーの飴が大量に袋詰めされたものを手渡す。
「これは……」
「丸井さん普段、メッチャ間食してるでしょ?」
「ギ、ギクゥ! 何でわかったの!?」
自分で「ギクゥ!」って言う人初めて見たな。
「そりゃわかるよ。僕もそうだったからね」
「そっか……、師匠の目は誤魔化せないね。……うん、家にいるとどうしても口寂しくて、ついついお菓子食べちゃうの」
「気持ちはよくわかるよ。それも無理にゼロにしろとは言わない。却ってストレスになっちゃうからね。ただなるべくでいいから、そのお菓子の何割かをこのノンシュガーの飴で代用してほしいんだ」
「わかったよ! 頑張るね、私!」
丸井さんは例によってフンスと鼻息を荒くした。
そんな丸井さんを見ていたら、何故か一瞬心の奥のほうがポワッと温かくなったような気がしたが、多分気のせいだろう。
「ゼハァ……ゼハァ……、げふぅ……」
「よし、今日はここまでにしよう」
「は、はい、師匠……」
あれから2ヶ月。
最初は500メートルで新人ゾンビになっていた丸井さんは、今や3キロ地点でベテランゾンビになるまでに成長していた。
背筋は50回、腹筋は30回までできている。
パッツパツだったジャージも、大分緩くなってきたようだ。
ここまでは順調といっていいだろう。
……だが、そろそろアレがくるかもしれないな。
その数週間後、僕の予想通りアレがやってきた。
「……師匠、実は相談があるんだけど」
「うん、何だい?」
「ここ最近ね、一向に体重が減らなくなってきたの……」
丸井さんは目に見えてしょんぼりしてしまっている。
「こんなに毎日頑張ってるのに、何回体重計に乗っても前の日と同じ数字しか出なくて……。私もう、これ以上は瘦せられない運命なのかな……。まだこんなに太ってるのに……」
丸井さんは自分のお腹のお肉をムニンと摘まんだ。
「大丈夫だよ丸井さん。それは誰しもが経験する、ダイエットあるあるだから」
「ふえっ!? そうなの!? てことは師匠も!?」
「うん、僕も丸井さんと同時期に、まったく同じことが起きたよ。――ホメオスタシス機能っていってね、短期間に急激に瘦せると、人間の身体は今の状態を保とうと、カロリー消費にブレーキをかけるようになるんだよ」
「そ、そうだったんだ……。じゃあ、どうやったらそのメソポタミア機能を克服できるの?」
ホメオスタシス機能ね。
「簡単さ。今まで通りのダイエットを毎日続けてればいいんだよ」
「ふえっ!? ほ、本当にそれで大丈夫なの!?」
「うん、ホメオスタシス機能も完璧じゃないからね。ずっと続けていれば、いずれまたある日突然体重は減り始めるよ。それこそRPGで新しく、『ホメオスタシス機能克服』っていうスキルを取得したみたいにね」
「な、なるほど~、流石師匠!」
例によって丸井さんは左の手のひらに右の拳をポンと乗せた。
それ気に入ってるの?
……最近丸井さんのこういうちょっとした仕草を見るだけで、胸がキュッと締めつけられるような感覚がしてくるようになったんだけど、僕、病気なのかな……?
それから数週間後、見事『ホメオスタシス機能克服』スキルを獲得した丸井さんは、順調に体重を減らしていった。
夏休みに入ってからは、日中の暑い時間帯は宿題にあて、陽が傾いてからダイエットに勤しんだ。
息抜きに二人でプールに行ったりもした。
丸井さんのビキニ姿は、なかなかに眩しかった……。
そんな丸井さんのたゆまぬ努力の甲斐もあり、夏休みが終わる頃には丸井さんのランニング距離は1日5キロ、背筋腹筋は100回ずつにまで伸びたのである――。
そして運命の夏休み明け――。
「オ、オイ、あんな可愛い子、うちの学校にいたか!?」
「いや、見たこともねーよ! 転校生かな!? ワンピースの女性キャラみてえ!」
「ねえ師匠、さっきからみんな、私のこと見て大正コソコソ噂話してない?」
「大正ではないけど、コソコソ噂話はしてるね」
満を持して登校した丸井さんは、道行く人から漏れなく二度見される存在となっていた。
さもありなん。
エグいくらいにくびれたウエストに、程よく引き締まったヒップ。
スラリと伸びたカモシカのような足に、何故かまったく脂肪が減らなかったバスト。
ワンピースの女性キャラというのは、言い得て妙な表現だ。
そして瘦せる前から僕は気付いていたのだが、瘦せた丸井さんは、ラノベの表紙に載っててもおかしくないくらいの美少女だった。
よく太っている女芸人でも、瘦せたら絶対可愛くなるよなって人いるけど、丸井さんもそのタイプだったらしい。
芸術品と言っても過言ではない丸井さんと並んで歩く僕は、内心「丸井さんはわしが育てた」とドヤ顔したいのを抑えるのに必死だった。
「ま、丸井……!?!?」
「あ……、おはよ、鈴木くん」
そして教室で丸井さんに再会した鈴木くんは、ルフィに雷が効かなかった時のエネルみたいな顔をしていた。
さもありなん。
やったね丸井さん、これで見事、鈴木くんを見返すことができたね。
「本当にありがとね師匠! これも全部、師匠のお陰だよ!」
その日の放課後、僕と丸井さんは、いつも通り二人並んで下校していた。
すれ違う男性たちからの、嫉妬と羨望の目線が痛い。
「いやいや、僕は大したことはしてないよ。丸井さんが瘦せられたのは、あくまで丸井さん自身が頑張ったからさ」
「ううん、そんなことないよ! ……師匠が毎日応援してくれたから、私は頑張れたんだよ」
「……! 丸井さん」
丸井さんは頬を赤らめながら、ボソッとそう呟いた。
くぅっ! む、胸が……! 胸が苦しい……!!
……どうやら僕も自分の気持ちに向き合う時がきたようだな。
本当はずっと前から気付いてて目を逸らしてただけなんだけど、僕は丸井さんのことが――。
「――丸井!」
「「っ!!」」
その時だった。
不意に後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには余程急いで来たのか、ハァハァと息を切らせた鈴木くんが立っていた。
「……私に何か用、鈴木くん?」
「ああ、あのよ、丸井、前に俺に告白してきたじゃん? あん時はちょっといろいろあって断っちまったけど――やっぱ俺も丸井のことが好きだって気付いたんだよ。だからさ、俺と付き合おうぜ」
「「――!!!」」
……やっぱりこうなったか。
まあ、今の丸井さんを見たら、そりゃそうなるよね。
……ふぅ、自分の気持ちに気付いた途端、こうなるとはね。
何とも皮肉なものだ。
でも、おめでとう丸井さん。
丸井さんには僕みたいな凡人よりも、鈴木くんみたいなイケメンのほうがお似合いさ。
これで晴れて両想いになったんだし、丸井さんは鈴木くんと――。
「――師匠」
「え?」
丸井さんは意味あり気な微笑みを浮かべながら、僕のほうを見た。
ま、丸井さん……?
「師匠が好きだった女の子から『付き合ってあげてもいいわよ』って言われた時の気持ち、今の私ならわかるよ」
「――!」
――丸井さん。
「――鈴木くん」
「オ、オウ」
瞬時に丸井さんは真剣な表情になり、鈴木くんと向き合う。
「――ごめんなさい、鈴木くんとは付き合えません」
「っ!? そんなッ!?」
丸井さんは深く頭を下げた。
「何でだよッ! あんなに俺のこと好きだって言ってたじゃねーかよッ!!」
「確かにあの時の私は鈴木くんが好きだったよ。でもね――」
「――!」
顔を上げた丸井さんは、憐れむような目線を鈴木くんに向ける。
「私が好きだったのは、どうやら鈴木くんの見た目だけだったみたい。――鈴木くんも、私の見た目だけが好きなんでしょ?」
「そっ! それは……」
図星を突かれたのか、露骨に目を泳がせる鈴木くん。
「で、でも、それの何がいけねーってんだよ! 所詮この世は見た目が全てだろ!? アイドルだって美男美女じゃなきゃ絶対なれねーし、見た目を好きになることがそんなに悪いことなのかよッ!」
「悪いことだとは思ってないよ。私だって見た目を気にして、必死にダイエットしたんだし。――でもね、せっかくだったら、心も好きになったほうが、より幸せになれるとは思わない?」
「「――!!」」
丸井さん……。
「私には今、見た目も心も、その他諸々全てが好きな人がいるの。――それは師匠、ううん、早坂くん、君だよ」
「「――!!!」」
丸井さんは天使のような笑みを僕に向けてくれた。
丸井さん――!!
「こ、こんな私でよかったら、お付き合いしてください、お願いします!」
耳まで真っ赤にした丸井さんは、深く頭を下げ右手を差し出してきた。
ハハ、女の子のほうから告白させちゃうなんて、情けない男だな、僕は。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。――僕も丸井さんの見た目も心も、その他諸々全てが好きだよ」
「っ! 早坂くん……!」
僕がそっと丸井さんの右手を握ると、丸井さんはガバリと頭を上げた。
その目元には、薄っすらと美しい液体が浮かんでいる。
「う……、ク、クソ……、うわあああああああああああ」
「「――!」」
あまりのショックに脳が破壊されてしまったのか、鈴木くんは発狂しながらどこかへ行ってしまった。
うん、まあ、君の場合は半分自業自得だからね。
「さあ早坂くん――いや、師匠! 今日も張り切って、トレーニング頑張りましょう!」
「おう!」
丸井さんはいつもの如くフンスと鼻息を荒くした。
どれだけ痩せても、やっぱり丸井さんは丸井さんだな。
「あ、その前に、はいこれ、あーん」
「んむ」
丸井さんはポケットからノンシュガーの飴を二つ取り出し、それを僕と自分の口に、それぞれ放り込んだ。
「えへへ、じゃ、行こっか」
「ふふ、そうだね」
僕たち二人は手を繋ぎながら、共に走り出した。
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