憂鬱な朝、それでも世界はまわる
老中の誘いを受けた秀治は一度国へ帰ることを決める。 無事に帰国の途に就けるのか、不穏な空気とは別に秀治に恋の誘惑が襲い掛かる。 秀治は飛鳥姫への愛を貫けるのか。 そして新たな脅威とは。
第6部 憂鬱な朝、それでも世界はまわる
結局一睡もできずに朝を迎えた・・・表をほうきで掃くいつもの音が聞こえてくる。
彩音ちゃんはいつも通りの朝のルーティーンをこなしているようだ。
雨戸の隙間から表をのぞいてみると、そこには彩音ちゃんではなく海くんの姿があった。
「えっ? どういうこと・・・明日、お話させてくださいって・・・、えっ?いなくなった?」
独り言をつぶやきながら、慌てて下へと降りていく。
平静を装いながら尋ねる。
「海くん、今日は珍しいですね。 彩音さんはお出かけですか?」
「旦那! おはようございます! 彩音さん、今日は体調がすぐれないようで・・・。」
海くんが言うには、朝起きてもいつもいる彩音ちゃんの姿が見当たらなかったので、部屋まで確認に行ったそうだ。 ドア越しに声をかけたところ、今朝は調子が良くないので朝のお勤めを代わって欲しいとお願いされたそうだ。
「旦那! 昨日彩音さんと話してましたよね。 あれから彩音さんおかしかったし・・・旦那も
お城から帰ってから変だったし・・・旦那!彩音さんになんかしたんですか!」
「なんにもしてないですよ! ちょっと込み入ったお話をしなければいけないので悩んでいた
だけです。 彩音さんは、まだ部屋ですか?」
「そのはずですけど・・・彩音さんをいじめたら旦那でも許しませんよ!」
いじめたらって・・・子供じゃないんだから・・・海くんはまだ子供か。 いじめはしないけど、状況によっては辞めてもらって出て行ってもらわなければならないかもしれない。 私としても
せっかくの優秀な人材ですから、手放したくはないのですが・・・。
海くんと話した後、足取り重く2階へと階段を昇っていく、この一段一段がなんて重たいこと・・・処刑台に上っていく囚人の気持ちはこんな感じなのだろうか。 いやいやそこまでの重さはないと自分に言い聞かせて、心を奮い立たせてあがっていく。
彩音ちゃんの部屋の前で右へ左へ右往左往すること数十分、意を決して扉をたたく。
コンコン・・・・・返事がない。
コンコン・・・・・・・・・・返事がない。
再度扉をたたこうとしたとき、か細い声がかえってきた。
「旦那様、お話ししますと言ったのに・・・すみません・・・わたし今、ひどい顔してます。
もう少しお時間いただいてもよろしいでしょうか。 必ずお話ししますので。」
いつでも構わないと声をかけその場を離れた。 大人の余裕を見せたわけだが、実際の心の中はそんな余裕これっぽっちもなかった。 頭の中はぐるぐる回ってるし・・・どれぐらいの時間がたったかわからないが、無意識に日々の業務をごなしていたようだ。 まったく覚えてないけど。
日もだいぶ昇り、暖かくなってきたころ、彩音ちゃんが下の階に降りてきた。 化粧もして体裁を整えてはいたが、あきらかに泣きはらしたのか目は充血して腫れていた。 多分、寝てもいないのだろう疲れが表情にも表れていた。
「旦那様、申し訳ございませんでした。 今、少しお時間よろしいでしょうか?」
奥の部屋へと促し、向い合って座った。 彩音ちゃんは、話を切り出すタイミングをうかがっているが、なかなか話し始めることができないでいた。 私は意を決して、昨日お城であった話を包み隠さず話し始めた。 彩音ちゃんは終始首を振りながら、泣きながら話を聞いていた。 私の話が終わると彩音ちゃんは堰を切ったように話し始めた。
「旦那様、ほんとうに申し訳ございません。 でも信じてください、ここに来たのと老中とは何の関係
もないんです。 途方に暮れて歩いていて、このお店の求人を見た時、藁にもすがる思いで面接を
受けました。 旦那様に明日からおいでと言われたとき・・・どんなにうれしかったことか。
旦那様も海くんも優しくて、毎日がどきどきで輝いていて、楽しくて楽しくて・・・そんな時街中
で老中とお会いしたんです。」
彩音ちゃんいわく、老中と街中でであって数日後・・・突然老中がお店に現れたそうで、以前彩音ちゃんの実家が健在だったころ大変お世話になっていて、行方を心配していたと。 そんな老中から国の存亡をかけたお願いと言われ、私への取次を依頼されたそうだ。
お世話になっていた方からのお願いでもあり断れず、信頼していた旦那様が国の存亡をかけた存在であることを知り少なからずともショックを受けたこと、平静を装っていたが老中との話の中で必ず自分の話が出て、疑いをもたれるかもしれない、この店にいることができなくなるかもしれない。 そう思うと悲しくて悲しくて、一晩中涙に暮れていたそうだ。
「彩音ちゃん、ごめんね。 彩音ちゃんが悩むことなんて一つもないのに、すべてはこの八森がいけないことなのに。 隠していてごめんね。 実は私は稀の国の間者です。 この国の実情を調べに来ました。 でもねこの店の商売は本気だということは信じてほしい。 海くんの家族に対しての
責任もあるし、なにより彩音ちゃんを採用したのも彩音ちゃんの人となりを気に入ったからだね。
だから、彩音ちゃんは何も気にすることはないんだよ。 逆に許してもらえるなら、これからもこの店にいて助けてほしい。」
彩音ちゃんは、泣きながら大きくうなずき頭をさげた。 頭を上げた彩音ちゃんにはいつもの笑顔が戻っていた。 雨降って地固まるではないが、八森商会は今まで以上に団結間が出て、お互いの信頼感もさらに深まったことだろう。
さて大きな問題がひとつ。
同盟については、私一人では到底決定できない。 一度国へ帰って殿の意見を聞かなけば・・・。
私は、彩音ちゃんと海くんに留守にする旨を伝えて、取り急ぎ稀の国へ戻ることとした。 海くんはついていくと聞かなかったが、彩音ちゃんがなんとか説き伏せてくれて、しぶしぶ残ることを承諾してくれた。
いくつかの情報と皆へのお土産を少々かばんに詰め込み、道中を急いだ。 もちろん来た時とは違って観光、いやいや調査はなしである。 ただこういう時は得てしてスムーズにはいかないもので、必ず邪魔が入るのが世の常である。
出発してから2日目の夕方、山間の道に入ったあたりで、異変に気が付いた。 いつもならこの時間はまだ人通りがある時間帯。 あたりから人の気配が消えていた。 通りに焚かれていたたいまつも消えている。 あからさまに今から襲いますよと言わんばかりではないか。 まあどんな国でも白と言えば黒、黒と言えば白という派閥は少なからずともある。 出発する前から予想はできていた・・・できてはいたが、あからさますぎる。
「隠れてないで出てきたらどうですか。 気配を消してもこのお膳立てでは意味をなさない。
ただ住民を巻き込まない配慮は褒めてあげます。 それに免じて見逃してあげますから立ち去りなさい。 って言って立ち去るような人たちではありませんよね。 どこの手のものですか?」
スーッと木陰から人影があらわれた。 二人、いや四人か?
「どこの手のものと聞かれて、はいそうですかと名乗る奴はいない!」
「そうだそうだ、お前バカじゃないか! そうですかと名乗るやつはいねぇよ!」
まあそりゃそうだよね。 それではこれではどうかな。
「そりゃそうだな。 お前なかなか頭いいな。 老中の指示で動いているわけもないしな。」
するとオウム返しをしていたバカそうな奴が、自慢げに答えた。
「ほんとにお前バカだな! 老中の指示でお前を襲うわけないだろ! 俺たちの親玉はなぁ・・・。」
「お前は黙ってろ、自分たちの雇い主の名前出そうとしてどうすんだ! お前こそバカだろう。」
いやぁ、典型的な雑魚キャラのやり取りだわ。 もう想像の範囲内過ぎて感動すら覚えるよ。
「どちらにしても、お前らは老中の敵、反対派のやつらってことでよいよね。 では彩の国の力見せて差し上げよう。 面倒だし全員でかかってきなさい!」
一人、二人、・・・・えっ? 十人もいたの! オーラ的には一人一人の力は大したことないんだけど、唯一親玉っぽいのが若干強いかな。 これでこの国の強さもわかるし、一石二鳥! さてお手並み拝見といきましょうか。
一人が奇声を上げながら飛び掛かってくる。 大刀で受けたとたんに相手の刀が粉々に砕け落ちた。
折れるのではなく粉々になったのだ。 どの場にいた全員が一瞬固まった、この私でさえ予想だにしなかった結果で固まってしまった。 武器の破壊力の差は一目瞭然だった。 私が来た少しの間で圧倒的な差が生まれてしまったと思われる。 この武器のパワーの差と一騎当千と言われている武力の差をもってすれば、進行侵略も可能なのではと誘惑にかられる。 いやいや無駄な戦いは避けたほうがいいに決まっている。
必ず避けられない戦いが襲ってくるのだから。
親玉と思われる奴の号令で一斉に退却していく襲撃者たち。 賢明な判断だろう、このあたりが組織で戦っているものの強みだと思う。 こちらもあえて追撃はしない、とにかく少しでも急ぐのだ。 港に着くと老中が準備してくれた船が私を待っていた。 港ではこちらに来た時との待遇が全く違っていた。 海賊を一掃したヒーローに加えて、老中をも動かす大物。 もはや国賓並みの待遇を受けて港を出発した。
来るときは奥の国経由で稀の国から出たのだが、今回は直接稀の国の港に入港する。 道中も豪華な船、揺れない船内、ふかふかのベッド、おいしい料理、何もかもが違った。 本当にこんなおもてなしを受けると寝返りたくなってしまうよね。
今回の船旅は、悪天候にもあわず、もちろん海賊にもあわず、快適な船旅を満喫していた。 稀の国の港が近づいてくると、船内があわただしくなってきた。 船長に事情を聞くと稀の国から停船命令が出たというのだ。 いくら敵対国の船とはいえ、赤虎城から連絡がいっているはずなのだが・・・。
小舟が近づいてきて検視官らしき人間が乗り込んできた。 見たことのない人間だったが、案の定こちらが身分を明かしても疑いの目でみて信用しようとしない。 信用どころか、八森なんぞ知らぬ存ぜぬの一点張り。 大殿に話をさせろといっても、無礼だ、身分が違うだ、取り合ってもくれない。 思いもよらず数日の足止めをくらうこととなる。
「八森殿、いかがいたしましょう。 これでは埒があきません。 いったん引き返すか、奥の国から入国されますか? 奥の国ならこの船も入国可能ですので。」
「うーん。 そうなるとさらに数日を要してしまいます。 船長、ここまでありがとうございました。 私はここでおりますので、彩の国へ引き返してください。」
「降りるって・・・どうなさるおつもりですか? まさか不法入国でもされるおつもりか。」
「まあ最初に稀の国に入ったときも、不法入国みたいなものでしたから。 大丈夫でしょう。
大殿にさえ会えればなんとかなります。」
小舟に荷物を積みなおして、夜の闇に紛れて稀の国に忍び込んだ。 勝手知ったる他人の城?
他人でもないか・・・まあよく知っている城の潜入なんておちゃのこさいさいなもんで。 だ~れにも会わずに大殿の寝所まで到着。 まあもちろん大殿にはばればれでしたけどね。 あぶなく返り討ちになりそうでした。
「大殿! 義治殿から連絡はいっていませんか? これまでの事情をお伝えして彩の国の船で入国すると事前にお願いしていたはずなのですが。」
「儂は聞いておらんぞ。 この白虎城の中には、お主を良く思わないやつらも少なくないでの。
どこぞで情報が止まっているのじゃろ。 それでお主は彩の国と同盟を結び協力して西へ向かうと。」
「はい! 決して勝てない相手ではありません。 一対一ではこちらが断然有利でしょう。 しかし人員力、資金力、組織力において圧倒的に不利です。 全軍をもってすれば、勝利も望めましょうが、その後の占領地支配、国内自治、まったく人員も資金も足りません。 彩の国は西側に軍事力を集中させたい、出来れば我々稀の国の軍事力を使用して押し戻したい考えであります。」
「同盟を結ぶとして、我々の利益はなんぞや。 なにも見返りがなく、兵を貸せでは民は納得せぬぞ。」
「私は奥の国と彩の国との貿易で多大な利益をあげております。 奥の国と彩の国の間に位置する
稀の国は貿易の拠点として発展することが可能です。 また強力な軍事力を利用して商人の護衛任務
業務を請け負うことも可能と考えます。 また豊かな物資が彩の国からもたされることにより、より
一層稀の国も発展すると考えられます。」
「なるほどの・・・。 今、彩の国と事を構えても、我に利はないと。 それよりも害しかないと、お主は言うのじゃな。」
「今だけではございません。 今後永久に利はないとお考え下さい。 彩の国が本気でこちらを敵国視されたら、負けなかったとしても国土は荒れ、民は疲弊し、国は滅びるでしょう。」
沈黙の時間が流れる。 珍しく大殿が悩んでいる。 どれくらいの時間が流れただろう。 いままでに感じたことのないプレッシャーが大殿から発せられている。 その時間に耐えられなくて声を発したいのに声が出ない。 いやな汗が背中をつたっていく・・・つばを飲み込もうとしたその時、大殿の目が見開きポンと膝をたたいた。 その瞬間にやりと笑った大殿が大声で叫ぶ。
「相分かった! 我々も井の中の蛙だったということじゃ! 彩の国に屈するのは気に食わないが、同じ立場での同盟ならば面子も立つじゃろ! それぞれの城主には儂から勅命を出す! お主は
急ぎ赤虎へ向かい準備に取り掛かるがよい!」
やはりこの国は、なんやかんやいっても大殿あっての稀の国ですね。 話が早いのは助かります。
やはり先にこちらに来て正解でしたね。 さて、ここにいても変ないざこざに巻き込まれそうだし、
急いで赤虎城に向かいましょうか。
大殿の部屋を出て長い廊下が終わりにかかったころ、右から左からぞろぞろ出てくるわ出てくるわ、有象無象の大集合。 周りを囲まれたのだが、なんか昔同じような風景を見たような見なかったような。
これはデジャヴかと思うより先に有象無象の一人が口火を切った!
「八森殿、大殿のお気に入りだからといって最近勝手が過ぎませんか。 なんでもかんでも私たちを飛ばして話を通すのをやめてもらえませんか。 しかも殿まで飛ばして大殿に直接など言語道断。」
「そうですぞ。 赤虎の人間はどうか知りませんが、私たちはやつらのようにほいほいと尻尾を振ったりはせぬ。 そう心得よ。」
「そういうことで、お主をやすやすと赤虎へと向かわすわけにはいかん! また地下牢にでも入っていていただこうか。」
さてどうしたものか。 大殿の威光を使って丸く収まればそれでよし、力づくで押し通ってもいいのだけれど・・・そうすると国を分断しかねないし・・・。
「皆様方、お忙しい中大変ご苦労様です。 皆様方のおっしゃりたいことは重々承知しております。しかしながら今回の決定は大殿が直接勅命にて発せられた重要な事柄。 私の一存でどうこうできる次元の問題ではござらぬ。 囲む相手を間違えておろう!! 文句があるなら大殿に直接物申せばよい。 もしここで逆らうならば、勅命に逆らうということ、反逆謀反とみなし、この場で成敗させていただくがよろしいか!!」
一喝すると、血気盛んな若衆などは刀に手をかけ今にも襲い掛かろうと身構える。 それをこちらの強さを知っているお歴々たちがいさめるという構図となった。
しばらくにらみ合いが続くが埒が明かないのでこちらから動く。
「先を急ぐので失礼してよろしいですか。 前をあけてください。」
割れるように前があいた。 ゆっくりとその間を抜けていく。 若衆のギリギリした感じが伝わってくる。 囲まれていた輪を抜けようとした瞬間、背後から太刀が振り下ろされる。
あっとした瞬間、振り下ろされた太刀よりも早く閃光のような一筋が相手に向けて放たれた。 近くで見ていた全員が、いや受けた本人ですら太刀筋は見えなかっただろう。 受けた本人は数十メートル吹き飛ばされ悶絶してうずくまっている。
「しばらくは動けないだろうけど、命に別状はないはずです。 まだ文句がある人は、かかってきなさい! 次は本気で打ち込みます! 命の保証はできませんのでそのつもりで。」
完勝だった。 その後城を出るまで、領域を出るまで、何の問題も起こることはなかった。 赤虎の領域に入ったときに前から人影が近づいてくる。 一人はがっしりとした大男で一人はすらっとした足の長い女性だった。 二人とも均整の取れた、ギリシャ彫刻から出てきたのかと思うような容姿だった。
敵意は感じられないどころか好意すら感じる雰囲気だった。 ただ秀治にはこの二人の記憶がなかった。
いつでも反撃できるように身構えていたが、二人の顔を見てびっくりした。 面影が残っている、まだそんなに日時がたっていないはずなのに、人は公も変われるのだろうか。 そこにいたのは大きく成長した晴治と晴希の二人だった。
「だれ? おまえらだれ?」
「ひどいですよ秀治さん! わたしですよ! 晴希ですよ~!」
「いやいや、君たち変わりすぎでしょ。 確かに面影はあるけど・・・そんな何年も留守にしていたつもりはないのですが・・・わたしは浦島太郎状態です。」
「いやー!二人して調子に乗って師匠が課してくれた訓練を途中から4倍増しでやってたら、こんなんなってしまいました。 私たちほどじゃないですが、わが軍はみんな屈強な武士に生まれ変わりましたので、またあとでぜひ見てやってください。」
同盟なんて早まりましたかね・・・みんなまじめすぎて・・・世界一屈強な先頭集団が出来上がってしまったかもしれません。 これなら彩の国どころかその先まで一気に蹂躙できてしまいそうです。
いやいや、それでも圧倒的人員不足は否めないのですから、よこしまな考えは捨てなければ。
「二人とも見違えましたよ。 頑張って鍛錬を続けていたんですね。 本当にびっくりしました。 最初誰だか全く分かりませんでしたよ。 そのほかの方々はお元気ですか、変わりはないですか。」
「秀治さんが気にしてるのは、飛鳥のことでしょ? 飛鳥も変わりましたよ! より一層お姫様感がまして、とってもきれいになってますよ。 なんか西から変な噂を聞いて負けてられないとかなん
とか・・・そんなこと言ってました。」
西から?彩の国から?えっ、どこから? どんな情報? どんな噂? いやそれよりも飛鳥姫、どんな情報網をお持ちなんでしょうか・・・そちらのほうが興味ありますし、末恐ろしいです。
これは情報戦です・・・心してかからなければ・・・相手は強敵です。
まさか帰国後にこんな戦いが待っていようとは、下手をするとここまでで一番の戦いになるやもしれない。
秀治は今までにない不安感を覚え、背筋が凍る思いをしていた。
城までの道のりがこんなに重く感じたことがあっただろうか、強敵に接敵する前に本丸まで殿のところまでたどり着きたい。 周りを警戒しながら危険ポイントをクリアしていく。 本丸にたどり着き、殿のいる広間まで案内される、ここまでは無事にクリアしてきた、あと少しだ。
「殿、お久しぶりです。 いろいろと報告しなければ・・・」と言いかけて・・・強敵が視界に入る。
何故、あなたはそこにいるのですか? 飛鳥・・・さん・・・。 氷の微笑で鎮座され、伺いたいことが多々ありますとオーラをびんびんに放ち、こちらを睨みつけていらっしゃる。 口元が笑っていませんよ、飛鳥さん。
「飛鳥姫もいらっしゃったのですね。 お久しぶりです。 お元気そうで、さらにお美しくなられて、まぶしいくらいです。 お土産も土産話も多々ありますので、姫とは後程ゆっくりと。」
さりげなく退席をお願いしてみたのですが、動こうとはしてくれそうもありません。 お土産の話のところで少し表情もやわらいだように感じたのですが、気のせいだったようです。 変わらずこちらを睨みつけております。 もはや蛇に睨まれた蛙状態、動けば殺されるほどの状態に置かれていました。 ここで天からの助け舟が出されます。
「飛鳥、話したいことは山ほどあるだろうが、席を外しなさい。 秀治殿とは軍事や経済など、公にできない話もしなければならない。 お前がいると話も進まなくなる。 わかるね。」
「はい・・・父上。 かしこまりました、この場は父上に免じて引かせていただきます。 秀治殿、父上とのお話が終わったら、どこにも行かず寄らずにわたくしのお部屋で、その土産話とやらを
聞かせてくださいな。」
去り際の睨みつけはこの場を凍り付かせるには十分すぎるほどであった。 ぶるぶる怖い怖い、あとでひたすら謝ろう、それで助かるかはわからないけど。 その空気感に殿も気づいたのだろう。
「すまぬのう。 許してやってくれ。 姫もそなたを心配しておったのじゃ。 毎日のようにお主の事を聞いてきてのう。 帰ってきても真っ先に会いに来ないとふてくされておったのじゃ。 おかしいとは思っておったのじゃが・・・おぬしらいつのまにできとったんじゃ。 まあひと段落したら祝言じゃな。」
「殿・・・勘弁してください。 その話はまたの機会にお願いします。 本日は、彩の国での報告と彩の国の老中からの提案をお持ちしましたので、お聞きいただきたいのです。 すでに大殿の許可は取っておりますし、また勅命も下っておりますので、ご協力をお願いします。」
そこからは、彩の国で目にしたインフラ整備状況や経済状況、職人化した軍隊制度、出会った人々のこと、いろいろと説明して差し上げた。 その中でも人材の豊富さ農業力、工業力の差は歴然であるということ、一人一人の軍事力や武器の強さは稀の国のほうが上なれど、物量や資源力では到底及ばない旨をお伝えした。
最初は納得してくださらなかったが、わからずやのどこかの殿とは違い、徐々にではあるがこちらの話に耳を傾けてくれるようになった。 今後は領内の意思統一を図らなければならないが、それに対しては、
「ああ、それなら大丈夫じゃろ。 大殿の勅命もでとるし、なんせ赤虎の人間は単純じゃから。
お主と儂が、こうじゃと言ったらそうなるじゃろ。 問題なし!」
なんて単純な! 国内でも領地が変われば、こうも変わるとは・・・問題は西より東にあるような気がする。
あっ! その問題より先におさめなければならない問題が・・・さて飛鳥さまのもとへと向かうとしますか。
赤虎の城に血の雨が降り注ぐ、果たして秀治の命はいかに・・・。 第7部へ続く