モテ期到来⁉ ささやかな幸せ
存在感を示した秀治にささやかなモテ期がやってくる。 別世界からやってきている秀治は好意を持ちながらも見えない自分の未来を考え悩む。 その悶々としていた気持ちを吹き飛ばしたのは、その人の笑顔だった。 ささやかな幸せを満喫する秀治に戦場の影が忍び寄る。
あの戦いの夜から一夜明けて、目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。 とはいっても元の世界の天井ではない。
決勝戦の後、何もかもむなしくなって、そのまま闘技場を後にして家に帰って・・・記憶はないが、どうやらそのまま眠ってしまっていたようだ。
青春漫画などでは一晩寝れば気分スッキリなんて展開なんだろうが、そんな都合よくは行かなかった。 盛られた毒の影響もあったのだろう、気分は最悪、体も悲鳴をあげている。 もう一寝入りしようと考えたとき、甲高い大きな声で起こされた。
「師匠―! 師匠―!」
聞き覚えのない声で私を呼ぶ。 師匠? しかも師匠と呼ぶ奴に記憶がない。
「晴希! 晴希! ちょっと待って晴希!」
こちらの声には覚えがある、晴治の声だ。
大声とともに二人の足音が近づいてくる、言語道断で部屋にどかどかと騒がしく入ってくる。
お願いだから今日ぐらいは静かに寝かしてくれ。 (あっ・・でも・・・殿からの呼び出しだったら寝てもいられないか・・・)
「師匠! 僕を弟子にしてくれ! 晴治より僕のほうが強かったんだ、僕も師匠に弟子入りすればもっともっと強くなれるはずだ!」
眠たい目を擦って声をするほうを見てみると、晴治よりは少し小柄で、でも晴治によく似た小柄な少年が立っていた。
続けて入ってきた晴治と比べると、さらによく似ているのがわかる。
「よく似ているけど・・・君たちは兄弟?」
「秀治様、晴希は僕の双子の姉です。 女のくせに武士に憧れてるんですよ、秀治様からも無理だって言ってやってください!」
「お・お・女の子―? 確かに髪を短く切ってはいるけど、晴治が女の子っぽい顔をしているから分からなかったけど・・・確かによく見れば顔つきも体つきも女の子だ。」
「師匠! 女だから何だっていうんですか! 晴治が師匠と会う前までは僕のほうが強かったのは間違いないんだ! だから僕も強くなれる!」
(うーん・・・確かに晴治ほど強くなれるかは難しいかもしれない・・・この時代では女の子の生き方ってのもあるのだろうし・・・でも男女平等、雇用均等、職業選択の自由・・・。)
「秀治様? 何をぶつぶつ、男女なんとかとか雇用なんとかって? そんな独り言、言ってないで早く弟子入りを断ってくださいよ。」
「そうだね晴治。 そのほうが晴希ちゃんには幸せかもしれないね。 でもね・・・よし決めた!晴希ちゃん、晴治の強さとは別の強さでも構わないかい? 晴治がやっていることとは違うことになるかもしれないけど文句を言わずについてこれるかい? 約束できるのなら弟子入りを許してあげる。」
「師匠! 本当かい! 今更、嘘とか冗談とか言わせないよ!」
「嘘なんか言わないけど、その師匠はやめようか。 秀治さんでいいよ! 私も晴希ちゃんって呼ぶから!」
「師匠・・・いや秀治さん、その「ちゃん」呼びは・・・ちょっと・・・。」
「だーめ! 晴希ちゃん呼びは決定事項だから! それと晴希ちゃんは普段からもう少し女の子らしい行動をすること。 それも君の武器になるから ねっ!」
こうして、晴治の双子の姉、晴希が私の弟子になると同時に、晴治が今更ながら弟子にこだわって私に弟子入りした。 何か戦い以外のいろいろなことで一波乱も二波乱もありそうだ。 多分こんなもんでは終わらない予感がする。 予感が外れればよいけど。
次の日から双子の弟子の修業が始まった。 晴治は更に負荷をかけてスピードとパワーをまんべんなく上げていく、オールラウンド型を目指す。
晴希ちゃんはパワーは期待できないので、スピードと瞬発力重視で鍛えていく、超スピード型を目指す。
「晴治~! これ普段から手足につけて生活して! あと今日から模擬刀はこれを使って! あとはいつも通りね!」
「秀治様、なんか雑じゃないですか・・・、なんか私にもいろいろと・・・。」
「は・る・じー! 文句あるなら弟子やめていいよ!」
「いいえ秀治様、やらせていただきます! やらせていただきますけど・・・真面目にやらせては頂きますけど・・・。」
「はいはい頑張って! さてと晴希ちゃんはこっちね。」
殿に言って作ってもらった鍛錬場へと向かう。 この鍛錬場には急激なアップダウンコースが
周りにあったり、丸太が色々な高さや色々な間隔で埋められていて飛び石みたいになっていたり、
ロープが一本張ってあったり、ちょっとしたアスレチックの様になっていた。
「晴希ちゃん、まずはこれを足につけて。」
「秀治さん、僕、もっと重くても大丈夫だよ。」
「パワーをつけるわけじゃないから、徐々にね。 それじゃあまずは左右の動きからいくよ!
私が手をたたいたら右へ、また手をたたいたら左へ、できるだけ瞬時に動いてね。 たたく手は
一定じゃないから、よく聞いてできるだけ早く反応してね。」
「はい! 秀治さん!」
あっ、晴希ちゃん、その上目遣いは反則。 そんなまっすぐな目でキラキラ瞳を光らせて・・・、
お兄さん、ドキドキしちゃうでしょ。 ロリコンではなかったはずなのだが・・・、華奢な体に
ショートカット、目が大きくて瞳うるうるキラキラ・・・、なんか鍛えて足が太くなっちゃったら
魅力半減、鍛えるのやめちゃおかっな~なんてよこしまな考えがよぎる・・・なんて空想に浸って
いたら、晴希ちゃんが怪訝そうな顔で、下からこちらの顔を覗き込む。
「どうしたんですか~? にやにやして固まってますけど~?」
これ以上は、たえられない。 早く修業に入ろう。 何事もなかったように修業に入ろうとする。
ちらっと晴希ちゃんの方を見ると、不思議そうな顔でこちらを見ている。 晴希ちゃんが純粋
無垢でよかった。 どうやら見透かされてないようだ。 ちょっとどもりながら平静を装って会話
を続ける。
「そ・そ・それじゃあ、いくよ! よーいスタート!」
晴希ちゃんがこちらを不思議そうな顔でこちらを見ながら動かない。 またなんかやってしまっ
たか? 頭の中をぐるぐるといろんなシーンが回想していく。
「秀治さん、スターなんとかって何ですか? その掛け声で動いたらよかったですか?」
あっ・・・そこね。 スタートってわかんないよね。 自分が邪な考えを持っていると、なんで
も変に考えちゃうよ、冷静に冷静に、晴希ちゃんはな~んにもわかっちゃいないんだから。
「ごめんごめん。 それじゃあ、「よーいはい」でスタートしようか。 それで分かるかな?」
「はいっ!大丈夫です。 なんかさっきから秀治さん、ちょっと変ですよ。 なんか僕に問題が
あったら言ってくださいね。 僕、秀治さんのためなら何でも改めますから。」
いやいや、晴希ちゃんはな~んも悪くありません。 悪いのは邪な私の方です。
な~んてけなげなんでしょう。 女の子らしくする僕っ子なんて無敵です。 そんな趣味のない
私でも誘惑に負けそうです。 (私は師匠、私は師匠と自分に言い聞かせて修業に戻ります。)
一か月ほどスピードと瞬発力重視でレベルを上げながら鍛えてきたんだけど、さすが晴治の
双子の姉です。 呑み込みの早いこと早いこと・・・重りをつけた足でとんでもないスピードで
ターンアンドダッシュを繰り返して、一本ロープも地上を走るように渡っていくし、丸太渡り
どころか木から木へとぴょんぴょん軽々と渡っていくし・・・。
「うーん・・・忍者を育ててしまったか・・・。 でも思ったより足が太くならなくてよかった。」
またそこかーい!って誰か突っ込んで! でも女の子らしく女の子らしくって言い続けていた
せいもあるのだけれど・・・本当に女の子に磨きがかかって、いまや城内でも話題の美少女に
育ってしまった。 そんな美少女僕っ子をにやにやしながら眺めていたら、後ろから聞き覚えの
ある声で呼ばれた。
「秀治さま~~、一か月も放置って・・・ひどいじゃないですか~。 晴希ばっかり見てないで、私もちゃんと指導してくださいよ~。」
「晴治、ごめんごめん。 って、晴治だよね? 誰ってぐらい体つき変わっちゃってるんだけど。」
どうやら一か月間、こちらの指示を守って懸命に修業していたようで・・・。
「秀治様、あの内容はさすがにしんどかったです。 あの負荷であの量は地獄でした。」
そんなしんどいカリキュラムを組んだつもりはなかったんだけど、晴治の負荷を確認して、
一日のトレーニング量を確認したら、一か月でやる量を一週間でこなしてた、それを×4って!
ほんとに姉も姉なら弟も弟、馬鹿正直なんだから。 一か月で最強姉弟の誕生です!
とある昼下がりのお城の中庭、穏やかな空気の中に似つかわしくない風を切る音が響き渡る。
雲の隙間から差し込む太陽の光を切り裂くような、それでいて優雅で可憐な舞のように剣を
振るう少女が一人。
一通り舞った後、少女は大きな庭石の上に腰を下ろした。 そこに近づく一つの影・・・少女は
その影の存在にとっくに気が付いていたが、悪意がないことにも気付いていたので、直前まで
気付かない振りをしていた。
「飛鳥! なんか用! ひっそりと近づかないで声ぐらいかけなさいよ!」
「晴希・・・幼馴染だからといって、一応私のほうがお姉さんなんだから・・・少しぐらい
敬いなさいよ・・・。 それにいつから気付いていたのよ! 意地悪なんだから。」
「最初っから! 飛鳥は気配を消しているつもりかもしれないけど、まったく消えてないから!
そんなんじゃ戦場であっという間に亡くなっちゃうよ。」
「私は戦場に出たくても出られないんだから、 そんな能力いらないの。 それより晴希、
最近また強くなったんじゃないの・・・それに反して恰好とか仕草とか、逆に女の子っぽく
なっている気がするんだけど・・・。」
「えへっ、それは秀治さんのおかげ!」
「ひ・ひではる・・・さん? さん? 晴希・・・八森様のことお名前でお呼びしているの?
しかも「さん」呼びって! 失礼じゃないの!」
(晴希・・・いいないいないいな・・・私だって私だって・・・)
「お名前でお呼びしたいのに・・・。」
「飛鳥・・・心の声が漏れてるよ。 飛鳥もお願いしたらいいのに。 秀治さん、いいよって
言ってくれると思うよ。」
私が八森様にお願いする? お名前で呼ばせてくださいってお願いする? ありえないありえ
ない私が八森様に面と向かってお願いするなんてありえな~い。
「無理無理・・・そんなはしたないこと・・・無理無理・・・。」
「だから~飛鳥~、心の声が漏れてるって~。 飛鳥はそういうとこが固いんだから。 もっと
軽く考えたらいいのに。 だったら僕が秀治さんにお願いしてあげよっか?」
「それはやめて、お願いそれはやめて。 お願いするときは私からお話しするから。 それより
晴希は八森様と仲が良いみたいだけれど、晴希は八森様のこと・・・その・・・。」
「あっ! 好きかってこと? 一応師匠だからね。 今のところはそんな感情はないかな。
あ~! 飛鳥は秀治さんのこと好きなんだ~! 僕にやきもち焼いてるんだ~! どうしよっ
かな~、秀治さんもまんざらじゃないようだし・・・僕のものにしちゃおっかな~。」
飛鳥の顔がみるみると暗くなっていき、その場に座り込んでしまった。
「晴希、魅力的だもんね、最近は城中でかわいいって噂だし、性格もさばさばしてるくせして
かわいいし・・・私なんか何ももってない・・・。」
「飛鳥! そうやってすぐ落ち込むのが飛鳥の悪い癖! 飛鳥は僕が持ってないものいっぱい
持ってるじゃない・・・僕のほうこそいつも飛鳥のこと羨ましいと思ってるよ。 その大きな瞳も、
小さい顔も、長くてサラサラな黒髪も、スラっとした綺麗な脚も、そのおしとやかな性格も、全て
僕にはないものばかり。 飛鳥はもっと自分に自信を持たなくちゃ! お城の部下たちには、
あんなに強気に話せるのにね。」
うずくまってちっちゃくなった飛鳥が膝を抱えて上目遣いで晴希を見ている。 飛鳥は何か
あって落ち込むと、いつもこの体勢になって晴希に助けを求めるのだ。 お城にいる毅然とした
強気の飛鳥はどこにいったのやら・・・そんな飛鳥を励ますのもいつも晴希の役目だった。
「だって・・・あれはお仕事だもん・・・こんな姿、晴希にしか見せられないもん。
お父様にだって見せたことないのに。」
(あー面倒くさい。 最近晴希はこの役目を誰かに代わってもらえないかと思っている。
そうだこのお役目を秀治さんにおしつけ・・・いやいやお願いできないだろうか。 飛鳥も
秀治さんのこと好きみたいだし、ちょうどいいんじゃない。)
「飛鳥、飛鳥の素の部分で秀治さんに接したら、秀治さんも好きになってくれるんじゃないかな? だって素の飛鳥とってもかわいい(男には面倒くさい=かわいいの場合あり)しね。」
「そんなことできたら苦労しないわよ・・・できないから悩んでいるのに・・・。」
飛鳥はいつもこうやって一番大事なところを後回しにするところがあるのを晴希はよく知っている。 またこうなってしまった飛鳥がなかなか動きださないのもよく知っている。 さて今回はどうしたものか・・・。
「飛鳥! 飛鳥が動かないんだったら、僕が動いてもいいんだよね。 本家のなまいきお嬢様も狙ってるって噂だよ。 離れているからって油断大敵だよ~、あの娘は遠慮ないからね~。」
「美弥はダメ! 美弥が関わったら、しっちゃかめっちゃかになる~! だからといって晴希
もダメ!」
「だからきっかけは作ってあげるから、勇気を出してまずは秀治さんと普通にお話ができるようになろうか。 飛鳥はまずそこからだね。 とりあえず晴希も応援してあげる。」
次の日の夕方、修業が終わるころ鍛錬場の片隅に飛鳥がやってきているのを晴希は気付いていた。 もちろん秀治さんも気付いていただろう。 飛鳥は隠れているつもりなのだろうが、一向に近づいてこようとはしない。 物陰に隠れてこちらをうかがっている。 修業が終わり、秀治さんが帰っていく。 すると飛鳥がとことこと近づいてきて・・・。
「晴希・・・いつきっかけを作ってくれるの?」
「おーい! 昨日の今日かーい! それにあんなところで隠れているぐらいなら出てきてお話したらいいのに。 秀治さんも飛鳥が来てたの気づいてたと思うよ。」
「うそっ! 私、はしたない娘と思われたよね。 立ち直れないよ~。 どうしよう晴希・・・。」
ほんとにこの娘は! こうと思ったら思い込みが激しいんだから! こうなったら飛鳥は止まらない。 お膳立てするまで何度でもやってくる・・・そういう娘だ!
「わかったよ! 明日、修業もお休みだし、絶景を見せてあげると秀治さんを誘うから、お城の最上階へ入れるようにしといてくれる? そこに秀治さんを連れて行くから、飛鳥は偶然を装ってやってきて! 様子を見て僕は席を外すから。 ねっ!」
そうは言ったものの・・・僕が絶景? 僕がそんなところに秀治さんを誘う? すごくすごく不自然。 そうか! きれいな景色があるからと誘うからおかしいんだ。 めったに入れない場所に入れるから一緒に行かない? これだ! これなら不自然じゃない! そうと決まれば早速!
急ぎ秀治さんの館へと向かう。 いつものように声もかけずにいきなり飛び込んむ。
「秀治さん! 明日、お城へ一緒に行かないかい! 飛鳥が天守のてっぺんに招待してくれるって! この機会を逃したら次はいつ入れるかわからないよ~!」
「晴希、はしたない。 いつも言ってるでしょ。 もっと女の子らしくって。 それに天守なら、この前殿に連れて行ってもらったよ。 城郭から見る景色とはまた違って、とってもいい景色だったよ。」
「嘘! 秀治さん、もう行ったことがあるの? そんな~。」
(殿~! なんて間の悪い! 知ってたら別の場所にしたのに~!)
「でもね秀治さん・・・僕・・・もう飛鳥と約束してしまったし・・・。」
「秀治様! 行きましょうよ! 私、まだ行ったことがないんです。 私もお供しますし、ねっ!行きましょうよ~!」
「は、る、じー! なんであんたがここにいるのよ! それに飛鳥は、あなたを誘ってるわけじゃないの! 秀治さんを招待してるの! あんたなんかおよびじゃないのよ!」
(あんたはお邪魔虫なだけなんだから、ちょっと遠慮しなさい。)(小声)
(なんでだよ~。 あんなところめったに入れないって晴希が言ったばかりじゃないか。)(小声)
「晴治はまだ行ったことがないのか。 だったらせっかくのお誘いだから行ってきたらいいよ。」
「秀治さん~! 秀治さんがいないと意味が・・・ないというか・・・なんというか・・・。」
(はは~ん、そういうことですか。 わかりました、ここは私が気を利かせましょう。)
「わかりました。 今回は飛鳥様から、私へのご招待ということですね。 ということで、晴治くん、あなたは残念ながらまたの機会に。 今回は私一人で行ってきます。 晴希ちゃんも今回はいいですよ。 理解しましたので。 晴希ちゃんも大変ですね、あの後鍛錬場でお願いされたのですか?」
「やっぱり秀治さんも気付いてらしたんですね。 まあ、そういうことです。 飛鳥のことよろしくお願いします。」
「ご期待に沿えるかわかりませんが・・・悪いようにはしませんから、安心してくださいね。」
(とは言ったものの・・・どうしましょうか。 飛鳥様のこと嫌いではありません・・・むしろ好意を持っているといってもよいぐらいですが・・・。 私はこの時代の人間ではありませんし、いつ帰れるか、いやいつ呼び戻されるかすらわからないわけですから・・・期待を持たせるのも申し訳ないですしね。)
一晩考えても結論は出ない。 考えても仕方ないので出たとこ勝負でお城へと向かった。
門番に事情を話す前に、お城の門を開けてくれた。 どうやらすでに話がついているようだった。
場所場所に近衛兵のごとく武士が立っている。 どうやら飛鳥姫直轄の武士たちのようだ。
スムーズに天守までやってくると、直近で詰めていた武士たちが音もなく引いていく。 統制が取れていて素晴らしい団体運用。 もしかすると・・・乾家の中で一番の武士集団なんじゃないのってぐらいの素晴らしさ。 みんな飛鳥姫のことが大好きなんだなってことがすごく感じられた。
下手なことしたら・・・暗殺されそうだな・・・気をつけよ。
天守にあがると、飛鳥姫が待っていた。 朝日に照らされサラサラの黒髪が風になびく。 目鼻立ちがはっきりしているせいか、朝日に照らされていても表情がはっきりとわかる。 自然なほほえみ・・・一瞬見惚れてしまって、見とれてしまって、動きが止まってしまった。 この時襲われていたら身動きもできずにやられていただろう。
「おはようございます。 八森様、突然お呼び出しして申し訳ございません。 晴希とは幼馴染でして、晴希が天守からの景色が一度見てみたいと申しますので、その肝心の晴希が来ていませんの。」
「飛鳥さま、この度はご招待いただきありがとうございます。 ここからの景色も最高ですが、飛鳥さまの神々しいほほえみを見れた。 こんな幸せなことはありません。 晴希ちゃんは、とうも私たちに気を利かせてくれたようです。」
頬をピンク色に染めて、少し恥ずかしそうに、少しうつむき加減で、恥ずかしさをこらえながら飛鳥さまが話し出す。
「八森様、晴希のことを晴希ちゃんと呼ぶんですね・・・私のことも飛鳥様ではなくて、もっと親しくお呼びいただけませんでしょうか・・・あっ・・・忘れてください・・・私ったらいきなり恥ずかしい・・・。」
「なんとお呼びしたらよろしいでしょうか、姫。 飛鳥さん、飛鳥ちゃん、それとも飛鳥と。」
「えっ! あの、あの、でしたら飛鳥ちゃ・・・いえ飛鳥でお願いします。」
真っ赤な顔をして、勇気を出して、絞り出して話をしているのが、痛いほどわかった。
「それでは、飛鳥。 私のことも八森様ではなくて、秀治とお呼びいただけますか。」
「いや、でも殿方のお名前を呼び捨てにするなんて・・・そんな・・・。」
「なら、私も飛鳥様とお呼びしますよ。 お互いに名前で呼んで、さらに親密になっていきましょ。 ねっ! いかがですか。」
飛鳥は終始うつむきながら、小さくうなずいた。 この話は、瞬く間に城内に知れ渡り、許嫁のような扱いになってしまった。 それもこれも後日殿に呼び出され、祝言はいつにしようかなどと先走ったことをするもんだから、余計に噂に拍車をかけることになったのだが。
火消しをするのにかなりの労力を要したのだが、何とか沈下することができた。 そのかわり飛鳥は頬をぷくっと膨らませて機嫌が悪くなってしまったけれど・・・ただこちらは簡単だったけど。
えっ、何をしたかって? 甘いものを持って、手を握って、「飛鳥」って囁いたら許してくれた。
どんな時代でも・・・女性は甘いものに・・・弱い。
ただ今後・・・この手は通用しなくなっていくんだろうな・・・そう考える秀治だった。
こんな平和で幸せな日々はそうそう続かない、ここは最前線である。 危険が近くまで忍び寄っていた。
第二部 完