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こんな雷鳴が鳴り響く夜には  作者: ひでのすけ
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転移先でちょっと本気出してみた

こんな雷鳴が鳴り響く夜には 第一部


 こんな雷鳴が鳴り響く夜には、あの頃の記憶がよみがえる。 もう今となっては記憶と呼んでよいものか、頭の中の妄想と呼んだ方がよいものか、曖昧となってきているのではあるが。

 あの夜も空いっぱいに雷雲が立ち込め、稲光が空を縦横無尽に駆け巡っていた。 雷鳴に恐怖を感じることはなかった私だが・・・あの夜以来、恐怖というよりは不安が襲ってくるのである。

 また、あの時あの場所へ・・・戻ってしまうのではないかという不安である。


 あの夜は、昼間の訓練を終えてくたくたになって寮にたどり着いたのを覚えている。 私は過去で言う警察といってよいか、自衛官といったほうがよいか、どちらの機能も兼ね備えた組織といってよいと思う。 警察力では抑えきれない軍隊機能をもった警察といったらしっくりくるかもせれない。 


 あの頃の私は組織に入って一年目の新人隊員だった。 20代前半でこの組織に入隊できることはほぼないのだが、私は前年度柔術世界一、剣術日本一の実績をかわれて特別に入隊が許されていた。 そんな私でも訓練ではついていくのがやっとのとんでもない世界だったが柔術・剣術で負けることはなかった。 最後は体力にものをいわせて負けにもっていかれるのだが・・・。


 あの日は水を一杯飲み、隊服も装備も解かずにベッドに窓を背にして座り込み、鉛のように重たい体を壁にあずけていた。 一瞬明るくなったかと思うと背中に一閃の落雷を感じ、後から音が襲ってきた。 窓の外を見ると、あれだけ雷雲の中を龍のように駆け巡っていた雷は消え、その一角だけ嘘のように静けさが戻っていた。 目を凝らしてみると人影のようなものが見えた・・・・と思った瞬間、再度雷が落ちた。 目の前が真っ白になりしばらく何も見えなくなった。 見えるようになるより先に、心地よい風と緑のにおいが感じられた。 その中に覚えのある嫌な臭いが含まれていた。 


 「血だ・・・血の臭いだ!」


 視界が戻った眼下には、数多くの死体が転がっている。 その中心には籠があり、生き残った数人がその籠を守っている。 取り囲んでいる人数は15名から20名ほどだろうか、みな時代がかった装束で刀を持って襲い掛かろうとしている。


 頭の中で情報を整理しようとするのだが、状況が判断できない。 こんな時は生き残れる方につくのが得策なのだが・・・生き残った後の事を考えると籠の中の御仁を助けた方が旨味がありそうだと感じた。 今考えると静観することも選択肢としてはあったのだろうが、なぜだか考えることがなかった。

 眼下の敵前に飛び降り啖呵を切った。


 「どうやらお困りの様子、助太刀いたす!」


 時代劇のような装束に引きずられたのか、言葉まで時代劇調になっていた。

 装備の大刀を抜き斜に構える。 じりじりと相手が距離を詰めてくる。 相手の誤算は間合いの距離だった。 思ったより数センチ私の間合いが勝った。

 相手が出るより先に機先を制した私は目の前の数人を一瞬のうちに倒すことに成功する。 一瞬の出来事で動きが止まった相手の右翼を叩く、その返す刀で左翼を襲う。 あっという間に十数人が地面に倒れた。 スピード、パワー、技術、装備、全てにおいて相手にならなかった。

 残りの数人をにらみつけると、蜘蛛の子を散らすように立ち去って行った。 刀を鞘に戻し籠の方を見ると、お味方したはずの相手がこちらに刀を向けている。 それはそうだろう、突然現れた奇妙な姿格好をした男が助太刀と言っても、にわかに信じがたい。 私でも信じないだろう。

 一触即発といった瞬間、籠から声がかかる。


 「皆の者、やめよ! そのお方は命の恩人ぞ!」  予想外に女性の声だった。 


 「しかし、姫! こやつの恰好、只者ではございませぬ。 どこぞやに雇われた忍びかもしれませぬ。」


 その時、籠の御簾があがり、暗がりに切れのある鋭い瞳だけが見えた。


 「その方、どこの手のものじゃ。 と尋ねても正直に話すわけはござらぬか。」


 どこの者じゃといわれても・・・答えようがないのだが、人が死んでいるのだから現実なのだろう、時代も場所もかなり時代をさかのぼってしまっていることは、なんとなくではあるが理解している。 だからといって説明してわかってもらえることはないだろうし、自分がいたところの歴史をさかのぼった過去の時代であるかどうかすらわからない。 敵意がないことをわかってもらうしか手はなかった。 大刀を預けることでなんとか敵意がない事を理解してもらえたが(武器はまだまだ隠し持っていたが、この時代の人間には見ても分からなかったようだ。)、両手を縄で拘束され、どうやら城のお殿様の判断を仰ぐという。

 道中、何を聞いても誰も答えてはくれない。 状況を考えるとどうやら俗にいうタイムスリップということか・・・いやなんてベタな展開! 詳しい時代も分からないし、場所も分からないので、歴史をさかのぼったかどうかすら分からない・・・これは出たとこ勝負かな。

 どのくらい歩いただろうか、二つほど山を越えたところで先の山のてっぺんに山城が見えた。 周りに戻ってきたとの安堵感が広がる。 山を下り麓の田畑を歩いていると、前から馬が駆けてきた、城からの使いの者のようだ。 何やら話をしているようだが聞こえるわけもない。 山を登り城の近くまで来ると、姫とは別れ別の場所へ連れていかれた。 牢屋のようなところへ入れられたのだが・・・「怪しいかもしれないが、一応命を救った恩人だぞ・・・」と思ったが仕方がない。

 ここは時の流れに身をまかせるしかないな。 一晩経っても二晩経ってもいっこうに動きがない。幸いに質素ながら食事は提供されるので、なんとか空腹はしのげている。 ただ訓練からこちらの世界に直接来て一戦交えて、ここまで風呂どころか身体一つ拭けてもいない、これは現代に生きるものからすると不快でしかない。 四日目の朝、殿がお呼びとのことで動きがあった。


 「お願いだから、風呂に入らせて・・・」


 

 風呂に入ることは、よっぽど高貴なお方でないとないようで、殿の御前に出る前に水浴びだけは許された。 

 呼び出されたにもかかわらず、待てど暮らせど動きはない。 何時間ぐらいたっただろうか、我慢の限界に達しようとした瞬間に殿さまは現れた。 


 「そなたがわが娘を助けた者か? 苦しゅうない面を上げい。」


 最初からあげてるって! その態度が娘を助けた者に対する態度かって! 大概、頭に来ていたので、少々声をあらげてしまった。


 「娘を助けた者の手をくくり、何日も牢屋につなぐ、これがこの国の恩人に対するおもてなしですか? お望みであれば、こんな国一晩で滅ぼしてくれようぞ!」


 まあ大体ここで回りの取り巻きたちが「無礼者!」「頭が高い!」などと罵声が飛んでくるようなものなのだが・・・それより先に殿さまの横にいた姫様から声が上がった。


 「どういうことですか、この物を捕縛し牢屋につなぐなど恩人に対し無礼であろう。」


 いやいや姫様・・・最初助けた後から信用できないからと捕縛したのはあなたでしょうが・・・牢屋に入れられていたことは知らなかったにしても・・・今目の前で縛られているのは見えていませんか? ああやっぱりこちらを助けたのは失敗だったのかなぁ・・・さてどうしたものか、縄をやぶって逃げるのは簡単だが、大刀は取られたままだし装備のほとんども取られたまま・・・さてどうしたものか。

 一暴れしようかと思った時、いきなり人の気配が真後ろにあらわれた。 後ろをとられた!

対応できないスピードではない、やられることはないだろうが、気配が全くない状態から一気に殺気を発し、一瞬動けなかった。 その空気はもうなく、やわらかい空気があたりを包んでいる。


 「そんなんだからお主は人を見る目がないと言われるんじゃ。 この国はお主に任せたから口は出さんと思ったのじゃが、恩人を無下に扱ったとあらば我が一族の名折れじゃ!」


 「しかし父上、この者は素性も知れず、怪しげな装束に見たことがない刀を所持しておりました上、敵の間者やもしれませぬ。 それ故、はっきりするまでは自由にするわけには・・・」


 「この者が本気になったらここにいる者どころか、本気でこの国を潰すであろうよ。 そなたも演技を続けず楽にしたらどうじゃ。 もう縄も解いてるじゃろうに。」


 食えない爺様だな。 なんでもお見通しとはね。 


 「失礼いたしました。 こちらこそ無礼な振る舞いをお許しくださいませ。」


 私も姿勢を正し、深々と頭を垂れた。 


その老人は「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」と高笑いして、


 「この者はお主には御せえまい。 この件はわしが預かる! よろしいな!」


と殿さまに告げると私を引きずるようにその部屋を出ていった。 


屋敷の離れになるのだろうか、その老人の部屋であろう場所へ連れていかれた。 この部屋だけ空気が違う・・・ピーンと張りつめたような中にふわっとした優しが垣間見える。 この老人の人となりが表されているようだった。 こういった人間は逆に信頼できると直感で感じていた。

この人なら正直に話をしてもよいのではないか、分かってもらえるのではないだろうか。 そう感じた私は、正直に身の上を話した。


「うーむ。 嘘は言っとらんということは、お主の目を見ていればわかる。 ただそれを理解せいといわれても難しいぞ。 ましてやあやつらに理解せいといってもかなわぬことじゃ。」


「そうじゃ、我が息子の一人、あやつの弟じゃが、頭の柔らかい奴がおる。 そやつのところに行ってみんか。 そなたもそこのほうが過ごしやすかろう。 事情はわしのほうからくれぐれも伝えておく上、安心していかれよ。 またできればで結構じゃ、力を貸してやってほしい。 そうと決まれば、善は急げじゃ! 誰か誰かおらんか!」


バタバタと話が決まり、私はその弟の元へと移動することとなった。 大殿のおかげで全ての装備と大刀も戻ってきたし、力を貸してほしいというところは気になるが・・・あとはその頭柔らか弟君次第ってとこである。 


この国は、北側は山が連なり南側は海が広がる、国のほとんどは長男である殿が納めているのだが、西側の隣国とは数十年、戦いが続きここ数年は弟君がこの戦線を支えているとのこと、東側の国との同盟を結ぶため、娘を嫁入りさせようとしたところ東側の国の中でも同盟反対派がおり、お輿入れを阻止しようと先の襲撃に繋がったと思われる。 もともとこの件では娘の態度が悪かったのもあり東側の若君は否定的であったそうだ。 後で知った話だが、老人は大殿で長男に家督を譲り隠居生活に入ったのだが・・・その長男が今一つでいつ隣国に乗っ取られそうになるかわからない。 頼みは弟君というのがこの国の現状だそうだ。


ここでいまわかっているこの国の内情と登場人物を整理しておこう。


国名:稀のまれのくに

首都:白蛇はくだ 白蛇城

      東の拠点:青銅せいどう 青銅城

      西の拠点:赤虎せきこ 赤虎城

人口:約30万人


白蛇城:乾 吉高いぬいよしたか城主

    乾 光治いぬいみつはる大殿

    乾 美弥いぬいみや吉高の娘

赤虎城:乾 義治いぬいよしはる城主

青銅城:武重 一晴たけしげいちはる筆頭家老


地図を見たが、日本地図によく似ている。ただし地名や国境などはまったく違い独自の文化・習慣を持っているようだ。 稀の国は現代日本の和歌山県のあたりになり北に4000メートル級の山々が連なる剣が先山脈けんがさきが通り北に抜けるには東西に迂回しなければならない。 東には奥のおくのくに、西には彩のさいのくにがあり、奥の国は山地の中にあり食料的には裕福とは言えないが、北からと東からの移動の重要な拠点となっており、その関係もあり貿易も盛んであり、金銭的な裕福さを持つ国である。 彩の国は国のほとんどが平地で全て海に面している北の先には大都市が控え、その国々への食糧補給基地の役割を持っているため、食料的にも、金銭的にも裕福な国である。 稀の国は海の産物はあるが、平地が少なく生産量も少ない、東西を交通の要衝に囲まれているため、決して裕福とは言えない。 山岳信仰が盛んで霊峰剣が先は神様であり、神事的な要素も多くある神秘な国である。


 今から私は、西の町赤虎へと向かうのである。


 赤虎へ向かう途中は、北側は山脈がすぐそばまで迫り狭い平地を抜けていく。 赤虎が近づくにつれて平地が広くなり視界が開けたように感じる。 その先は彩の国、開けた土地が続く豊かな国、ただしこの霊峰剣が先山脈が彩の国からの進行を阻み、助けられているともいえるのだ。 赤虎の城が近づいてくる、白蛇城が真っ白だったので、赤虎城は赤いと思いきや漆黒の城であった。 何もかもが漆黒、石垣ですら黒く塗られていて周り全体も色が感じられない城であった。 ちなみに青銅城は山城で城というより砦に近いと聞いている。 こちらは苔むしていて月光にあたると青黒く光るといわれており青銅の名に近いのかもしれない。 なので漆黒の城が目の前に現れたときは少しがっかりしたものだ。 もっとびっくりしたのはその内部である。 こちらは名前の通り赤というより朱に近いものだが、赤を中心にきらびやかに彩られていた。 ただし兵士たちは全て漆黒の鎧を身に着けて漆黒のマスクをつけ、刀まで漆黒に塗られていた。 若殿を中心に統制が取れ、少数精鋭のプロ集団であった。 彩の国からの攻撃を何度も退け進行は許さなかったが、ただ進行することもかなわなかった。 そんな赤虎城に到着すると、城主義治殿直々にお出迎えいただき、それは丁重にもてなされた。 赤虎の町は、街全体が城壁に囲まれていて、兵士たちはその城壁に居を構えいつでも外敵への対応が可能になっている。 城壁はぐるっと通路になっており、いつでも行き来が可能で一瞬で防御態勢がとれるようになっている。 その内側には民家があり、一般住民たちはそこで暮らしているが、有事の際は城の地下に避難場所があり、全住民が避難できるようになっている。 私が頂いた居住はお堀の内側、城の周りにある重臣たちが住む一角にある。 広さは現代の3LDKぐらいの広さで、一人で住むには広すぎる家だった。 入ってびっくりしたのが風呂があること。 重臣の家であっても風呂はないそうなのだが、どうやら大殿が気を利かせて用意してくれたようだ。 明日正式に城にあがり、義治殿や他の重臣たちとも会うことになる。 今日はゆっくり休ませてもらい、明日に備えようと思う。


 次の日の朝、年配の女性と十代半ばぐらいの男の子がやってきて、今後のお世話をしてくれるという。 今でいう女中さんのような位置づけになると思うが、身の回り全般をこなしてくれる。 男の子はその女性の息子というが、もう立派な兵士で私と城との連絡役を行ってくれるようだ。 この女性ははるという、息子は晴治はるじ、姓は武重、なんと青銅城城主武重筆頭家老の弟家族とのこと、弟は武重 清治たけしげせいじ赤虎城家老の職に就いていた。 二人は住み込むときかなかったが、どうしてもとお願いして必要な時だけということでお願いした。 といっても赤虎武重家も重臣なので、同じ地域に住んでいる・・・数百メートルも離れていないんだけどね。


 晴治に連れられて城主義治殿の元へ向かう。 晴治はここまでと促されてその先の部屋に入ると、10名の重臣の中心に義治殿がおられた。 重臣達は怪しげな目でこちらを吟味している。 それはそうだろう、見たこともないような服装で見たことのないような大男が目の前にいるのだから。


 この世界の成人男性の平均身長は155センチほどと小さい、背が高くても165センチあればいい方だろうか・・・そんな私は身長187センチ・・・それはおかしく思うだろう。


 「皆の者、この者は我が姪 美弥の命の恩人である。 まあそれはどうでもいいのだが・・・。大殿よりくれぐれもと、また稀の国発展に大いに尽力し、彩の国との争いにも多大なる影響を与えるであろうとのお達しである。 宜しく頼む。」


 大殿! またいらぬ吹込みをしてくれて・・・手伝うしか居場所がなくなってしまうではないですか。

 「先の国からやってまいりました、八森秀治やつもりひではると申します。 この度は縁あって乾家のお世話になることに相成りました。 このうえは若殿様にお力添えし稀の国発展の為尽力を尽くして参りたいと思います。」


 周りを見渡すと、もちろん納得されていない方々が、こちらを睨みつけております。 さてどうしたものか・・・。 思案していると、後ろから女性の声が。


 「赤虎の重臣ともあろう方々が情けない。 この程度の事でうろたえ疑心暗鬼になろうとは、大殿が目をかけ、父が受け入れたのです。 それ以上に何が必要ぞ! そんなに秀治様が信用できないのなら仕合ってみてはいかがでしょうか。 それとも赤虎のもののふは臆病者ですか。」



 「飛鳥様・・・仕合ってみてはと申されましても、お客人に大けがなど負わせてしまっては、   大殿様に申し訳がたちません。」


 飛鳥様? 重臣達にこれだけ強気な発言ができるのだからそれなりの身分の者であろうが・・


 「これ娘よ・・・重臣たちを困らせるのではない。 それに重臣たちが負けてしまっては面目もたたないじゃろうて。」


 この娘にしてこの父親ありだな・・・義治殿まで焚きつけてどうするんだか。


 「秀治様はいかがですか。 仕合って力を示せば、皆もお認めになると思うのですが、代は戦国の世、武力こそが全てではありませんが、これも力を示す一つではないでしょうか。」


 「わかりました。 重臣の方々一対一で仕合っても、時間が掛かります。 ここはこの城で一番強い方と勝負させていただきます。 またそのほうが城内の方々全てが納得していただけるのではないでしょうか。 私はいつでも構いませんのでそちらの都合の良い時をお知らせください。」


 「あいわかった。 この勝負この義治が預かった。 追って日時を伝えるが故、清治! 城内の強き者たちを集めるがよい。」


 だ・か・らー! 聴かん殿様やな! 強き者たちって複数になってんじゃん! 面倒くさいことになってきたな。 この日はこれでお開きで、一旦屋敷へ帰ることになった。


 「秀治様。 大変なことになってきましたね。 強き者たちって、赤虎の兵士はみな一騎当千、強いですよ。 大丈夫ですか。」


 「晴治。 君も私の力を疑っているね。 まあ多分大丈夫でしょう。 因みに晴治はこの大刀振れますか? 振れたら褒めてあげます。」


 「それぐらい振れますよ。 馬鹿にしないで下さい。」


 「では、どうぞ!」


 晴治に渡された大刀は大きな音を立てて地面に落ちる。 「ドスン!」

 

 「秀治様、この刀の重さは何ですか。 こんな重たい刀見たことも聞いたこともありません。」


 刀を受け取った秀治は、軽々と大刀を振り回し、軽やかに鞘に戻した。 それは一閃の光が走ったように鮮やかだった。 晴治は思った、この人には誰も勝てないと。

 数日がたったころ、お城から晴治を通じて仕合の詳細が伝えられえた。 町にはおふれが立て看板を通じて伝えられた。



この度、我が乾家客人、八森秀治と当家武芸者との武闘仕合を行う

我こそはというものは、これに参加せよ

仕合内容によっては、赤虎城もののふとして召し抱える

時は、10日後の巳の刻

場所は天守前大広場

得物は自由なれど、模擬刀などとし、真剣は認めず

参加申し込みは、2日後の酉の刻とする


 同じ内容が私のところにも伝えられた。 問題は「模擬刀など・・・」 普段使っている大刀は使用できないということだ。 模擬刀なんか持っていないし、どこかで調達するにしても・・・・この国の刀は軽いから、模擬刀も軽いんだろうと予想される。 困っている表情でもしていたのだろうか、晴治が察して声を掛けてきた。


 「秀治様、模擬刀でお悩みですか? そうですよね・・・先日持たせていただいた大刀を考えれば、あれに匹敵する模擬刀などと思われても仕方がありません。 そこで私から提案なのですが、私の幼馴染に日々変な武器ばかり作っている変わったやつがおりまして、その者なら秀治様の希望の物を用意できるやもしれません。 会ってみますか?」


 まあ変わり者といってもしょせんこの時代の変わり者、期待はできないなと考えたが、何のつてもないし解決策もない今では、藁をもつかむ思いでその変わり者に会いに行くこととした。


 その者の工房は町はずれのへんぴなところにあり(まあ工房と言っては少々語弊があるほどの掘立小屋なのだが)、当初は町中にあったそうだが、度重なる爆発炎上のせいでこの場所に移動させられたそうだ。 中に入るとびっくり出来上がりはつたないものだが理論はこの時代の物ではなかった。 ちょっと手を加えれば使えそうな武器もいくつかあった。 私はダメもとで大刀を見せ、これに近い模擬刀を作れるか尋ねてみた。 案の定その者は大刀を手にするなり頭を抱え、首を横に振った。


 「旦那様、この大刀・・・この時代の物ではございませんね。 この大きさでこの重さ、模擬刀ではもちろん、真剣でも再現は難しいでしょう。 お力にはなれませぬ申し訳ございません。」


 「へえ・・・この時代の物でないとわかるの。 あなたもこの時代の物とは思えぬものを作っているけど。 そこで相談! 中に仕込んでできるだけ重い模擬刀を作ってくれないかな。 大きさはこの大刀と同じ大きさで。」


 「旦那様、それでは半分くらいの重さになってしまいます。 まあそれでもこの国でその模擬刀を振れる人はいないでしょうけど。」


 その男は、なんでそんなものを頼むんだろうと、及ばないものを作っても役には立てないと、こちらを訝し気に覗き込んだ。


 「それと同じものを2つ作って欲しいんだけど、」


と言いかけたときに、その男が口をはさむ。


 「旦那!二刀流ですか! でもいくら軽くなったとはいえその重さの刀を片手で振れるんですか? いくら旦那とはいえそれは無理でしょう。」


 こればっかりはその男だけではなく、その場にいたすべての者たちがうなずき、無理無理と笑う者もいた。 私はおもむろに大刀を抜くとそれを片手で振って見せた。 もちろんいくら私でもこの大刀を片手で振り続けることなんて不可能だったが、数回振ることぐらいはなんてことはなかった。 それを目の当たりにした者たちは感嘆し、武闘仕合への参加をあきらめるのであった。


 「旦那様、3日ほど下さいませ。 最高の物をご準備させていただきます。」 


 その者に任せることにした私は、その足で城主義治様の元へ向かった。 ちなみに私の模擬刀を準備してくれることになった男の名前は、平次と言った。 今後、腐れ縁となる男である。


 「殿!なんか話が違うじゃないですか! 祭りにして士気の向上と人材発掘を同時にやろうなんて虫が良すぎませんか!」


 「はっはっは! お主鋭いのう、まあよいではないか、どうせやることは同じじゃ!」


相変わらず食えない城主様だった。 頭を抱えたくなるような状況だったが、考えても仕方がない。 まあ殿が言うようにやることは同じだし・・・んっ?やることは同じ?


 「殿・・・ひとつ確認が・・・私は一番強い相手と戦うと言いました。 ですから勝ち上がってきた者と最後に戦うということで宜しいですね。」


 殿はあきらかに何を言っとるんじゃそんなわけあろうはずもないなんて顔をして笑いながらこちらを見ている。 やっぱりそう簡単にはいかせてくれない。


 「勝ち抜け戦に参加しろと。」 私がそういうと殿は自慢げに、


 

「いやー、お主対全員の総当たり戦でもよかったのじゃぞ! それではお主も大変じゃろうと思ってな。 儂、優しいじゃろ。」


はいはい優しい優しいですよ。 本当に涙が出るくらい優しいですよ。 もういっそ1戦で全員と戦ってもよいくらいに思えてきました。 そんな顔をしていたんでしょうか。 それとも心の声が漏れてでもいたんでしょうか。 そんな私の態度を見て・・・。


「そんな顔をするな! このような面白い事は滅多にないからな。 少しでも長い方が楽しいじゃろ。 一戦で終わってしまっては国中の者たちもつまらないじゃろうからな。 まあこれも一つの役だと思ってつきあえ。」


あなたはエスパーですか? 心が読めるので? いやいや私が思っていることが顔に出やすいんでしょう。 この場はそう思うことにしておこう。 んっ? 国中? ちょっと待ってくださいよ、無観客じゃないんですか? 観客を入れると・・・完全にギリシャのコロッセオですね。


「見世物に・・・いやいや顔見世興行というところでしょうか。 国中の者に私という存在を認めさせ、有無を言わせない力を見せつけろと。」


「やはりお主は鋭いのう! じゃから・・・負けるなよ!」 

突然、顔つきを変え、声色も変え、こちらを睨みつけた。 この瞬間、私はこの殿をあなどれないと感じたのであった。


それからの数日間は、朝は城壁の上をランニングし、大刀の素振りで筋力トレーニングなど、現世で行っていたトレーニングのうち出来ることをして、昼からは平次の元へ行き模擬刀の打合せ。 あっという間に1週間がたっていた。 


 「旦那~・・・旦那のこだわりには辟易しましたよ。 もうしばらくは勘弁です。」


 「でも楽しかったでしょう。 楽しそうに作業してましたよ。」


 「確かに楽しかったんですが、労力が普段の数倍になりますから。 数か月分働いた気分ですよ。 

だからといって休みをくれるわけではありませんしね。 くたびれ損ですよ。」


 すると晴治がにやにやしながら、

 「どうせ普段から休んでるのと同じじゃないさ。 ちょっと仕事したからと言って大げさな。秀治様、気にすることなんて全然ないですよ。 平次は年中お休みのようなものですから。」


 「晴治。 そんなことをいうもんじゃないよ。 なんやかんや言いながら私の我儘に応えてくれて、こんな素晴らしい物を作ってくれたんだから。」


「旦那~! もう一生ついていきまっせ! やい晴治! 分かる人にはわかるんでい!」

勝ち誇ったようにドヤ顔で平次は小躍りしていた。


「秀治様。 こいつを調子づかせたらロクなことなんてないんですから・・・いい気にさせる

と絶対にどこかでへまをするんですから、気を付けた方がいいですよ。」

晴治も負けじとドヤ顔でやりかえす。


そんなほほえましい風景を見て、心穏やかになる自分が感じられた。 ただ最高の模擬刀を

手に入れた自信とともにふつふつと闘志が湧き上がってくるのも感じていた。


 そこから武闘会までの数日は、いつものトレーニングに加え新しい模擬刀に馴染むための剣技

訓練を追加していた。 それと追加されたのが晴治だ。 ついてこれないからと断ったにも関わ

らず、迷惑はかけないので一緒にやらせてほしいと、毎朝勝手についてきている。 武闘会当日

の朝もいつもと同じようにトレーニングをして回廊上の西側に来た時に夜が明けた。 私はここ

から見る朝日が大好きだ。 西側平野の地平線の向こうから上がってくる朝日は何とも言えない、

気持ちが洗わられるような気がしていた。 息を切らせて遅れて晴治がやってきた。


 「晴治、ここから見る朝日は素晴らしいと思わないかい。 遮るものが何もない地平線から

こんなにきれいな朝日が昇る。」


 「いっつも見てる風景だし、当たりまえの朝日だし、秀治様が何に感動しているのか分かりま

せんが。」 


 そりゃそうか。 私にとっては新鮮でも、この世界の人間には日々の風景でしかないんだよな。 私のいた世界ではビルに埋め尽くされて地平線や水平線なんて見ることもできないし、それこそ天気も毎日曇っているか雨が降っているかのどちらかだし。 太陽を見ることの方が難しい状況、こんなこと話しても理解できないし、私の未来とこの時代がリンクするとは限らないから話すべきではないと、この時代に来てからはそう感じていた。


 「晴治!さあ気合い入れていこうか! It’s show time !」


 「秀治様、最後なんて?」


 「あっ、気にしない気にしない。 頑張っていこうか! それと晴治、君も武闘会に申し込んでおいたからね。 頑張っていこう!」


 「えーーー! 無理です、無理です。」


 「大丈夫大丈夫! 気楽にやってみな! この秀治様が保証する。 この数日で君は強くなってるから、自信を持って!」


さあ本番! どんな相手が出てくるやら。 

いったん家に帰り、風呂に入り、身支度をしてから城へ向かう。 

城へ向かう途中、街の人々が続々と城へ向かっていく。 

その中にあきらかに空気が違う緊張感をまとった人間がちらほら混じっている。 

そのどの目もこちらを睨みつけている。 2,4,6・・・ざっと15名ほどか、ということは最大4試合から5試合ってとこかな。 

登録者は控室のような場所へ通されて集められた。 石造りで窓もなく、朝なのに暗がりで松明の光だけが不気味に揺らいでいた。 

誰も一言も話さない。 暗がりに目が慣れてくると、次第にぼんやりとだが見えてきた。 ほとんどがこの城のもののふ達だが、数名町民らしき人達が混ざっているようだった。 もののふ達は自身の面子の為に、町民たちは自身の未来の為に、誰もが負けられない殺気に近いオーラが漂っていた。 

横を見るとガタガタと震える晴治がいる、この空気に圧倒されているのだろう。 経験が浅い晴治には耐えがたいかもしれない。 このままでは本来の実力も出せないだろう。 ただ巻き込んだ責任は取っておかないとね。


「晴治、怖いかい? 大丈夫!短い期間とはいえ、この私と訓練をしてきたんだよ。 自信を持っていい。 ざっと見たところ数人を除いて十分勝てるから。」

そう言い聞かせても、自分自身を信じきれないようだった。


「八森秀治様、社吉森様、お時間です。」

その時私の名前と対戦相手の名前が呼ばれた。


「晴治、私との仕合で何分ぐらい持ちこたえた? 1分? 2分位だっけ? だったら今からあの相手を2分以内で片付けてくるから、それなら自信も持てるかい?」


「秀治様、社様は城内でも1、2を争う剣術の使い手。 いくら秀治様とはいえ2分以内では無理でございます。」

あっ、この野郎、まだ私の力を侮ってるな。 まあ確かに晴治や皆の前では力の半分もだしてはいなかったから仕方がないかもしれないけれど。


「まあ見てなって。 今日は本気で行くよ! すぐ帰ってくる!」


仕合会場に入るとぐるりと周りを観客席が取り囲み、ざっと数万人がいるだろうか。 集まりも集まったり、頭上から怒号や歓声が降り注いでくる。 会場の中央まで歩み寄り、相手と対峙する。 立会人のような人間が何か注意事項を述べているようだが、要するに殺さない程度に行動不能にするか、相手がまいったをするかのどちらかで終わるらしい。 らしいというのは、私に対する怒号が大きすぎて、ほとんど聞こえないのだ。 立会人が開始の合図をしたと同時にこちらから仕掛ける。 その時間ものの数秒、社吉森は剣を飛ばされ、宙を舞い地面にたたきつけられ気を失っていた。 会場の怒号は一瞬でとまり、数秒間無音の状態が続いた後、歓声が降り注ぎ会場が揺れた。 私は勝ち名乗りを受ける前に身をひるがえし、会場を後にした。 控室に帰ると、あんなにあった殺気が消え、かわりに恐怖感で埋め尽くされていた。 その時、私は恐怖感の中にある殺気に気付くことができなかった、この事が後々ピンチを招くことになるのだが。


「どうよ晴治! 秒だっただろ。 実質10秒掛かってないと思うよ。 これで自信付いたでしょ。」


「ここからは状況が見えないんで、音だけでしか判断できないんですが・・・激突音が3回だけ聞こえました。 あの数秒で3発のみであの社様を倒すなんて・・・どうすれば?」


「あの怒号の中、3発が聞こえたの?」


「はい。 1発目は模擬刀同士のぶつかり合い、これは分かります。 そのあとの2発が・・・」


晴治、おそるべし・・・あれが聞こえるとは、どんな耳をしているんだか。 普通は聞こえないでしょう。 ましてや回数や種類まで聞きあてるとは。


「晴治・・・初撃は確かに模擬刀がぶつかる音で間違いない。 あれで相手の模擬刀を下から弾き飛ばした。 そのまま返す刀を足元へ、膝を飛ばして宙に浮かせ、これが2撃目。 最後に身動きが出来ない相手の胸元に一刀両断。 相手は息が出来なくなり動けなくなった。 あばらは折れてるかもしれないけど、死んではないでしょう。 大丈夫!君なら出来る! 周りを見てご覧、ほとんど戦意喪失してるでしょう。 そんな中で冷静にあの3撃を聞き分けることができたんだから大丈夫! 今ここにいる誰よりも晴治は強いよ!」


そのあとの数仕合は、戦意喪失していた者同士ということもあったし、強烈な余韻が残っていたこともあったので、だらだらとした仕合が続いた。 そんなだらだらした空気を一瞬で切り裂いた者がいた。 数秒とはいかないが、かなり短い時間でピリピリした空気に変えた。 ただ歓声ではなく恐怖のどよめきだった。 その者が戻ってきた、町民の姿をしている鎌のような武器をもち、その刃には血がべっとりとついていた。 その男はこちらを見るとニヤッと笑い・・・


「次はお前の番だ。 どんだけ強いか知らんが、その喉欠き切ってやる。 その前にお前の弟子を殺らせてもらおうか。」


「お前は晴治には勝てないよ。 そんなに殺気立っていては晴治には勝てない!」


その男は、ケッと唾を吐き、その場を去っていった。 晴治は不安そうな顔をし、こちらを見ている。


「何を根拠に僕はあの男に勝てると思うのですか。 あんな殺気立ったあんな恐ろしい男に勝てる気がしません。」

「その殺気だよ。 晴治はその殺気の方向が読めるでしょ。 あいつの目はもののふの目じゃない、殺人者の目だよ。 あいつは恐怖を植え付けて相手の行動を鈍らせて動揺させて隙をついていくのがあいつの戦法。 だからそれさえ何とかすればどうってことない。 逆に恐怖を植え付けてやって二度と武器を持てないようにしてやりなさい。」


「殺気の方向? 恐怖を植え付ける?」


晴治はその場では理解できなかったようだ。 ただ私にはあの殺気のスピード程度では、晴治のスピードを凌駕することは出来ないと感じていた。 それに私の斬撃を7割程度の力で打ったとはいえ感じ取れるのだから、目の前に立って飲み込まれない限り大丈夫だと信じていた。


晴治の試合が始まった。 開始と同時に相手は殺気を放ち威嚇する。 それと同時に二つある鎌のうち一つを殺気方向に投げる。


「あっ! ずるっ! 晴治、それはフェイク。 本命はもう一つの鎌のほう!」

そう叫ぼうとしたが、叫ぶより前に晴治は引かれ始めたフェイクの鎌と同時に踏み込んでいく。

相手はもう一方の本命鎌を放とうとするが距離がとれない。 距離を取ろうとする相手より一瞬先に相手の懐に入りみぞおちに一発。 相手が九の時になった横をすり抜け後ろから首元に一発。 相手は何もできずに終わった。


「お見事! やるねぇ晴治!」 思わず声を上げて感嘆してしまった。

引いてくる鎌に同じスピードで低くまっすぐ懐に入られたら・・・多分相手は殆ど姿を捉えることが出来なかっただろう。 気が付いた時には相手は目の前ではなく自分の懐に入り込まれている。 あっという間にみぞおちに食らって息が出来なくなり意識が飛びかけたところで横をすり抜けられてうしろをとられる・・・こりゃ手を抜けないかな。

晴治が帰ってきた。 心ここにあらずという感じで、うつろに歩いてくる。 声を掛けるが反応がない。 背中を叩いてようやく気が付いた。


「どうだった? やれたでしょ。」


「頭が考えるよりも早く、体が反応してました。 それと体が軽いんです。 こんなに動けるなんて。 それと秀治様にくらべたらのろいのなんのって。」


私はそれを聞いて、普段練習で使っている胴着と模造刀を晴治に渡した。 それを受け取った晴治はびっくりした顔でこちらを見た。


「重いでしょう。 すべて平次に作らせた特訓用の胴着と模造刀です。 普通通常の胴着に着替えたら模造刀を手にしたらすぐに気づくんですけどね。 晴治はそういうとこ疎いよね。 だから軽くて当たり前。」


我々の横を晴治にやられた男が担架に乗って通り過ぎていく。 最初のような勢いはもうなかったが、瞳の奥にはいまだ殺気が残っていた。 このまま市中に戻したら何をしでかすかわからない、そう思った私はおもむろにその男に近づき、耳元でこうささやいた。


「よくわかっただろう。 殺気では本当に強い者には勝てないということが。 もし今後、市中でお前が暴れるようなことがあったら、私が真剣で相手する。 秒とかからないから覚悟しておけ。わかったな。」 


その男の瞳から殺気が消えて怯えた目になっていた。


一時ほどたったであろうか、また名前が呼ばれた。 相手は城内随一の槍の使い手、藤原利昌であった。 ここでまた晴治の解説が入る。


「秀治様、次の藤原様は力、早さ共に城内で一番! 重くて長い槍を手足のように扱い、何人たりとも懐には入れさせない。 一撃で地面にひれ伏させる絶対防衛でもある攻防一体の槍の名手です。」


「晴治は心配性だね。 その重い槍というのは、私の大刀よりも重いのかい? 懐には入れさせないということは、そこが弱点ですと言っているようなもの。 まあ何とかなるでしょう。」


会場へと入っていくと未だブーイングが多い中で、ちらほらと応援も聞こえる。 そうこうしている間に藤原利昌が入場してくる。 と、大歓声に変わると同時に観客たちが足踏みをして会場が揺れた。


「八森殿! とうやら社はお主を多少舐めていたようだ。 私は最初から全力でやらせて頂く。今度はお主に地面に這いつくばって頂く。」

 

 さてどうしたものか・・・決して社さんは舐めていたわけではないのだろうけど・・・。

 槍の距離感、絶対防衛ラインに絶対の自信を持っているのだろうけど・・・。

 まあ、相手のスピードもパワーも分からないけど、対応できないほどではないだろうし・・・。

 早く終わらせて、前回みたいな戦い方だと分かる人にしか分からないだろうから・・・。

 今回は殿様の期待に応えて、ちょっとパフォーマンスしてみましょうかね。


「藤原様、くれぐれもお手柔らかに宜しくお願いします。」


「はっ、はっ、はっ! 私に手を抜くという文字はない! 覚悟して頂こう!」


 仕合が始まったと同時に、結構なスピードで私の脳天めがけて槍が降ってくる。 それをギリギリかわし、地面にたたきつけられた槍先を踏みつけ、槍を足場に駆け上がろうとする。

 一歩目を踏み込もうとしたとき、結構な力で槍が振り上げられ体が宙に浮き始める。  

 そのタイミングに合わせて、力の方向に自分から飛ぶ。 相手を飛び越え、相手の背後数メー

トル先に着地する。 それと同時に城内からの大歓声。 大歓声を切り裂くように間髪入れずに今度は横から槍が飛んでくる。 避けようと思えば避けられたが、ワザと受けて更にその力の方向に飛んだ。 砂煙があがる! またもや大歓声! 砂煙を切り裂くように槍が頭上から降り下ろされる。 闘技場の誰もが決まったと思った瞬間、私は左手一本で持った刀で槍を受け止め、そのまま前進し間合いを詰めていく。 その間コンマ数秒・・・次の瞬間、相手は数メートル先に吹っ飛んでいた。 間髪入れずに相手の間合いに飛び込み槍を持つ利き手に打ち込む。 鈍い音がして槍が手から離れる。 そこで相手の口から降参の声が・・・


「参った!」


 一瞬静まり返った闘技場から、今度は割れんばかりの歓声が上がる、すでに怒号は消えていた。

 私は藤原様に近づき、手を差し伸べる。 その手を取った藤原様は立ち上がり・・・、


 「八森殿、手を抜かれましたな。 初手も二手もお主から飛んだのであろう。 まったく手応えがなかった。 私も舐められたものよの。」


 「いやいや、藤原様もなかなかのもの! 受けさせていただき藤原様の力を見極めさせていただきました。 今後の事もありますので、戦場では宜しくお願いしますね。」


 そういうと、藤原様は私の方をポンポンと軽くたたいて、高笑いして去っていった。


 順調に仕合が進み、晴治が呼ばれた。 楽勝だと思われた次の瞬間、晴治の動きが遅くなる。 どんどん動きが鈍くなり防戦一方になっていく。 晴治はなんとかかわしてはいるが、なぶり殺しの状態になっていく。 とうとう動きが止まった晴治にとどめが刺された。 あきらかにおかしい、あんな相手に負ける晴治ではないし、どう考えても晴治の動き自体がおかしかった・・・何か盛られたか? 晴治が数人の男たちに抱えられて戻ってくる。


 「晴治、何があった。 どう考えてもおかしかった。」


 「秀治様、あの男・・・鎖鎌の男の仲間・・のようです・・。 仕合前に握手を求めてきたので応じたのですが・・・敵をとるとか言われた瞬間・・掌に刺激を感じました・・あの時かと・・。」


 「了解した。 実力はあるくせに、勝てる可能性が薄くなると毒を盛る・・・その戦い方を否定するつもりはないが、ここは闘技場、殺し合いの場ではない! 思い知らせてやる!」


  姑息な手を使い決勝まで勝ち上がってきた相手を睨みつける。 相手はへらへらと笑いながら近づいてきた。 顔を近づけ、唾を飛ばそうとしたので、それを避けると同時に足の甲に刺激を感じた。 油断していたわけではないが、上に気を取られて足を踏まれるのに気づかなかった。

 

「へっへっへ! これであんたも終わりさ! 弟子と同じ様に大観衆の前で赤っ恥をかかせてやる! 覚悟しな!」


それと同時に本気の殺気を相手にぶつける。 蛇ににらまれた蛙のように相手の動きが止まり、恐怖で全身が震えだす。


「秒もいらない! てめえは一発でぶちのめしてやるから覚悟しろ! 命は助けてやる! ただ今後まともに生活できると思うなよ!」


始めの掛け声と同時に切りかかる、その男が数メートル高く、数十メートル先へ吹っ飛んでいく。

決して立ち上がることはできない。 この数秒間の間に打ち込まれた打撃は3桁にも及ぶ、腱という腱、関節という関節が破壊され二度と歩くどころか二度と起き上がることすら許されないだろう。 全ての仕合が終わった。 水を打ったような静けさの闘技場を一人の男が去っていく。 先程までの殺気はすでにない・・・逆に仏のような慈悲さえ感じられた。 そのあまりにものギャップに闘技場の歓声は戻ることがなかった。


「ちょいとやりすぎたかな?」


こうして熱い一日が終わった。 後で殿様に怒られなきゃよいけど・・・。




第一部 「完」


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