1人目
ー1人目ー
私は窓際の席で1人静かにお酒を飲んでいた。
私の前に若い青年が軽く会釈をして座った。青年は今時の細身のパンツにパーカーと言う、至ってカジュアルな服装をしていた。青年は
「何飲んでるんすか?」
と若者にありがちな、大変不躾な敬語で私に尋ねた。
「生ビールを一杯。」
「じゃあ俺も生で。」
青年の生ビールが運ばれてくるまで、青年は私に軽く自己紹介をした。
「俺そこのK大学の理工学部に通ってて、4年生だったんすよ。サークルはテニスをしてて関東大会にもでたんすよ。恋愛はちょっと面倒臭いこともあったんすけどね、同じサークルの後輩と付き合ってて、大好きだったんすよね。」
私はそれほど興味が無かったからなのか、それとも不躾な敬語が気に入らなかったのか、「へぇ」と生返事をして聞いていた。
青年が注文をした生ビールが運ばれてきて、乗り気では無かったが、私は青年と乾杯をした。
私と青年は小麦色の生ビールを一口飲み、青年は私に尋ねた。
「あんた、同い年くらいに見えるけど、何歳っすか?」
「・・・26ですよ。」
「うっそまじすか?歳上だったんすね。なんでこんなところに居るんすか?」
「・・・」
「そっすよね。俺も気付いたら入ってたんす。なんか分からんないすけど、吸い込まれるように。・・・ねぇお兄さん。社会ってどんなすか?」
「社会ですか?」
「社会っす。俺、ほんとならこれから社会に出るはずだったじゃないっすか。だから社会ってどんなのか聞きたいんすよね。」
「・・・右も左も前も後ろもない、ただ真っ暗な闇の中でもがいて、足掻いて、苦しいだけの日常。・・・って感じですかね?」
「うっわー、、えぐいっすね。ほんとそんなんなんすか?」
「ええ、少なくとも、私にはそう感じました。だからここに逃げてきたんです。あなたと同じように。」
「俺は逃げてなんかないっすよ。ただ、そう。自分から捨てたんす。」
「同じですよ。」
「そうっすかね?お兄さんは何から逃げたんすか?」
「・・・君は、何を捨てたんですか?」
「俺?俺は、、自分の人生を捨てたんす。全部嫌になって。」
「何か、あったんですか?」
「・・・就活・・・っすね。」
「厳しかったのですか?就活。」
「お兄さんにもわかるだろ?何十社何百社とES出して、面接まで行って、落ちる。」
「ええ、わかりますよ。」
「でもそれが辛いんじゃないんすよ。だって落ちる人の方が多いんすから。でも、友達は内定もらってお祝いにお酒飲みに行って、内定貰ったって連絡来るたびに取り残されて行くように感じて、親も恋人も、励ましの言葉が全部プレッシャーに感じたんすよ。親に怒鳴って、恋人と喧嘩して、、、本当に心配してくれてたはずなのに、・・・そんな自分が、ほんと情けなかったんす。」
「君は、言葉遣いも格好も今時の、所謂『チャラい』と言うふうに見えますが、私にはとても優しくて人一倍他人のことを考えられる青年に見えますよ。だからもう、その左手首、傷が新しいのをみると、それは就活の苦しみによって自ら着けたものでしょう?自分で自分を痛めつけるくらいなら、私にまた、話をしに来てください。話せば、少しは気も紛れます、楽にもなります。」
青年は動揺して顔を伏せ、サッと左手を机の下に隠した。
「いつ、気付いたんすか?」
「乾杯の時、少し見えました。すいません。実は、私もね。。」
私は青年に、青年と同じ左手首の傷を見せた。
青年は驚いた顔をして、泡の消えたビールを一気に飲み干して立ち上がった。
「お兄さん、俺、親と恋人に謝ってきます。」
私は無言で頷いて、窓の外を眺めた。
青年の謝罪は、無事に届いたであろうか。
今日もまた、不思議な出会いをしたようだ。




