第7話 お世話係と来客
白米。
味噌汁。
唐揚げの野菜あんかけ。
トマト煮込みハンバーグ。
豚キムチ。
グリーンサラダ。
とり皮ポン酢。
ほうれん草の胡麻和え。
……流石に作り過ぎた。
スーパーで買い物をした際、あれが食べたいこれが食べたいという星川からの要望を全て聞いていたら、献立がメチャクチャな上にとんでもない量になっていた。
何で作ってから気づくんだ、俺は。
まともに誕生日を祝って貰うのが久しぶり過ぎて、テンションが上がっていたのだろう。考え無しにフライパンを振るっていた、数分前の自分に文句を言ってやりたい。
「ふぉお……!」
匂いに釣られたのか、自室から出て来た星川はダイニングテーブルの上を見るなり双眼に天の川を宿した。
相変わらず笑っているのか怒っているのかわからない顔だが、ぴょこぴょこと軽く飛び跳ねているところを見るに相当嬉しいのだろう。
「これ、全部食べていいんですか?」
「死なない程度にしてくれよ」
「野菜を取り除けばたぶんいけます」
「いや食べろよ!」
「でも、緑色ですよ?」
「カビてるわけじゃないから!」
まったくと息をついて、取り皿と箸を並べてお茶碗に白米を盛った。
席に着いて、「いただきます」と手を合わせる。
まずは豚キムチから。
肉は豚コマではなく、豚バラブロックを厚めに切ったものだ。塩コショウ、醤油で軽く味付けしてから片栗粉をまぶし、キムチと一緒に炒めれば完成。何気に一番好きな料理である。
肉の一枚一枚に食べ応えがあり、辛さ控えめなキムチが食欲を加速させた。
……うん、美味い。
財布の心配をせずに食材選びが出来て、調味料も調理器具も申し分なく使えて、安価に済ますことではなく美味しさを目指して料理をするのはいい気分だ。
星川は、はふはふと唐揚げを頬張っていた。
その皿には、しっかりと野菜あんかけが盛ってあった。ニンジンにピーマン、小松菜にエノキ。嫌いだと言いつつ、こうしてちゃんと食べるのだから偉い。
それにしても綺麗な食べ方だな、星川は。
器の持ち方も、箸の扱い方も、口への運び方も、きっと丁寧に教えて貰ったのだろう。何だかすごく、ぐっと来る。
「美味いか?」
尋ねると、星川は咀嚼中のものをゴクンと飲み込み、深く首を縦に振った。
既に箸は次の料理に伸びており、口で伝える暇がないらしい。
「……そっか」
自然と零れる笑みを、とり皮ポン酢の酸味で隠した。
と、その時――。
玄関の方から、扉が開いたような音がした。以前星川も言っていたが、このマンションのセキュリティは万全だ。鍵が無ければエントランスにすら入れない。
「たっだいまぁああああああああああ!!!!」
ドタドタと廊下を走り抜け、リビングダイニングの扉を勢いよく開いて、その人は飛び込んで来た。
ふわっとパーマを当てた腰まで届く茶髪。凹凸がハッキリとした身体を紺色のスーツで覆い、両手にそれぞれキャリーバッグを持っている。
星川とはジャンルが違うタイプの美人。
癒し系というか、小動物系というか。
……い、いやいや、何を見惚れてるんだ俺は。
「「どちら様ですか?」」
声が重なった。
ぱちぱちとグレーの瞳をまたたかせて、その女性は星川を見た。俺も星川に説明を求めると、彼女はちょうど茶碗の白米を空にしたところで、
「おかわりをください」
「「そうじゃないだろ」でしょ」
もう一度女性と視線を交わし、今生まれた妙な一体感に苦々しい笑みを交換する。
不審者ではない。それだけはわかった。
「ていうか、ユッキー酷いよ! 帰国したばっかで疲れてるのにさ!」
ユッキー?
……あぁ、星川のことか。星川雪乃だから、ユッキー。
「確かに届けたから、一億円!」
「ありがとうございます」
その人は片方のキャリーバッグをパンパンと叩き、ゴロゴロと部屋の隅へ転がした。
「もしかして、この人が言ってたお世話係?」
「はい。瀬田幸平君です」
「あー、そっかそっか。あたし、鷹峰涼子っていうの。画商をやってて、ユッキーの仕事の上のパートナーって感じね」
そういって、鷹峰さんはニッコリと笑った。
画商……? 絵を売る人ってことか。
「こうへいって、どんな字書くの?」
「幸福の幸に、平均台の平ですけど」
「じゃあ二号だね。ユッキー二号!」
幸はユキとも読めるため、そのあだ名はわからなくもないが……。
何だこの人、距離の詰め方が異常だ。いやまあ、二号でも何でもいいけど。
「鷹峰さんには、瀬田君の借金を返しに行って貰いました」
「そうそう。あの人たちすっごい怖かったんだから!」
「あ、ありがとうございます。わざわざ、本当に……」
さっき話していた一億円とは、そういうことだったのか。
この人には申し訳ないことをした。誰だって嫌だろ、あんな大金をよくわからない連中に届けるのは。
「にしたってすごいねぇ。ユッキーの部屋がこんなに綺麗なとこ初めて見たよ! これであたしはお役御免だね!」
うんうんと満足気に部屋を見回すところから察するに、彼女が星川の面倒を見ていたのだろう。
……大変だな、画商って。そんなことまでしなくちゃいけないのか。
「この料理も二号君が作ったの? 美味しそぉ。あたし、お腹空いてるんだよね」
「食べますか? 星川がいいなら、ですけど」
「私は構いませんよ」
「本当!? 悪いね、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど」
それは嘘だろと腹の中で唱えつつ、諸々の準備をしにキッチンへ向かう。
まあ食事は大勢の方が楽しい。これだけ大量に作ったのだから、二人だけで消費してしまうのは勿体ない。
……って、え?
食事のために長い髪を一括りにした鷹峰さん。
隠れていた耳には何個ものピアスが空いており、嫌でも視線を向けてしまう。ジャケットを脱いでワイシャツの袖を捲ると、肩から伸びる茨や花のようなデザインのタトゥーが確認出来る。
そういうものに偏見はないが、ちょっとビックリした。
童顔で十代後半くらいにしか見えないため、ギャップが凄まじい。
「うわっ、美味しい! 上手じゃん二号君!」
「瀬田君はとっても優秀なんです」
「ねねっ、掃除と料理の他に何が出来るの?」
「洗濯はクリーニングを含めて一通り。裁縫も、大抵の服は作れます。日曜大工レベルですけど、棚や机くらいなら多少は。あとは靴、鞄、アクセサリー類。父の影響でマジックも少し」
「……本当に高校生だよね?」
「私の目に狂いはありません」
お前、何も知らずに雇っただろ。
「いつもこんな豪華なの食べてるの? いいないいな、毎日来ちゃおうかな」
「今日は特別です。瀬田君のお誕生日会なので」
「へえ、そうなんだ。おめでとう、二号君!」
「あ、ありがとうございます」
天真爛漫な笑顔にヴィジュアル系バンドのような見た目。チロリと覗かせた舌にもピアスが空いており、思わずキョドってしまった。何故かはわからないが、少しだけドキドキする。
「でもさ、二号君と一緒にいたら彼氏とか作れなくない?」
「そんな予定はないので大丈夫です」
「ま、最悪二号君とくっ付けばいっか」
「瀬田君はお世話係ですよ」
「彼氏になったら、もっと献身的になってくれるよ」
「それはつまり、一切の制限なくジャンクフードやお菓子を作ってくれて、エナジードリンクの大盤振る舞いということですか……!」
星川の満更でもなさそうな無表情に、俺は大きなため息を漏らした。
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