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第6話 お世話係とチョコレート


 休日にショッピングモールで買い物なんていつぶりだろう。


 以前までは、早朝から新聞配達、終わったらコンビニでレジ打ち、その後はディナータイムまでレストランの厨房で働いていた。日によっては、そのまま深夜から明け方まで倉庫作業に入り、睡眠を取らずにまた別の職場へ行くこともしばしば。そのせいか、せわしなく働く人たちを見ていると、自分がサボっているような感覚に襲われそわそわする。


「ぼーっとして、どうかしましたか?」

「……こういうのを、ワーカーホリックっていうんだろうなと思って」

「はい?」


 隣を歩く星川が、ぱちりと瞳を瞬かせて首を傾げた。


 藍色でクラシカルな雰囲気のジャンパースカートにふんわりとした白のブラウス、その上にグレーチェック柄のストール。制服か部屋着姿しか見たことがなかったため、シンプルながらも余所行きの恰好をする彼女は普段の数倍魅力的に見える。


 本当に可愛いな、星川は。

 ただ歩いているだけで注目を浴び、隣を埋める俺にも視線が刺さる。多少の優越感はあるものの、それよりも目立つことへの耐性が無いため緊張してしまう。


「それより、欲しい物を教えてください。何でもいいですよ」


 一億をポンと支払う経済力があるのだから、本当の意味で何でも買ってくれそうな雰囲気がある。


「って言われても……」


 貧乏歴イコール年齢。

 ゲームやオモチャはゴミ捨て場から拾えと教わった俺は、なるべく物欲を持たないようにして生きて来た。急に欲しい物を聞かれても困る。


「服はどうですか?」

「今持ってるので何とかなりそうだし」

「腕時計は?」

「無くても困ってないしなぁ」

「最新のゲーム機とか」

「そういうのあんまりしないんだよ」


 彼女からの圧があまりにも強いため、特に意味もなく右へ左へ視線を動かす。

 欲しい物を探すのがここまで大変だと思っていなかった。

 こんな贅沢な悩みを提供してくれたこと自体が俺にとってはプレゼントだが、きっと星川は納得してくれないだろう。


「あっ。大きめのフライパンと新しい三徳包丁が欲しいんだけど」


 調理器具専門店の前を通りかかり、これだ! と俺は指を差した。

 星川はガラス玉のような瞳を店舗に向けて、すぐさまこちらに視線を戻す。


「わかりました。ですがそれは、あなたの業務上必要なものなので、プレゼントは別に選んでください」

「ま、マジですか……」

「当たり前です」


 ついでに他に必要なものはないかと聞かれ、包丁を更に何本かとまな板を新調し店を出た。

 もう既に数万円分の買い物をしているのだが……。

 今はまだ申し訳ないという気持ちに苛まれているが、この調子ではいずれ俺の金銭感覚まで狂ってしまいそうで怖い。


「逆に聞くけど、星川は俺にプレゼントを贈るとしたらどうするんだ?」

「瀬田君のことをまだそれほど知らないので、必然的に私が貰って嬉しいものを贈ることになりますね」

「例えば?」

「エナジードリンクをダースで、とか」

「……」


 欲しい物がないとはいっても、それは流石に貰っても困る。


「これまでに、どういったプレゼントを貰って来たんですか?」

「手袋を貰ったな、父さんから」

「いいですね。温かいですし」

「防寒目的じゃなくて、指紋が付かないようにするためのものだ」

「……」


 そんな引いた顔をしないでくれ。俺だって当時は反応に困った。


「お母様からは?」

「生んだ私に感謝しなさいって、毎年色々ねだられた」

「……」

「笑ってくれよ。そっちの方が俺も助かる」


 苦笑気味に言うと、星川は一瞬正面を向いて、再びこちらに顔を向けた。

 そこには一発で作り笑顔とわかる表情が貼り付けられており、あまりの胡散臭さに「ぶふっ」と吹き出す。


「意外とギャグセンスあるんだな、星川って」

「ギャグ? 渾身の営業スマイルですが」


 何が変なのだろうかと、星川は両の人差し指で口角を上げ下げする。


 前にお茶を奢った時は普通に笑えていたのだから、ただ再現するだけだと思うが……。

 彼女にとっては、意図して作るのが難しいのだろう。


「これでどうですか?」


 唇の端を思い切り吊り上げ、ニンマリと笑みを作った。

 笑顔の出来はともかくその仕草があまりにも可愛くて、ゴホゴホとむせながら軽く色付いた頬から熱を逃がす。


「ま、まあまあじゃないか」


 そう返答して、「難しいです」と唸る星川を尻目に欲しい物を探す。

 どうも頭が硬い。必要か必要でないか、で考えてしまう。この思考を続ける限り、一生欲しい物など決まらないだろう。


「…………あっ」

 

 ある店の前を通りかかって、ふと足を止めた。

 星川も歩みをやめて、俺の視線の方へ顔を向ける。


「ケーキ屋さん? ケーキはあとでちゃんと買いますよ。プレゼントとは別扱いです」

「そうじゃないんだ」

「お店ごと欲しいとか?」

「んな桁外れな要求するわけないだろ」


 呆れ気味に呟いて、彩り豊かなケーキが並ぶショーケースの前に立った。

 「いらっしゃいませ」とにこやかに笑う店員さんに会釈して、俺はケース内を右から左へと見てゆく。


「うち、爺ちゃんだけは色々よくしてくれてさ。誕生日にケーキも買ってくれたんだ」

「はい」

「チョコレートのプレートあるだろ。ハッピーバースデーとか書かれた。あれ、いつもうちの親が食ってたんだよ。それが当たり前だって言われたから」

「……」

「でも、たまたま同級生の誕生会に呼ばれた時、あれは誕生日の人が食べるものだって知ったんだよな。その時にはもう爺ちゃんは死んでたし、もうケーキなんか出て来なかったから、本当に悔しくって……」


 だから、と続けて。


「しょぼいかもだけど、あのチョコレートをたくさん食べたい……ってのはダメかな?」


 そんなことをしたって失った幾枚ものハッピーバースデーが戻って来るわけではないが、これくらいしか思いつかなかった。……いや、これがいいと思った。


 俺は星川に目を向けた。

 彼女の翡翠の双眼と視線が絡む。

 薄く張った膜が僅かに揺れ動き、ゆっくりとまばたきをする。


「ダメじゃないです。それに……全然、まったく、しょぼくないです」




 ◆




 結論から言って、あのチョコレートは売って貰えなかった。


 あれはケーキを買った際のサービスらしく、プレート一枚に値札が付いているわけではない。

 それでも星川は言い値で買うと言い出したが、流石にアホかと止めた。


 本来ならホールケーキ一個につき一枚。しかし、店員さんの厚意でカットケーキにプレートを付けて貰うことになった。

 ケーキを十個購入して、プレートは合計十枚。

 上から見るとゴテゴテして絢爛なケーキが台無し。作ってくれた人には申し訳ないが、俺の目には宝箱に映る。


「たった十個でいいんですか?」

「これでも買い過ぎだろ。そんな甘い物ばっかり食えないし」


 苦手というわけではないが、コーヒーが無いと二個も三個も口に入らない。

 ケーキの賞味期限は、生のフルーツが使われていない限り四日ほど。二人なら十個くらい簡単に消費出来るだろう。


「あとはクラッカーですね。お婆ちゃんがケーキの次に欠かしてはいけないものだと言っていました」


 俺が知る限り、誕生日にわざわざクラッカーを鳴らす方が珍しいと思うのだが。

 まあお金を出して貰っている手前、星川の家のルールに口出しはしない。


「星川、お婆ちゃんっ子なんだな」

「……ええ、まあ。お婆ちゃんには、たくさんお世話して貰いましたから」

 

 どこまでも平坦な表情を僅かに伏して、陰の差した声で言った。

 一瞬見せた昏い瞳にたじろぐも、一度瞼を下ろすといつも通りに戻っている。


「それより、晩御飯はどうしましょう。お寿司でも買いましょうか」


 話題を一蹴するように、やや早口で言いながらこちらを見上げた。


「俺が作るよ。あんまり世話になったら立場がなくなるし」

「でも、誕生日ですよ?」

「もてなされ過ぎるのは、慣れてないから精神的にきついんだ。唐揚げたくさん作ろうと思うんだけど、どうだ?」


 星川は子供のように目をキラキラとさせ、勢いよく首を縦に振った。

 揚げ物はもう少し先の予定だったが、世話を焼かれているのだからこれくらいしないと。


「野菜もちゃんと用意するから食べるんだぞ」

「ピーマンだけはやめてくださいね」

「アレルギーなのか?」

「嫌いなだけです」

「じゃあダメだ。好き嫌いする子には肉料理作ってやらないからな」

「……あ、アレルギーだった気がしてきました」

「いや無理があるだろ」


 星川は、勘弁してくださいと情けなく瞳を眇めた。


お読みいただきありがとうございます。


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