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第3話 お世話係と看病


「何も瀬田君まで休まなくてもいいじゃないですか?」


 翌日になっても、星川の熱は下がらなかった。

 発熱以外にたいした症状は出ていないが、一応俺も休みを取り面倒を見ることにした。


「俺がいなかったら、お前、こっそりエナドリ飲むだろ」

「の、のの、飲みませんよ。私のことをバカにしていますね」

「動揺し過ぎだ」


 布団を口元まで持って行き、ムッと眉を寄せた。

 バカにはしていない、単純に疑っているだけだ。あんな砂糖とカフェインの塊を、万能飲料だと言っていたやつを信用できるか。


「とりあえず朝食作るから、大人しくしてるんだぞ」

「……ハンバーガーがいいです」

「ダメだ」


 元気になったらなと補足して、部屋をあとにした。


 ついでに今日で掃除を終わらせてしまおう。俺の部屋も星川の部屋も汚いし、まだ見ていないがもう一つの仕事部屋も相当なものだろう。


 何よりも、冷蔵庫の整理。あそこを片付けない限り、今後の業務に支障をきたす。


「エナドリ、どっかに隠しておくか……」


 冷蔵庫を開けため息を漏らす。

 あまりこういったことはしたくないが、身体に悪いのだから仕方ない。その分、美味しいものを作って満足してもらおう。


 昨日コンビニに行った際、色々と買い込んでおいた。

 冷凍うどん、めんつゆ、たまごに刻みネギ。

 うどんがくたくたになるまで煮て、たまごでとじて刻みネギを振ったら完成。風邪の時はこれに限る。


「できたぞ。こっちのテーブルまで来れそうか?」

「あ、はい」


 パジャマの上から上着を羽織って、鼻をすすりながらダイニングテーブルについた。

 コトッと、うどんを盛った器を出す。


 すると星川は、目を丸くして俺を見た。


「えっ、これ作ったんですか? さっきの一瞬で?」

「こんなの切って煮るだけだし。昼と夜は、もうちょっと凝ったの作るよ」

「……もしや、ハンバーガーも自作できるんですか?」

「体調が戻るまで作ってやれないけど、難しい料理じゃないし出来るぞ」


 そう返答すると、星川の双眸がキラキラと輝き始めた。


「まさかとは思いますが、ポテチは無理ですよね?」

「ジャガイモをスライスして揚げるだけだし、ハンバーガーより簡単だ」

「じゃあ、唐揚げも?」

「お前茶色い食べ物好き過ぎだろ。……いや、唐揚げも作れるけど」


 ほわぁー、と彼女は薄口を開けた。両の瞳はいっそう輝き、あまりの熱い眼差しに段々恥ずかしくなってくる。

 ていうか、そんなに興奮することか?

 昨日からこいつに対する印象が崩壊しまくりだ。高嶺の花なんだから、もっと上品でお淑やかなタイプだと思ってた。……まあ、これはこれで庶民らしくて魅力的だけど。


「色んな飲食店の厨房で働いてたし、言ってくれたら何でも頑張って作るよ。……そんなことより、冷める前に食ってくれ。薬も飲まないといけないんだし」

「あ、はい」


 「いただきます」と手を合わせ、ちゅるちゅるとうどんをすする。

 鼻詰まりな上に、不摂生な食生活で味覚障害にもなっていると思うから、きっと何の味もしないだろう。しばらくはジャンクな食べ物を控えて、少しずつ治していかないと。


 ……しかし、妙に緊張する。

 誰かに料理を作るのはバイトで日常的にやっていたことだが、家では半額総菜やインスタントが中心だったため、こうして目の前で食べてもらうのは久しぶりだ。


「美味しいです」


 はふはふと口内の湯気を逃がして、火照った頬を綻ばせた。


「何言ってるんだ。味わからないだろ」


 と言いつつも、ホッと安堵していた。

 気を使っているだけだと思うが、褒められるのは素直に嬉しい。


「手作りのご飯は久しぶりです。味はよくわかりませんが、きっとすごく美味しいと思うんです」

「……」

「照れてます?」

「うるさい」


 優しい言葉への耐性がないため、熱くなった頬を隠そうと顔を逸らした。

 星川はやわらかく微笑んで、食事を再開する。それを横目に眺めながら、未だかつてないほど穏やかな午前八時に息を漏らす。


「……今更だけど、本当に良かったのか?」

「何がです?」

「俺を雇ったこと。別に俺は、他の仕事してコツコツ返したって構わないんだ。一緒に住むのだって、本当は不安なら出てくし」


 昨日は幸福の連続でただ舞い上がっていたが、冷静に考えるとおかしな話だ。


 生活力がないのは十二分に理解したが、男女が一つ屋根の下で暮らす必要などない。

 俺が困窮していることを知って、親切心から同居を持ち掛けて来たのだとしたら――それはありがたい話だが、星川に無理をさせるのは嫌だ。


「プロのハウスキーパーを雇うとか、そういう方法もあるんじゃないか」

「以前はそうしていましたよ。ただ、とても手癖の悪い人で色々盗まれまして。全員が全員そうではないと理解していますが、あまりいい思い出がないので信用できる人しか家に入れないようにしています」

「俺だって信用できるわけじゃないだろ。顔見知りくらいの関係だったわけだし。盗まないにしても、力任せにそういうこと(・・・・・・)をするかもしれないぞ」


 俺だって男だ。人並みに性欲があるし、掃除の最中に出て来た下着に興奮だってする。

 もちろん間違いを起こす気など毛頭ないが、星川がこちらの理性を全面的に信じるのは不用心ではないか。


「お金が無いのに、私にお茶を奢ってくれたり。借金取りの方々に捕まった際は、私に逃げるよう訴えましたよね。――自分よりも他人を優先する。そういうことが出来る人間を信用するのは、別に不思議なことではないと思います」


 一切の躊躇いなく、疑いもなく、そう言い切った。

 我ながら損で、バカで、どうしようもないと思っていた自分の生き様。自嘲する他ないこの性格を肯定されたようで、胸の内に熱いものが渦巻く。


 星川はうどんの汁をすすって一息ついた。

 そして視線を俺に戻し、ぱちりと翡翠の瞳を瞬かせる。


「あなたをここに住まわせようと思ったのは、お世話係が常駐していた方が何かと便利だろうというのと……あとは、ちょっとした実験のためです」

「じ、実験?」

「今スランプなんですよ。夜に散歩していたのも、行き詰まっていたからで。他人を住まわせて生活が変われば、筆も進むのかなと」


 実験と言われて一瞬嫌な想像をしてしまったが、そういうことなら頷ける。


「ただ、学校では今まで通りの関係でいましょう。変な噂が立ったらお互いに息苦しいでしょうし。クラスが違うので、あまり関わらないと思いますが」

「わかった。まあでも、俺と星川じゃつり合わないし、誰もそんな風に思わないだろうけど」

「……瀬田君は、普通に格好いいと思いますよ」

「おだてたってハンバーガーは出さないからな」

「そうではなく。……まあ、別にいいですけど」


 作戦が失敗したからか、星川は小さく肩を落とした。


お読みいただきありがとうございます。


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