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第12話 お世話係と絵の話


 帰宅するなり、星川は仕事部屋にこもってしまった。


 しかし、流石に疲れた。

 学校から家までそう遠くはないが、まさか本当におぶったまま走ることになるとは。通行人からの視線を一身に受けて、まだ恥ずかしさが抜けず顔が熱い。


「絵が描きたくなったなら、そう言ってくれよ……」


 ひたすらに急かされたため、とんでもない事件が起こったかと勘違いした。

 家に帰ってみれば、ただ絵が描きたくなっただけ。

 いや、重要なのはわかっている。

 絵を描くことは、星川にとって食い扶持を稼ぐこと。しかもスランプだと言っていたため、描きたいという衝動に居ても立ってもいられなくなったのだろう。


 さてと、俺は夕飯の準備でもするか。


「おっ邪魔しまーす!!」


 けたたましい声と共に、ぶっ壊しそうな勢いで扉を開き鷹峰さんが入って来た。


「つっかれたぁ。もうやだ! 労働はクソだね!」


 そう言いながら仕事用の鞄とジャケットを捨て、ぼふっとソファに飛び込む。

 自分の家のようなだらけっぷりに面食らいつつも、「シワになりますよ」とジャケットを拾いハンガーにかける。


「今日は何の用事ですか?」

「そりゃ仕事だよ。ユッキーの調子を見るっていう、ものすっごく重要な仕事! お姉さんは大変なんだから!」

「はあ、そうですか」

「ついでに二号君のご飯を食べようかなって。今日はなに?」

「レタスチャーハンですけど……」


 ついでの方が本命なのでは、と思ってしまうのは、俺の自惚れだろうか。

 別に構わないが、もう少し早く言って欲しい。今日は問題ないが、食材が足りなくて買いに走るハメになっては面倒だ。


「あれ、ユッキーは?」

「描いてますよ、絵」

「……ま、マジで?」


 鷹峰さんは血相を変えて飛び起き、仕事部屋の扉を凝視した。

 そっと立ち上がり、扉を開いて中を覗く。


 数秒ほど固まって、「本当だ……」と零しながらソファに戻った。


「高校入ってから全然描かなくなったのに、どうしたんだろ……」

「えっ。じゃあ半年近く描いてないってことですか?」

「ユッキーは典型的な感情で描くタイプなんだよ。生活に波風が立たないと筆が乗らないの。もしかしなくても、今日何かあった?」

「ええ、まあ……」


 米を研ぎながら、今日あったこと、その顛末について話す。

 すると鷹峰さんは、ふむふむと腕を組んで納得した。

 

「そっか。じゃあやっぱり、二号君を雇って正解だったわけだ」

「別に何もしてませんけど」

「ユッキーはああ見えて寂しがり屋だからね。身近に人がいるだけで、たぶん全然違うんだよ。それに二号君とは……」


 言いかけて、続く言葉を飲み込む。

 何だろうかと疑問に思いながらも、俺は米を炊飯器にセットし、次いで冷蔵庫を開け長ネギを取り出す。


「そういえば、鷹峰さんに聞きたいことがあるんですけど」

「彼氏なら今いないよ」


 いや、そんなことはどうでもいいから。

 ……なんて口に出せば、気分を損ねそうな気がするので黙っておく。


「星川の絵って、何でそんな高値で取引されるんですか? ちょっと未だに信じられないんですけど」


 ブランド品偽造の片棒を担がされていたため、服や靴、鞄や時計などの良し悪しは何となくわかる。

 しかし、絵に関してはさっぱりだ。しかも星川の絵は、いわゆる抽象画と呼ばれる類のもの。綺麗だとは思うが、ぶっちゃけこれに何百万何千万も払う人の気持ちが理解できない。


「ただたくさん線が引かれてて、絵の具が塗りたくられてるだけで、自分でも描けそうだなって思うんでしょ」

「いや、そこまでは……」

「気を使わなくていいよ。アートなんて、わからなければわからないでいいの。あたしはユッキーの絵のファンだけど、ピカソとか見ても何じゃこりゃって感じだし」


 鷹峰さんは腰を上げると、「小腹空いたー」とキッチンにやって来て冷蔵庫を開けた。魚肉ソーセージを取り出して、歯で封を噛み切る。


「あたし、本当は絵で食べて行きたかったんだ」

「食べてるじゃないですか。画商でしょ?」

「じゃなくて、描く方ね。二浪までして藝大入ってさ。絶対に絵で食ってくんだ! って同年代で誰よりも頑張ってた自信あるけど。三年生の冬に通ってた予備校の先生とご飯行って、すごい小学生がいるって聞いたの」


 もしかして、と長ネギを刻みながら横目に彼女を見た。


「うん、お察しの通り。絵の写真を見せてもらってビックリしたよ。十個以上違う子がここまで描けるなら、あたしの今までの努力はなんだったのーって。しかもさ、ユッキーって絵の勉強一つもしてないんだよね。お婆さんは絵画教室の先生だったけど、図工の時間に描いた似顔絵を見せられて、初めて孫が絵を描く子だって知ったみたい」

「似顔絵って……」


 魚肉ソーセージを頬張りながら、鷹峰さんは壁に掛かった似顔絵を眺めていた。

 その横顔に悲壮感はなく、ただ清々しさが息づいている。


「ユッキーの絵が何でそんな高値で取引されるのか、って話だったね。単純な話で、ある有名コレクターが高値で買ってくれたからだよ。それが、ユッキーが描く絵の価値の指標になったんだ」

「そんなことで、値段が決まるんですか?」

「うん。だから逆に、安価でしか買って貰えない作家が、自分の作品に何百万とか付けたって売れないしね。過去、どういう人がいくらで買ったかっていうのは、本当に重要なことなの」


 聞いて思ったが、つまるところ星川はその道において化け物なのだろう。


 彼女の絵に高値を付けたコレクターが、どこの誰なのかは聞いたってどうせわからない。

 しかし、その時点では無名だった星川の絵を高く購入したということは、そこに確かな資産的な価値、美術的な価値があったということだ。それがとても凄いことなのは、無知な俺にも理解できる。


「全部、二号君から始まったんだよ」


 鷹峰さんは俺のすぐ隣に立ち、残り僅かな魚肉ソーセージを口へ放り飲み込む。

 チラリと髪の切れ間から覗くピアスが、光を反射して慎ましく自己主張した。


「あなたが褒めてあげたから、ユッキーは自信が付いてお婆さんに見せる決心がついた。あたしは描くより売る方がいいってなって、多くのコレクターが大枚をはたいてまで絵を欲しがって、巡り巡って二号君に返って来たの」


 すごいよね、と明るく笑った。

 自分の絵を諦めることになったのは、鷹峰さんにとって悪いことではないのだろうか。……まあ、それは俺が心配するまでもなく、この人の中で折り合いがついているのだろう。かなり時間も経っているだろうし。


 ……ん?


 ふと浮かんだ疑問に、俺は包丁を動かす手を止めた。

 顔を横に向けると、鷹峰さんは可愛らしく小首を傾げる。


 あの似顔絵が描かれたのは、確か小学三年生の時だ。

 二浪した上で大学三年生ということは、当時の鷹峰さんは二十三歳。


 ということは、今……


「……鷹峰さんって、本当綺麗ですよね」

「ええー? あたしを褒めたって何にも出ないよぉ」


 にやにやと笑うその顔は、やはり十代後半くらいにしか見えず。

 誰も思わないだろうな。この人が三十路過ぎだなんて……。


今回はちょっとだけ、本筋からずれたお話。

次話、二人の関係が少しだけ前に進みます。


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