表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/20

第10話 お世話係の鉄槌

「お、お前、何の用だよっ!」


 男子生徒は凄まじい剣幕で唾をまき散らした。その隙にもう片方の腕も取り、僅かでも自由を奪う。

 チラリと後ろを見ると、星川は腰が抜けたのか床にへたり込んでいた。「早く逃げろ!」と叫ぶが、足はフローリングの表面をなぞるばかりでどこへも進まない。


「ちょっと、誰か!! 先生呼ん――」


 こうなっては仕方ないと教室の外に助けを求めたが、言い切る前に腹部に膝蹴りを食らう。


「瀬田テメェ! 離せクソッ! クソがッ!」


 一言発するたびに、力任せに膝蹴りを打ってきた。


 特別鍛えているわけでも喧嘩慣れしているわけでもないため、普通に怖いしメチャクチャ痛い。

 それでも掴んだ両腕を離すわけにはいかず、どうにか耐えながら星川が逃げるのを待つ。――と、彼女を一瞥した時、両の瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。


 フツフツ、と。

 自分でも血の流れが分かるほどに、頭が熱くなってゆく。


「いい加減にしろッ!!」


 一切の手加減なく、俺は相手の股間を蹴り上げた。


 柔らかい物を限りなく平らに変形させるような感触。

 男の顔は瞬く間に真っ青になり、下腹部を押さえて倒れた。

 喧嘩する時は股間以外狙うなと父さんに教わったことが、まさかこんなところで役に立つとは。いや、感謝はしないけど。


「お……ま、えっ、卑怯だぞ……っ」

「女の子を殴ろうとしておいて何言ってんだ。頭おかしいんじゃないのか」

「テメェ……ぜ、絶対に、言いふらしてやるからな。借金のこと、絶対に……っ」


 それは非常に面倒なことになってしまうかもしれないが、今はどうでもいいことだ。


「……ごめんな、突き飛ばして」


 星川の元へ向かい、まず頭を下げた。お尻を打って痛かっただろう。

 幸い怪我はなさそうだが、やはり腰が持ち上がらないらしい。さて、どうしたものか。


「おい聞いてんのか!!」

「聞こえてるようるさいなぁ」


 その声に反応したのは、俺でも星川でもない。

 教室の反対側の扉を開き、ひょっこりと凜が顔を出す。


「……お前、もしかしてずっと見てたのか?」

「幸平と先輩が取っ組み合ってるとこからね。いやぁ、金的って見てる方も辛いよ。ひゅんってしたし」


 いつもの軽薄な笑みを浮かべながら、手に持ったスマホを操作する。


「な、何だよお前。部外者はすっこんでろ!」

「それは出来ない相談ですね。僕、新聞部の部長やってまして。校内の暴力沙汰って記事になると思いませんか?」


 主に凜のせいで新聞部がヤバイというのは周知の事実だ。

 男の顔は更に青くなるが、「ふ、ふんっ」となおも虚勢を張る。


「だから何だよ! 瀬田がオレに金的食らわせただけだろ!」


 なるほど、そう来たか。

 俺が手を出してしまったため、そういう言い逃れ方もあるだろう。


 だが、凜は嬉々として彼にスマホの画面を見せつけた。


「あ、そう言うと思って動画撮っときました。先輩の方から手を出しておいて、幸平に蹴られて情けなーく倒れちゃうとこまでバッチリと!」


 何でこいつは、他人を貶めている時が一番イケメンなのだろうか。

 肌艶が凄まじく、目の錯覚かオーラすら感じる。


「あと僕、実は先輩のツイッターのアカウント知ってるんですよ。鍵かけてますけど、前にタレこんでくれた人がいましてね。ダメですよ、お酒飲んだり煙草吸ってる動画を投稿しちゃ。他校の子を殴った自慢もモテませんって」


 もはや強がることすら出来ず、彼は凜を見上げて怯えていた。

 暴力沙汰なら生徒間の喧嘩と認識され、停学程度で済むかもしれない。しかし、飲酒や喫煙、犯罪の告白はより重い処分が下る。証拠があるなら言い訳が出来るはずもなく、今から消したところで凜は既に保存しているだろう。


「僕は優しいので、先輩に関する一切の情報をひとまず伏せておきます。なので、幸平についてグチグチ言わないでくださいね。()()()()()()()()()()()


 それで構わないかな、と凜が目配せしてきたので頷く。

 相変わらず用意周到。俺もこういう立ち回り方が出来れば、無駄に腹を蹴られなくて済んだかもしれない。


「……俺、星川を保健室に連れて行きたいんだけど」

「そうだね。あとは僕が適当にやっとくよ」


 やっとくって、まだ何かするつもりなのか。

 まあ、どうでもいいことだ。とことん酷い目に遭えばいい。ろくでなしに気を回しても仕方ないことを、俺は痛いほど理解している。


「どうだ。まだ立てそうにないか?」

「あ、あの、えっと」

「わかったわかった。じゃあ、ちょっとこれ被っとけ」


 制服の上着を脱ぎ、彼女の頭に被せた。

 立てない以上背負って連れて行くしかないが、他の生徒に顔を見られるのは困る。少々不格好だが仕方ない。


「先輩、実は色々と聞きたいことが――」


 早速不穏なやり取りを始める凜を背に、俺は星川と共に教室を出た。


お読みいただきありがとうございます。


「面白い!」と思ってくださった方は、

ブックマーク登録・評価を(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★)して頂けると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ