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第9話 お世話係は見過ごせない

 月曜日の放課後。

 俺は掃除当番だったため、いつもより遅く教室を出た。


「ん?」


 見知った少女が、男子生徒と共に空き教室へ入って行った。

 一瞬だったが、あの髪も横顔も間違えるはずがない。星川である。


 あんなとこに何の用事が……?

 何だか悪いなと思いつつも、俺は足音を殺して教室に近づく。


「話とは何ですか?」


 いつもの無表情、しかしどこか億劫そうにしながら、星川は首を傾げた。

 チャラい見た目の男子生徒は、「いやぁ」と半笑いで頭を掻く。


 あぁ、なるほど。何となく察しがついた。あいつ、告白するつもりだな。

 星川も予想がついているのだろう。故にあの顔である。


「オレ、あんまり回りくどい話好きじゃないからさ」

「はい」

「単刀直入に言うけど、瀬田からオレに乗り換えね?」


 ……は?


 いやいや、ちょっと待て。乗り換えるって何だ。お世話係がやりたいってことか?

 それに、何で俺の名前知ってるんだよ。俺はお前のことなんて毛ほども知らないぞ。


「乗り換える、とは?」

「しらばっくれるなよ。付き合ってるんだろ」


 苛立ちまじりに言った男子生徒に、星川は一拍置いて「はい?」と心底怪訝そうに返した。


 俺の胸中に、一瞬凛の顔が浮かぶ。あいつが何かしたのではないか、と。

 しかし、おそらく否だ。

 凜はどちらかと言うと人間の屑だが、あんなよくわからない男にデマを流すようなことはしない。面白くない上に俺や星川の怒りを買うことは、凛にとって望むところではないだろう。


「一緒に買い物してるとこ見たんだ。そういうことだろ?」


 俺のプレゼントを買いに行った時のことを言ってるのか?

 迂闊だった。確かにはたから見れば、そういう関係ということになってしまうかもしれない。


「私と瀬田君は恋人同士ではありませんよ。あれは普通に、二人でお買い物をしただけです」

「誰とも付き合わない星川さんが? そんなのあり得ないだろ」

「あり得るあり得ないではなく、本当の話なので」

「嘘はいいって。なあ、オレに乗り換えろよ。あんなのと一緒にいたら、ロクなことにならねえぞ」


 いやらしく口角を上げる男子生徒に対し、星川は嫌悪感を浮かべた。

 だから、誰なんだよお前は。あんなのって、俺の何を知ってるんだ。


「あいつの親、オレの親父にいくら金借りてるか知ってるか? 一億だぜ、一億」


 ……あー、なるほど。世間は狭いな。


 うちのバカ共があの男の親から金を借りて、その流れで俺の名前が息子に行き渡ったのだろう。だが、それはもう返済済み。どうやら彼は、そのことを知らないらしい。


「しかも逃げやがったんだ。な、最低だろ?」


 非合法なやり方で取り立てを行ったことも知らないようだ。

 まあ、自分の息子にそこまで教えるわけないか。内臓を捌くとか変態に売るとか、とんでもないこと言ってたからな。


「だから何ですか」


 しん、と――。

 教室全体を凍らせるような声音がこだました。


 男子生徒は「へ?」と素っ頓狂な声を漏らした。

 それに対し星川は、キッと眉をしかめる。


「だから何ですか、と聞いたんです。二度も言わせないでください」


 初めて知った。彼女がここまで強烈に感情を露わせることを。

 あまりにも冷たく、深く、暗い声。同時に喉笛を切り裂きそうなほどに鋭く、立ち聞きしているこっちの息が止まりそうになる。

 

「だからって……いや、付き合う相手は選べって言ってんのオレは! ほら、オレ顔は悪くないだろ? 遊ぶ金だって持ってるし!」


 すごいなこいつ、まだ言うのか。

 確かにいい面の皮をしているが、星川とつり合うレベルではない。しかも、既に大金持ちである彼女の前で財布の厚さの話をするのは酷く滑稽である。


「あんなのと付き合ってたら絶対損するって! 何か盗まれたり、騙されたりしてからじゃ遅いんだぞ? オレはさ、星川さんが心配だから提案してんの!」

「……あなたは、瀬田君の何を知っているんですか?」

「いやだから、あいつの親は――」

「瀬田君本人のことを聞いているんです。頭が悪いのなら、口の開き方に注意した方がいいですよ。よりお馬鹿さんに見えるので」


 星川も誰かを煽ったりするんだな……。

 意外な一面に驚きつつも、俺の注意は男子生徒に向いていた。彼は唇を噛み切らん勢いで食いしばり、わなわなと肩を震わせている。


「お、おい、オレは先輩だぞ。ちょっと可愛いからって、調子に乗ってんじゃねえよ」

「先輩がどうとか、調子がどうとか、今その話してませんよね。私は今、瀬田君の何を知っているのかと質問しているのですが。日本語が理解できないのなら、お手元のスマホを使ってもいいので早く調べてください。ゲームをするためだけの板じゃないですよね、それ」


 あくまで淡々と。一言一句聞き逃さないように吐き捨てた。

 無表情なのも作用してその煽り効果は凄まじく、彼のこめかみ辺りからブチッと音が響く。


「この……クソが……っ!」


 学校では基本的に絡まない約束。

 二人が何事もなく会話を終えるようなら、俺は見なかったフリをするつもりだった。


 しかし、状況が変わる。


 男の手が、星川の胸倉にかかった。

 その顔には欠片の冷静さもなく、掲げた拳は今にも振り下ろされそうだ。


「星川――っ!」


 寸でのところで割って入り、星川を後ろへ突き飛ばし男の腕を取った。


日間19位です。

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