第一話 異世界の勇者
テーマパークからの帰り道。
沈みかけの太陽が、街並みを幻想的に染め上げていた。
疲れてぐったりとしている僕とは対照的に、横に並んで歩く少女は余力を持て余しているようだった。
「あー、今日は楽しかったね!」
屈託のない笑顔を見せる彼女の名前は、御代詩恵理。
僕と同じ高校に通う、黒髪ボブヘアーの女子高生である。
彼女は愛嬌ある性格とその幼気な風貌のおかげで、学校ではそれなりの人気者だ。
しかし、そんな彼女が貴重な休日に自称『路傍の石』こと、この僕――石ヶ崎 透路と休日デートに興じている理由は、僕たち二人が幼馴染みであるからに他ならない。
クラスメイトなどは僕らのことをおしどり夫婦なんて揶揄してくるが、僕たちは小さい頃から共に育った言わば心の友であり、ふしだらな関係では一切ない。
その証拠に、僕は黒髪の可愛い系美少女より、パツキン美人系お姉さんの方が断然好みであることを表明しておく。
「透路さ、昔みたいにジェットコースターで泣かなくなったね」
「もう高校生だぞ。時速30キロのジェットコースターじゃ泣きたくても泣けないないって。そういう詩恵理は、あんな子供だましでよく楽しめるな」
「え? 別にアトラクションは楽しくなかったよ?」
昨夜、詩恵理から電話があった。
蓋を開けてみれば、小さい頃よく一緒に行っていた遊園地に行きたい、という戦慄の内容だった。
何が悲しくて、高校生が小学生向けテーマパークに行かなければならないのか。
僕はしぶったが、彼女があまりにもごねるものだから、家でダラダラする予定を断念してまで付き合ってやったのだ。
それなのに。
言うに事欠いて楽しくなかったとは、失礼な話である。
「僕から貴重な休みを奪うのが目的だったのか?」
「あはは、違うよ。私はね、透路といるのが楽しいの!」
不本意ながら、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
彼女のことは女性として見ていないけど、いやホントに。
「……そういうの、よく口に出せるな」
「何で? 透路は楽しくない?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
昔から彼女の天然で奔放なところに振り回されてきた僕だが、そういうところが嫌いかと問われると、むしろ逆だ。
言葉に裏表がない分、心を割って会話ができる。そういう相手がいるのはとても幸せなことだと、僕は最近気が付いた。
まあ。
この天然少女も、僕がついていないと悪い人たちに騙されてしまいそうだし。
お互いウィンウィンの関係というやつだ。
「ねえねえ、このあと透路の家に行っていい?」
詩恵理は両腕でバランスを取りながら、道路沿いの縁石の上を歩いている。
その度に豊満な胸が上下に揺れ、扇情的な気持ちにさせられたが『高校生にもなってこいつは何をしてるんだ』という気持ちが煩悩をわずかに勝り、僕はなんとか平静を保った。
「ああ、別にいいぞ。今日は父さんと母さんもいるし、詩恵理が来たら喜ぶよ」
「ホントに? やった!」
ここまで喜ばれるなら、ウチの両親も感無量といったところだろう。
彼女の行動パターンを統計的に鑑みると、この流れは一泊していきそうな勢いだが、それはそれでまあいい。
昔を思い出して、対戦ゲームを朝まで付き合ってやることにしよう。
僕がそう決心した時、
「私、おじさんたちへの手みやげ買ってくるね!」
わざわざそんなことしなくても、と。
それを伝える前に、彼女は早足で道路脇のコンビニエンスストアへと駆けて行った。
まあ、行ってしまったものは仕方がない。
この時間を利用して、いつもの日課を終わらせよう。
スマホを取り出し、『今日の出来事』と題した全国ニュース記事を下へ下へとスクロールする。
「……今日も何もなし、か」
一通りの見出しに目を通した後、僕は深い溜息を吐いて、言い知れぬ虚無感に襲われる。
ここまでが僕の日課だ。
極めて生産性のないルーティーンである。
生産性がないと分かっていながら、毎日おこなってしまう行動原理を説明しよう。
世間で起こるニュースというニュースは、何一つ僕とは関係ないことばかりだ。
僕の関与しないところで、僕の知らないところで世界が回っている。そんな疎外感をおぼえて、自分の人生に嫌気がさす。
だから毎日、何かを探しているんだ。
何か大きな事件が僕を巻き込んではくれないものかと、期待しながらニュースを見るのである。
「……何か起きないかなー」
もちろん、今の生活に不満があるわけでも不自由を感じているわけでもない。
ただ、退屈なんだ。
好奇心は猫を殺すと言うけれど、僕は退屈に殺されそうだ。
『来てください』
「……ん?」
……誰?
一人で物思いにふけっているところを邪魔するのは誰だ?
僕は思わず周囲を見渡した。
通りには通行人がちらほらといるが、こちらに話しかけているような素振りの人はいない。
『こちらです』
次は、ひときわ大きな声で響いた。
若い、それでいて、誠実そうな女性の声だ。
裏路地……か?
本来なら疑い、恐怖を感じてもおかしくないような状況なのだろうけど、不思議とそんな気持ちにはならない。むしろ、何か新しいことに出会えるような気がして高揚さえしている。
誘われるまま、僕は暗い通りへと入りこんだ。
途端、世界から隔絶されたかのような静寂に包まれ、そこでようやく不安をかきたてられた。
「誰か……誰かいるのか?」
『お足元を』
僕は声のする方向――僕の足元に視線をやった。
そこにあったのは、一冊の本。
本というにはあまりにもボロボロで、中を開いても判読できないほどに古びている。
というか。
「何だこれ……見たことない文字だ」
『これは私たちの世界の文字です』
再び、本から声が聞こえる。
私たちの《世界》?
だから、僕のいるこの世界のことだろう?
少なくとも僕は、こんな奇怪な文字は見たことないんだけど。
僕はカバーやページをめくり、スピーカーらしきものがないかくまなく探した。しかし、不思議なことにどこにも見つからない。
「この本って……タブレット内蔵式か何か?」
『タブレット? 何でしょう、それは?』
「違うのか。だったら、どうして本から声がするんだ?」
『魔法です。その本を媒介にあなたの頭に語りかけているのです』
おいおい、魔法とか言い始めたよ。
どうやら僕は、相当危ない人と会話をしていたようだ。
「この世界に魔法なんてものは存在しないよ」
『あなたの世界には、です』
こういう人間はたまにいる――というより、中学生半ばには誰しもが経験することだろう。
この世界は超常や神秘に満ちているのではないかという妄想。
魔法や呪いといった目に見えない何かが、もしかしたら本当に存在するのではないかという期待。
でも、そのうちに気付いていく。残酷なまでに思い知らされる。
僕たちの生きているこの世界は『想像よりもはるかに普通』なのだと。
とはいえ。
そういう僕だって、今話している彼女と大差ないんだろうな。
高校生になった今でも、『スリリングな未知の体験』に渇望しているわけだし。
まあ、非日常的な出来事なんて起きないと諦めているだけ、彼女よりいくらかマシか。
と、僕は宙に浮かぶボロボロの本を見ながら、そう思った。
……ん?
「なあ」
『はい』
「この本、どうして浮いてんの?」
『魔法の存在を信じてもらいたくて、実演を』
「……どうせ紐か何かで吊って――」
言って、僕は浮かぶ本の外周に手をかざす。何とかタネと仕掛けを暴こうと努めるけど、探れば探るほど、目の前で起きていることが有り得ない現象だと思い知らされる。
本当に魔法? いやいや、そんなはず……。
『では、こんなのはいかがでしょう?』
不毛な努力を続ける僕を見かねたのか、彼女はさらなる実演を踏まえてみせた。
浮いた本が、今度は空飛ぶじゅうたんのように宙を旋回する。縦横無尽に、まるで生き物のように。
僕がこれまで得てきた知識や常識、それらでは理解できないことが目の前で起きている。
夢にまで見た、非現実的で荒唐無稽なリアル。
これが本当に魔法かどうかは別として、彼女の話を傾聴する理由としては十分だ。
「……お姉さん、でいいよな? どうしてお姉さんは、僕にこんなものを見せるんだ?」
一応聞いてみたものの、こういうパターンにはお決まりが存在するんだよな。
異世界に破滅の危機が迫っていて、違う世界に棲む冴えない主人公が救世主として転生する。そして、悪党や怪物相手に無双しては英雄ともてはやされ、順風満帆の転生ライフを満喫する……と。
さしずめ、彼女の次の一言はこうだろう。
私の世界を救ってほしいのです。
『あなたに、私の世界を救ってほしいのです』
「ふーん」
ほら、来たよ。
しかし、そこは自称『路傍の石』こと僕。過度な期待は抱かない。
僕は自身の身の丈をよく理解しているのだ。
自分などせいぜい物語に登場するエキストラの一人、どころか、文字通り道に落ちてる小石程度の存在である。
いくらなんでも、僕が異世界を救う救世主だなんて話はあるわけがない。
っていうかさ。
「聞きたいんだけど、お姉さんの世界ってどんなところ?」
彼女は一呼吸ついてから、淡々とした口調で語り始める。
『私の世界は、あなたの世界とは何もかもが異なります』
「具体的には?」
『そちらの世界には、火を吐くドラゴンや山ほどに大きな巨人は存在しないでしょう?』
「ああ、存在しない。僕の知るかぎりは」
『そうでしょう。しかし、私にとって先に挙げた存在は空想の産物ではないのです。人狼、メデューサ、サラマンダー……列挙し始めればキリがありませんが、私の世界には極めて多種多様な生態系が存在しています』
異世界には伝説に出てくるようなモンスターがいるってことか。
ただ。
魔法が存在するって断言していた以上、その程度のファンタジー要素は想定の範囲内だ。
肝心なのはその先。
「話はわかったよ。それで、僕がお姉さんの話を信じる理由は?」
『先ほどの魔法では信用できないのですか?』
「最新テクノロジーを使えば、それこそ魔法みたいなことだって起こせる。本が空を飛んだくらいじゃ驚かないよ」
実際はめちゃくちゃビックリしたけど。
でも、それじゃ足りないんだ。
もし本当に異世界が存在して僕が救世主になり得るのなら、喜んで世界の1つや2つ救ってみせる。
だからこそ、そのために確実な証拠が欲しいのである。
僕が抱きかけている淡い期待を、もっと決定的な確信に変えてほしいのだ。
『では、これではいかがでしょう?』
よし来い!
多少強引でもいい、異世界が存在するということを僕に思い知らせてくれ!
「――え?」
気付けば、僕ははるか上空から落下していた。
下には広大な大海原、幻想的なエメラルドグリーンだ。
いやいや。
言ってる場合か。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!?」
どうしてこんなことになったんだ!
僕が生意気にも疑ったから、あのお姉さんが怒って瞬間移動させたのか!?
となると、彼女は本当に魔法が使えたということになり、異世界に関する話もかなり信憑性が高いんだけど――今はそんなことに思考を巡らせている場合じゃない!
「誰かー!!」
綺麗なエメラルドグリーンの水面に鮮やかな鮮血の花が咲きかけたその時、
「え――うわあああっ!!」
海面に叩きつけられるギリギリで、僕の体は軌道修正し再び上空へと放り出された。
飛ぶ方向や速度をコントロールすることができず、まるで重力源が空中を転々と移動しているみたいな感じだ。
そして、僕は気付いた。
今僕が見下ろしている世界は、僕が知っている世界ではないことに。
気まぐれな重力は僕を導き、眼下に広がる世界の形を目の当たりにさせた。
大通りを歩くのは変哲もない人間だけはない。獣の耳や尻尾を生やした人間に、人語を話す人型のトカゲ、果ては小さな妖精まで。
ファンタジーに出てくるような生き物たちが、確かに存在し、共存していた。
「……すごい」
ため息交じりに口を開いた時、僕は元の裏路地に立ち尽くしていた。
今のは幻だったのか?
一瞬そう思ったけれど、僕はすぐにその考えを脳裏に追いやった。
僕が目にした束の間の出来事は、決して夢でも幻でもなかった。
あそこに生きている人たちの熱気や喧騒は、確かに生命の輪郭を帯びていたんだ。
科学的根拠も決定的裏付けもないけれど、僕はそう断言できる。
『いかがでしたか?』
「今のが、お姉さんの世界?」
『ええ。あなたの精神だけを一時的に向こうへ転送いたしました。信じてもらえましたか?』
もちろんだ。
あれほどのモノを見せられて、今更彼女の言葉を否定する気にはならない。
だが、
「魔法や異世界が存在するっていうのは信じるよ。でも、僕が救世主っていうのはどういうことなんだ? こう言っちゃなんだけど、僕は何の取り柄もないただの一般人なのに」
自分で言ってて悲しくなった。
とは言え、僕自身のことは僕が一番理解している。
運動神経は並、座学の成績は下から数えた方が早い。
人に誇れるような長所も、特別なスキルを持っているわけでもない。
良くも悪くも、僕は普通の人間なのだ。
僕の人生がそうであるように、僕という人間もこれ以上ないくらい平凡で、心底退屈なヤツなのだ。
だからこそ、彼女が僕のことを英雄視している理由が分からない。
だが彼女はその理由を簡潔に、かつ淀みなく語り始めた。
『先日、高名な賢者様が予言されたのです。どのような魔物やモンスターも、一撃のもとに討ち払う勇者が現れる、と』
「それが僕ってことか」
……。
ふう。
なるほどなるほど。
よっしやあああっ!!
石の上にも三年ということわざに頭を垂れ、退屈な人生に耐えてきたこの僕に――ついに!!
誰もがうらやむような人生大逆転イベントが到来している!!
表情ではポーカーフェイスを保っているが、心中はとても穏やかではいられない。
高名な賢者様とやらが誰かは知らないけど、棚からぼた餅のこの転機を見逃す手などあろうものか!
とりあえず、落ち着こう。
お姉さんに浮足立っていると知られたくないし。
この際、体裁なんてどうでもいいと思うけれど、こういうところが気になるのが僕の性分なのである。
「オーケーオーケー。で、僕はどうすればいいんだ?」
『ありがとうございます、勇者様。なんと崇高な精神をお持ちなのでしょう』
本の向こうで、お姉さんが感激に震えているのがよく分かる。
どうやら、それほどまでに異世界とやらは切迫した状況のようだ。
当の僕はと言えば、退屈な毎日におさらばできるから、という不純な動機で承諾しているので若干心が苦しい。
まあ、向こうは僕の動機なんてどうでもいいか。
『では勇者様。その本に近づいてください。転送魔法を発動させます』
おおっ。
早速向こうの世界に行くのか。
まだ心の準備が整っていないけど、こういう時忘れてはいけないのは『善は急げ』という含蓄ある先人の言葉だ。
その言葉に従い、僕は彼女の言う通り本に近づいた。
すると、本がひとりでにめくられ、開いたページに記された文字が光を放ち始めた。
しかし、もはやその程度のことで驚いてもいられない。これから僕を待ち受けているのは、誰も体験したことのない未知の世界なのだ。
「……よし、行こう」
心臓の早鐘を感じる。
新しい世界で生きる、生まれ変わった自分を想像するだけで興奮がふつふつと湧きあがってくる。
夢にまで見た、退屈からの解放。
この光り輝く本とともに僕は行くのだ。
最強の勇者として讃えられる、栄光に満ちた現実へ。
あ、でも待てよ。
「そう言えばさ、こっちとお姉さんの世界を行ったり来たりってできるの?」
『いいえ。そちらから来ることは可能ですが、こちらからあなたの世界へ行くことはできません。現に、その古書を転送するだけでも精いっぱいだったのです』
「そっかあ」
昔の友達や今のクラスメイト、果ては家族まで。
みんなと二度と会えなくなるというのはそれなりに悲しい。でも、いずれにせよ人生なんて出会いと別れの連続なんだろうし、それが少し早まってしまっただけと割り切ってしまえばいい。
何より、栄光に満ちた世界が待ち受けているのなら、彼らとの関係を断ちきるのにためらいはない。それほどまでに、僕はこの退屈な日常に辟易しているんだ。
『大丈夫ですか?』
「大丈夫大丈夫。気を取りなおして出発しよう」
『ええ。では――』
怒涛の展開の速さに困惑してるけど、それでも悔いはない。
言うなれば、若干の名残惜しさが心の片隅で静かに体育座りをしている程度だ。
というか、比べるまでもないよな。
勇者として永劫に伝承される英雄譚を残すか、休日に子供向けジェットコースターに乗る人生なんて比べるまでも――あ。
「待って! ごめん、もう一回待って!!」
石ヶ崎 透路に二言あり。
ギリギリであいつのことを思い出してしまった。
そうだ。
退屈にまみれたこの世界には彼女がいたんだった。
可愛い系天然女子高生。
豊満黒髪ボブヘアーの彼女。
詩恵理は、僕のいない世界をどう思うのだろう。
僕がいなくなった世界で、詩恵理はどう生きていくのだろう。
詩恵理は――。
『大丈夫ですか、勇者様?』
「……いや」
ごめんな、詩恵理。
「何でもない。さっさと行こう」
悲しいけど、これが僕の望む生き方なんだ。
決して、お前との毎日が楽しくなかったわけじゃない。信じてくれ。
『では、転送しますね』
僕はこくりと頷いた。
それに反応するように、記された文字がさらに輝きを増す。
「……じゃあな」
これでいいんだ。
このほろ苦い別れの体験こそが、大人への第一歩に――。
「わあ! 何これ、すっごい光ってる!!」
「……ん?」
「ねえ透路! この本なに?」
見覚えのある少女が、僕の横で目を輝かせていた。
「だめだ! 早く――
――離れろ!!」
言い終えた時、僕が立っていたのは裏路地ではなかった。
薬品と火薬のにおいが充満する、大理石造りの建物。
その巨大ホールの中央に、僕はいた。
否。
僕たちはいた。
「ええっ! 何ここ? ローマ宮殿!? それともバッキンガム!?」
聞き慣れた間抜け声が、ホール全体に響いている。
なんてこった。
詩恵理までついてきてしまった。
異世界にこられたのは嬉しいが、こうなると話が違ってくる。
「詩恵理」
「あっ、透路! ここどこだと思う?」
詩恵理は知らない。こっちの世界に来てしまったら、もう二度と元の世界には戻れないことを。
「僕たちの住んでいた世界とは違う世界だ」
「またまた~。嘘でしょ?」
この状況に置かれても、彼女はまだ笑っている。
僕とて心苦しいが、伝えなければならない。
「本当だよ。ここは異世界だ」
「え? じゃあ、どうやって家に帰るの?」
「帰れない」
「……そっかあ」
……え。
反応薄くない?
それとも、天然であるがゆえにまだ状況が飲み込めていないのか?
「お前、悲しくないのかよ?」
「うん! 透路がいるなら別にいい!」
……本当、お前ってやつは。
お前がパツキン美人系お姉さんだったら、力いっぱいに抱きしめて熱いキスをブチかましているところだ。
でもまあ。
僕もちょっと安心したよ。
と。
感傷に浸っていると、部屋に面した木製の巨大な扉が開いた。
「ようこそおいで下さいました、勇者様」
両脇にローブをかぶった従者を連れながら、女性が歩み寄ってくる。
モデルのようにすらりと伸びた脚に、恵麻よりも一回り大きな胸、白魚のごとく透き通る白い肌と硝子細工を思わせる碧眼――そして、艶のある長いブロンドヘアー。
いやいや。
どストライクすぎる!!
さらに言うなら――非常にけしからんことに――身を包む衣装はかなり露出が激しい。聖女を彷彿とさせる装いでありながら、横乳が漏れているのである。
そんな破廉恥なことがあってもいいのか。
というか、
「その声……もしかして、さっきのお姉さん?」
僕は横乳を凝視しながら、ポーカーフェイスでたずねる。
「はい。私はセレーヌ・エヴァレンテ。若輩のシスターにございます」
「うわあ! 見て、透路! あの美人のお姉さん、おっぱい見えちゃってるよ。気付いてないのかなあ」
お前に言われなくても、俺は初めガン見してるよ。
っていうか、そういうことは大声で言うな。
心でツッコみながら、僕は出来得る限りの爽やかな笑顔をうかべた。
「俺は透路。よろしく、セレーヌさん」
「トウジ様……何と雄々しい響き」
平静を装いながらも、セレーヌさんは顔を紅潮させている。詩恵理の無神経な発言のせいだろう。
「ねえねえ、お姉さん。おっぱい見えてるよ?」
だから言うなって!
その発言であの漏れ乳が二度と見れなくなったら、責任とれるのかお前は!
そうツッコミそうになったけど、僕は持ち前の理性でグッとこらえた。
「……トウジ様、こちらの方は?」
「ああ、こいつは――」
「私は詩恵理! よろしくね!」
「こちらこそ。シエリ様」
慇懃無礼な侮辱を受けても、セレーヌさんは恵麻に丁寧なお辞儀をしてみせた。
何という精神年齢の差だろう。
「早速ですが、勇者様」
彼女の言葉と示し合わせたように、後ろに控えていた従者が一歩前へ出た。
従者は、一振りの剣を差しだしてくる。
宝飾も何も施されていない、良く言えばアンティークじみた、悪く言えば古ぼけた剣だ。
「勇者? 透路、勇者なの?」
「いいから黙ってろ」
セレーヌさんが咳ばらいをする。
「これは、はるか昔に世界を救ったとされる勇者の聖剣――『パーミディオン』です。一見するとガラクタのようですが、これを鞘から抜いた者は、秘めたる能力が覚醒すると伝えられています」
「まるでおとぎ話みたいな伝説だね」
そう言いながら、目を輝かせる詩恵理。
「最初の勇者以来、これを抜ける者は現れなかったってことだよな?」
「はい。そして、予言通りなら――」
「僕はこれを抜くことが出来る」
「ええ」
僕は、従者から聖剣を受け取った。
当然だけど、元の世界でも剣なんて持ったことなかったので、実際の重さに驚く。
しかしそれ以上に、僕はこの剣がやたらと手に馴染むことに驚きを隠せなかった。
絶対に、鞘から抜くことが出来る。
試すまでもなく、僕はそれを直感した。
「では、お願い致します。トウジ様」
セレーヌさんからの熱い視線を受け、僕はたるんでいた気を引き締めた。
これは始まりなのだ。
今この瞬間から僕は勇者となり、この世界を救う。
そして、この手に栄光をつかんで――。
「ねえ、私にも貸して!」
「あっ、ちょっと待――」
……。
その直後の光景を、僕はきっと忘れないだろう。
ホールに暴風が吹き荒れ、共鳴しているかのように地面が上下に跳ねる。
ステンドガラスは粉々に割れ、剣から放たれる神々しい光を浴びた大理石が燦々(さんさん)と輝く。
セレーヌさんと従者たちは、救世の勇者誕生に涙を浮かべていた。
もちろん、視線の先は僕ではない。
可愛い系天然女子高生。
豊満黒髪ボブヘアー。
黄金のオーラをまとう――詩恵理だった。
「見て見て透路、なんか凄いよー!!」
こうして、
間違って異世界にやって来た僕の幼馴染みは、僕の代わりに勇者になった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークお願い致します。
これからもコンスタントに執筆・投稿させていただきます!