時空を越えた戦い!の巻!
ハロウィンは近い。
ローレンは苛立ちをおさえながら日々を過ごしていた。
彼女の正体は、ハロウィンの守護者にして女帝たる「レディー・ハロウィーン」だ。
そんなローレンは、ハロウィン直前の時期だけは異常に忙しく、そしてイライラしている。
「の、脳が痛あ~い!」
普段はクールビューティーなローレンが両手で頭をかきむしり、意味不明な言葉を吐いている様子は正直面白い。
「今年は出会いがあるといいな~」
のんびりしているのは「フランケン・ナース」のゾフィーだ。彼女はカボチャをくりぬいて「ジャック・オ・ランタン」を制作中だった。
朗らかな笑みに癒される男性は多い。彼らはゾフィーの幸せを祈りつつも、恋人ができたら嫉妬のあまり凶暴化するだろう。
ゾフィーになかなか良縁が訪れないのは(少々気の毒ながら)、世の平和のためではなかろうか。
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混沌の浸食は止まらぬ。
世界を覆った病魔は、鳴りを潜めてきたが、世の不況と人心の乱れは止まらない。
これこそが、混沌の真の目的ではないのか。
だが、時間を越え、空間を越え、混沌に抗う者たちは戦いを続けている。
彼らの奮戦あらばこそ、世は平衡を保っているのだ――
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寛永十七年(1640年)、江戸。
島原の乱より数年を経た日本は、浪人の増加が深刻な社会問題となっていた。
三代将軍家光による改易の嵐、それによって全国にあふれた浪人は十六万人という。
全国的に治安は悪く、夜には外出を禁じる藩もあった。江戸では町民に小太刀の所持を許し、自衛を勧奨していた。
それでも江戸で犯罪の起きぬ日はなかった。だが、命を懸けて江戸を守る者もいる。
「いたぞ!」
黒装束に身を包んだ見廻り組は、夜半に商家の屏によじ登ろうとする不審な人影を発見した。それは強盗を働こうとする浪人たちであった。
見廻り組は、伊賀甲賀の忍びの末裔だ。彼らは江戸城御庭番でもある。火付盗賊改方が誕生するのは数十年も後だ。
「観念しやがれ!」
巨漢の源は六尺棒で浪人の一人を打ち据えた。
「神妙にしろい!」
小男の政が投げつけた石が額に当たると、浪人は気絶して倒れた。
「――道連れだあ!」
浪人の一人は刀を振り回した。発狂したかのような暴れぶりに、見廻り組は手を焼いて、迂闊に近づけない。
「――ふ!」
浪人の横合いから、般若面の黒装束が攻めこんだ。
鋭い右下段蹴りが、浪人の左太腿へ叩きこまれた。
が、浪人も素早く刀を横に薙いでいる。般若面の黒装束は飛び退いた。もう一歩近づいていれば斬られていた。
「こいやあああ!」
月下に浪人は吠えた。
それは自身の最後を覚悟した者が放つ、凄絶な気迫であった。
周囲を見廻り組に包囲されながら、浪人の闘志は最大限にまで高まっている。難敵であった。
「是非もなし」
般若面の黒装束は、顔の面を放り捨てた。
現れた隻眼の異相は、七郎と名乗る男であった。
その正体は、将軍家剣術指南役の柳生但馬守宗矩の嫡男、十兵衛三厳だ。
彼は江戸の治安を守るために、江戸城御庭番らと共に戦っていた。
いや、真の目的は(彼自身が気づいていないが)、先師から祖父、父へと伝えられた「無刀取り」を極めんがためだ。
命を懸けた実戦の中に、七郎は武の深奥を見出ださんとしていたのだ。
「お相手つかまつる」
七郎と浪人の間に殺気が満ちる。
周囲の見廻り組は黙して声もない。
夜空に浮かぶ満月の明かり。
その下で七郎と浪人は命を懸けて対峙する…………
――ザ
七郎は浪人の右手側へ廻りこもうとする。
刃の死角へ入りこませんと、浪人も七郎と相対する。
向き合った二人は時計の両針の如く、一定の距離を空けたまま、半円を描いて移動する。
やがて七郎が無言で踏みこんだ。
浪人が刀を振るうより早く、七郎は間合いに入った。
彼は両腕を交差させて、浪人へぶち当たる。体勢を崩した浪人へ、七郎は右中段蹴りを放った。
中段蹴りは、人間が無意識に放てる最も重い攻撃の一つだ。左脇腹へ七郎の蹴りを受けて、浪人がうめく。
浪人は刀を手放し、七郎の顔面を殴りつけた。左手で七郎の胸ぐらをつかみ、続けて二度三度と浪人は右拳で殴りつける。
――ゴン!
顔を腫らした七郎は、浪人の顔面へ頭突きを放った。鼻先へ頭突きを受けて、浪人の動きが一瞬止まった。
その刹那に七郎は技をしかけた。
浪人の右腕に両手で抱きつくと見えるや、彼の体は独楽のように回転している。
次の瞬間には浪人の体が跳ねあがり、そして大地に背中から叩きつけられた。
浪人は一声うめいて気絶した――
「…………ふう」
七郎は息を吐いた。残心は忘れていなかった。
浪人を投げた技こそ「無刀取り」の一つであり、後世の柔道における一本背負投だ。
見廻り組の者が駆けよってきて七郎に何か言っているが、それすら理解できない。
武の深奥に踏みこんだ七郎だが、彼はもっと先が見たかった。




