伝説の氷河戦士!の巻!3
天機星「知多星」ゴヨウは風を操る。
それは虚空蔵菩薩から授かった花鳥風月の力――
即ち自然の力に他ならぬ。
「うおおおー!」
雄叫びは氷河戦士らのものだ。
彼らはゴヨウが繰り出した突風によって、天空高く吹き飛ばされた。
鳳凰の羽ばたきにも似たゴヨウの操る風によって、氷河戦士らは一人残らず吹き飛ばされていた。
「……逃げられちゃったなあ」
ゴヨウは緊張が解けた、間の抜けた表情をしていた。
「うむ」
チョウガイはゴヨウと共に大空を見上げていた。吹き飛んだ氷河戦士らは、メンバーの誰かの力によって「瞬間移動」していた。
大地は元の草原と化していたが、ゴヨウとチョウガイから不安は拭えない。
「せっかくハードゥと砂浜で遊んでたのに……」
「ほおおう、お主遊んでおったかああ」
「あ、いや、チョウガイ様、それはですね……」
ゴヨウはどこか締まらない男だ。
シリアスに徹しきれない男だ。
だが、だからこそ彼は九天玄女によって「百八の魔星」に選ばれたのだ。
守護神チョウガイと共に戦う日々こそ、彼の存在理由である。
「でも、お色気は大事だと思うんですよ!」
「あー、そうか」
チョウガイは眉をしかめながらつぶやいた。まるで不動明王のようだ。
二人にとっては、しばしの休息だ。
**
場面は江戸に戻る――
目まいのような感覚に十兵衛は迷い、苦しむ。
はっ、と目を覚ませば、十兵衛は道場内に袴姿で立っていた。
格子窓から差しこむ夏の陽光、外から聞こえる蝉の声。
なんたる幻怪な事態か、就寝しようとしていた十兵衛が道場にいるとは。
まして夜が昼に変わっているとは。
幻なのか、それとも夢か。
十兵衛は如何なる魔天に導かれたか。
「――参れ」
道場内には十兵衛の父、宗矩がいた。十兵衛と同じく袴姿だ。
険しい眉と鋭い眼光、宗矩の全身に闘志が満ちている……
「応――」
十兵衛は短く答えた。
同時に右肘を持ち上げた構えで、宗矩に向かって踏みこんでいた。
宗矩も拍子を合わせた。
十兵衛の打ちこんだ右肘に、宗矩は自身の右肘を横から回して叩きつける。
肘が打ち合った瞬間には、両者は間合いを離した。
「ふ――」
烈火の気迫と共に、十兵衛は踏みこんで右下段蹴りを放った。
全体重の乗った一撃を、宗矩は後退して避けた。
と見えるや否や、宗矩は十兵衛の左手側から抱きついた。
「あ」
十兵衛は宗矩に技をしかけられている。型は相撲の上手投げに似ていた。
十兵衛がこらえた瞬間には、右手首を宗矩に掴まれていた。
ダアン!と、十兵衛は道場の床に背中から叩きつけられた。
大腰から体落への連携技と、後世の柔道ならば表現するだろう。
宗矩は倒れた十兵衛の襟をつかみ、頸動脈を絞め上げる。
意識が遠のく前に、十兵衛は宗矩の指をつかんでへし折ろうとした。
「うぐ」
宗矩は呻いて起き上がり、十兵衛から間合いを離す。十兵衛に小指をへし折られそうになったのだ。
試合ならば反則だろうが、これは試合ではない。十兵衛は隠密として無意識に乱戦に慣れている。
「こざかしい――」
宗矩がつぶやいた瞬間、十兵衛は起き上がって間合いを詰めた。
一瞬にして十兵衛は宗矩に組みつき、技をしかけた。
十兵衛は宗矩を背負って投げる。
ダアン!と道場の床に宗矩は背中から投げ落とされた。
柔道における背負投、しかも見事な一本勝ちだ。
「――見事だ」
宗矩は苦笑して立ち上がった。
「き、恐悦至極であります……」
十兵衛は多少、咳きこんだ。あと数秒遅ければ、宗矩に絞め殺されたかもしれぬ。
「無心の一手か…… なるほど」
宗矩は苦笑した。どうやら褒めているらしい。十兵衛も照れ臭くなった。
「敵、新たなり―― 死を覚悟して臨め」
宗矩は十兵衛に言った。そこで十兵衛は気づいた。父の宗矩は、すでに他界しているのだ。
「道は険しいな十兵衛――」
宗矩の声が遠ざかっていく。全ては夢か幻か。
道場の景色も歪み、やがて全ては闇に成った。
(やりますとも父上!)
十兵衛は闇の中で叫んだ。
新たな敵は由井張孔堂正雪。
門下三千人という巨大な組織だ。
その張孔堂から江戸を守るのが、十兵衛の使命だった。




