現世へ駆けろ!の巻!
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人の意識の及ばぬ世界で、混沌との戦いは行われていた。
死の世界では奇妙な光景を見ることができた。
女性たちが必死の形相で、川に沿って疾走している。
外見は十代から二十代前半の彼女たちは、今年に入って死した女性の魂だった。
その彼女らは残してきた家族や大事な存在のために、あえて安息を捨てたのだ。
女性たちの魂は、現世へ戻るため、ひたすらに駆けていたのだ。
病魔のもたらした不安と恐怖によって、世界中が混沌に包まれている。
その混沌の中で、人はまっすぐに進めるだろうか。
一切の光ない夜の闇を、迷わず進める者など極々僅かだろう。
だからこそ子や孫を、愛する者たちを導くために、女性たちの魂は現世を目指していた。
「うちの息子を導いてやらないとね!」
「あら、そう! うちの孫娘は小学校に上がったのよ!」
「ちょっと、息子さんはおいくつかしら! 実はうちの娘と……」
駆けながら女性たちの魂は、世間話を交わしていた。
このような他愛ない世間話が、地上では男女の縁になったりする。
生と死の世界は、密接に繋がっているのだ。
「ほ、ほわあああ!」
一団の先頭を駆けていた十代前半の少女が、足を止めた。彼女につられて、後方から来た女性たちも足を止めた。
彼らの前方に立ち塞がるのは、高さ五メートルあまりの土の巨人だ。
巨人には目も鼻も口もない。かつては人の魂であったが、己が欲望に取り込まれて自我を失い――
欲求だけを満たすために行動する存在に成り果てたのだ。
現世で自己の欲求だけを求めて生きていた者は、死後に安息を得ることなく、罪を償うこともできず、こうして死の世界をさまようのだ。
「ど、どいてよ!」
少女は震えながらも巨人に向かって叫んだ。
「ひ孫のために向こうに帰るんだ! 産まれたばかりなんだよ! あたしが導いてやらなきゃ、あっちの世界で生きてくのは難しいんだ!」
少女の思いも巨人には届かぬ。
巨人にあるのは欲求だけ――
破壊に象徴される暴力だ。
巨人が少女を踏み潰さんと、右足を持ち上げた。女性たちの魂は、悲鳴を上げて逃げ惑う。
少女は顔を蒼白にして踏み潰されようとしていたが、何処からか差し込んだ光の帯が、巨人を飲み込み消滅させた。
「早く行け!」
少女が振り返れば、そこには導師風の衣装の男性に率いられた武装集団がいた。
導師風の男はソンショウの魂だ。
百八の魔星の一人、天間星「入雲竜」ソンショウである。
彼は病魔が蔓延する前に突如として即身仏に成る修行を開始した。
それは来るべき混沌との戦いに備えてだったのだ。
そして彼には仲間がいる。
ソンショウと志を同じくする者たちは、無数にいるのだ。
現世を目指す女性たちと同じく、数えきれぬほどに……
「あ、ありがとー!」
「ひ孫によろしくなー!」
ソンショウは駆け去っていく女性たちを見送った。
「ソンショウ様、巨人どもが!」
同志の言葉に振り返れば、無数の巨人がソンショウらに歩み寄ってきていた。
「よし、いくぞ!」
ソンショウの号令一下、武装した男女は巨人に立ち向かっていく。
ソンショウは印を結んで、竜を召喚した。
「焼き尽くせ!」
ソンショウが異界から召喚した竜は巨人の群れに炎を吐きつけた。
未来を守る戦いは、人の意識の及ばぬ世界で繰り広げられている。




