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現世へ駆けろ!の巻!


   **


 人の意識の及ばぬ世界で、混沌カオスとの戦いは行われていた。


 死の世界では奇妙な光景を見ることができた。


 女性たちが必死の形相で、川に沿って疾走している。


 外見は十代から二十代前半の彼女たちは、今年に入って死した女性の魂だった。


 その彼女らは残してきた家族や大事な存在のために、あえて安息を捨てたのだ。


 女性たちの魂は、現世へ戻るため、ひたすらに駆けていたのだ。


 病魔のもたらした不安と恐怖によって、世界中が混沌カオスに包まれている。


 その混沌カオスの中で、人はまっすぐに進めるだろうか。


 一切の光ない夜の闇を、迷わず進める者など極々僅かだろう。


 だからこそ子や孫を、愛する者たちを導くために、女性たちの魂は現世を目指していた。


「うちの息子を導いてやらないとね!」


「あら、そう! うちの孫娘は小学校に上がったのよ!」


「ちょっと、息子さんはおいくつかしら! 実はうちの娘と……」


 駆けながら女性たちの魂は、世間話を交わしていた。


 このような他愛ない世間話が、地上では男女の縁になったりする。


 生と死の世界は、密接に繋がっているのだ。


「ほ、ほわあああ!」


 一団の先頭を駆けていた十代前半の少女が、足を止めた。彼女につられて、後方から来た女性たちも足を止めた。


 彼らの前方に立ち塞がるのは、高さ五メートルあまりの土の巨人だ。


 巨人には目も鼻も口もない。かつては人の魂であったが、己が欲望に取り込まれて自我を失い――


 欲求だけを満たすために行動する存在に成り果てたのだ。


 現世で自己の欲求だけを求めて生きていた者は、死後に安息を得ることなく、罪を償うこともできず、こうして死の世界をさまようのだ。


「ど、どいてよ!」


 少女は震えながらも巨人に向かって叫んだ。


「ひ孫のために向こうに帰るんだ! 産まれたばかりなんだよ! あたしが導いてやらなきゃ、あっちの世界で生きてくのは難しいんだ!」


 少女の思いも巨人には届かぬ。


 巨人にあるのは欲求だけ――


 破壊に象徴される暴力だ。


 巨人が少女を踏み潰さんと、右足を持ち上げた。女性たちの魂は、悲鳴を上げて逃げ惑う。


 少女は顔を蒼白にして踏み潰されようとしていたが、何処からか差し込んだ光の帯が、巨人を飲み込み消滅させた。


「早く行け!」


 少女が振り返れば、そこには導師風の衣装の男性に率いられた武装集団がいた。


 導師風の男はソンショウの魂だ。


 百八の魔星の一人、天間星「入雲竜」ソンショウである。


 彼は病魔が蔓延する前に突如として即身仏に成る修行を開始した。


 それは来るべき混沌カオスとの戦いに備えてだったのだ。


 そして彼には仲間がいる。


 ソンショウと志を同じくする者たちは、無数にいるのだ。


 現世を目指す女性たちと同じく、数えきれぬほどに……


「あ、ありがとー!」


「ひ孫によろしくなー!」


 ソンショウは駆け去っていく女性たちを見送った。


「ソンショウ様、巨人どもが!」


 同志の言葉に振り返れば、無数の巨人がソンショウらに歩み寄ってきていた。


「よし、いくぞ!」


 ソンショウの号令一下、武装した男女は巨人に立ち向かっていく。


 ソンショウは印を結んで、竜を召喚した。


「焼き尽くせ!」


 ソンショウが異界から召喚した竜は巨人の群れに炎を吐きつけた。





 未来を守る戦いは、人の意識の及ばぬ世界で繰り広げられている。

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