メイドの夏、そしてチュパカブラ!の巻!
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夏は近かった。
そして、あの商人も復活した。
「ゴバッゴバッ~!」
身長は263cm、体重は405kg。
完璧商人始祖の一人にして、夏を司る商人「幻影マン」である。
「夏の誘惑〈サマー・テンプテーション〉」とあだ名される幻影マンの復活は、人々の生きる力に繋がるだろうか。
吸血姫ペネロープの経営するメイド喫茶「ブレーメン・サンセット」も慌ただしい。
「今年こそ彼氏をゲットするぞー!」
「おー!」
メイドたちは萌えていた。
吸血姫ペネロープにつかえるツィークやラーニップといったメイドたちは、人間ではない。
かよわく見えても、彼女たちは狼女である。
満月の晩には獣人に変身する能力を持つ。平時でも人間の五倍前後の腕力体力を有している。
そんな狼女は女しか産まれない。本来ならば一代で終わるはずの存在だった狼女を、未来へと導いたのはペネロープだった。
「いいこと? 男は同じ人類ではなく、未知の生物UMAだと思ってぶつかっていきなさい!」
ペネロープは整列したメイドを前にして、女の心得を教えた。
狼女たちは人間の男と交わることで、子どもを授かるのだ。
そのためにペネロープは人里に降りてきてメイド喫茶を経営し、狼女たちに出会いの場を提供してきた。
彼らが人間世界で活動する理由はただ一つ、恋人探しだったのだ。
「はあーい、ペネロープ様!」
狼女たちは元気いっぱいに答えた。十代半ばの狼女たちは、この夏に彼氏をゲットする覇気に満ちていた。
「ふふふ……」
メイドたちを眺めて、パッスルスタイルのペネロープは微笑んだ。
およそ六百才のペネロープは、メイドたちの母も祖母も、そして先祖も知っている。
狼女たちにとってペネロープは、偉大なる母であるかもしれない。
「――ねえ、ペネロープ様ってさあ彼氏いるの?」
メイドたちは小声で囁きあった。
「いるわけないでしょー、ペネロープ様はガチの百合だよ?」
「大昔にもいなかったのかなー、六百才だよね?」
「いるわけないよー、いないから一人身なんだし」
メイドたちのひそひそ話はペネロープの耳に届いていた。たちまちペネロープの額に血管が浮かび上がった。
「あ、貴女たち…… ミンチにしてやんよおっ!」
――その後、ぶちギレしたペネロープが暴れたために「ブレーメン・サンセット」は半壊し、数日臨時休業になったとさ、めでたし、めでたし。
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別の次元では――
島原の乱が終わった頃の江戸に、とある噂が流れていた。
人間を襲って血を吸うという、謎の生物の噂である。
目撃者の証言によれば、体は河童のように緑がかっており、その姿形は豚に似るという。
この謎の生物は、目撃証言から、次のようにあだ名されて江戸の庶民を震え上がらせた。
いわく「血河童豚」と。
十兵衛は屋敷の自室で準備を整えた。
忍び装束に黒塗りの般若面、腰の帯には三池典太と小太刀の鞘を差し込む。
(血河童豚か)
十兵衛は屋敷を出た。人の姿のない夜道を小走りに駆けた。
(奇縁あらば会えるだろう)
夜の中を駆ける十兵衛。血河童豚の目撃情報は、江戸城周辺ばかりだ。
更には未確認飛行物体が江戸の夜空に、しばしば確認されている。
血河童豚と未確認飛行物体の関係は不明だが、何かあると十兵衛はにらんでいる……
夜の江戸を駆ける十兵衛、これは特別なことではない。日頃の鍛練だ。まずは走ること。
そうして心身から余分なものを削ぎ落としていくのだ。
やがては学んだ技の中から、己に最も相応しいものが自然に身についていくのだ。
しばらくして、十兵衛は古寺から響く悲鳴を聞いた。
足早に古寺の境内へ踏みこめば、そこに魑魅魍魎にも似た化物を見た。
――チカパ~!
化物は吠えた。野良犬を襲って血を吸っていた化物は、確かに目撃証言の通り、緑がかった肌に、豚に似た四足歩行の生き物だった。
間違いなく血河童豚であろう。思わず硬直した十兵衛へ、血河童豚は飛びかかった。
「おわ!」
十兵衛は反射的に、横っ飛びで血河童豚の爪を避けた。意外な跳躍力と素早さであった。
――チカパ~!
尚も向かってくる血河童豚へ、十兵衛は拍子を合わせた。
右前方へ踏みこみながら血河童豚の爪を避けると、右足で中段回し蹴りを放つ。
血河童豚の側頭部に、十兵衛の金属板を仕込んだ脚絆つきの回し蹴りが炸裂した。が、それで終わるわけがない。
「――ふ」
十兵衛は吐息と共に踏みこむ。
後肢で立ち上がった血河童豚の胸元へ肩から飛び込むと、次の瞬間には右前肢を左手で引いて、回転している。
――ギャン!
血河童豚は背から大地に叩きつけられて、悲鳴を上げた。
十兵衛、刹那の変形式の体落だ。
父から学んだ兵法、無刀取りは十兵衛の心身、そして魂に宿っている。
もっとも宗矩から見れば「ひどい型だ」と、嘆息されただろう。
――チカパ~!
立ち上がった血河童豚だったが、その動きが止まった。
忍び装束に般若面の十兵衛は、腰の三池典太をいつの間にか抜いていた。
刃に月光が反射して輝いた。十兵衛は右八相に構えていた。
三池典太の鋭い切っ先が夜空を衝く――
「マカロシャダ!」
十兵衛は血河童豚の一瞬の隙を衝いて、三池典太を打ちこんだ。
魔をも断つと称された三池典太(後世では国宝に数えられている)の刃が、血河童豚の頭頂から股まで一直線に斬り裂いた。
(この化物は一体……)
十兵衛は真っ二つになった血河童豚の骸を見下ろしながら、右手に握った三池典太の峰を、左拳で何度か軽く叩いて血を落とした。
夜空には満月が輝き、江戸の夜には深い静寂が満ちていた。
黒塗りの般若面で顔を覆った十兵衛もまた、夜の闇に蠢く魔性のようである。
そんな彼のはるかな頭上で、夜闇を切り裂く光が地上に差しこんだ。
ああ、十兵衛の頭上の夜空に、未確認飛行物体が輝きながら浮いていた――




