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柳生の剣士・番外編 ~ハロウィンの余韻~

 夜だった。


 十兵衛は父の宗矩、恩師の小野忠明に連れられて○草橋駅へ来ていた。


 最近この辺りでは、カワウソとアザラシが戦っている光景が見られるらしい。


「今日はいないな……」


 十兵衛は残念そうに駅前の路上を見回した。


「カワウソとアザラシとは…… 妖怪かな但馬殿?」


「自分にはわかりかねますな」


 忠明と宗矩はそんな会話をする。どちらも将軍家剣術指南役だ。


 剣聖・上泉信綱の流れを汲み、無刀取りの妙技を受け継いだ宗矩。


 剣聖と呼ばれた伊藤一刀斎から、直接指導を受けた小野忠明。


 どちらも剣聖の技を受け継ぐ男だ。


 聖○士○矢に例えるならば、どちらも黄金聖闘士だ。十兵衛の及ばぬ超達人だ。


「ーーむ?」


 宗矩と忠明、そして十兵衛は揃って足を止めた。


 電灯に照らされた路上に生じたのは、暗黒洞たる「時空のねじれ」だ。


 そこから飛び出してきたのはーー


「チッ! しくじったぜえ!」


 人間型の生き物であった。だがその右腕は肘から先が長大なチェーンソーと化している。


「ハロウィンナイトに出遅れちまったー!」


 月下に叫ぶ異形の魔性。


 それは、かつて「ロックの帝王」と呼ばれたバベルであった。


 数十名のファンを殺害して死刑となった彼は、死した後に魂を魔界にとらわれ、魔性として復活したのである。


「ブシャシャシャシャー!」


 バベルは右腕のチェーンソーを振り回して十兵衛らに襲いかかった。


「おわ!」


 十兵衛は胆を冷やしながらも、瞬時に抜いた三池典太でチェーンソーの刃を横に打ち払った。


 火花が散り、同時に殺気が路上に満ちていく。


 十兵衛は宗矩と忠明をーー


 父と恩師を背にかばいながら、決死の気迫でバベルと対峙した。


「やるじゃねえか!」


 バベルは半ばゾンビ化、半ば魔物化した肉体であった。右腕のチェーンソーの刃がうなりを上げて回転し続けている。


「ほお、ゾンビとは」


「チェーンソーか、戦った事はないな」


 宗矩と忠明の動じていない声を聞きながら、十兵衛は三池典太の切っ先をバベルに突きつけた。


「父上、老師!」


 十兵衛は叫ぶ。頭の中は真っ白だ。


 二人を守るために戦うーー


 その志は見事だが、宗矩と忠明から見れば、十兵衛こそ守る側であった。


「但馬殿、早く済まそう。わしは酒が飲みたい」


「手前も江戸前寿司を堪能したい…… 忠明殿、扇など持ち合わせてはおりませぬか」


「鉄扇ならある」


「なんだオマエら! 俺を無視すんじゃねえ!」


 バベルが怒り出した時だ、忠明が鉄扇を開いて、いきなり投げつけたのは。


「なーー」


 バベルは一瞬の虚を衝かれた。宗矩と忠明の「崩し」によって、彼の心には虚が生じていた。


 宗矩がバベルに間合いを詰め、抜き打ちに斬りつけた。


 僅かに遅れて踏みこんだ忠明も、駆けながら刀を横に薙いでいた。


「しくじったぜえ……」


 バベルの首が宙を飛んで路上に落ちた。宗矩の一刀は、バベルの首をはねていた。


 首を失ったバベルの体は、腹部を横一文字に斬り裂かれて路上に倒れた。忠明の抜き胴が決まっていたのだ。


「忠明殿お見事」


 宗矩はパチンと小気味良い音と共に納刀した。


「なんの、まだまだじゃよ。但馬殿に悪いからな」


 忠明もまた刀を鞘に納めた。二人とも神業にも等しい剣技であった。


 いや、それよりもーー


 二人揃って死線を越えて尚、涼しい顔をしている事に十兵衛は戦慄した。


(あれでまだまだ……)


 十兵衛は三池典太を右手に提げたまま、呆然と宗矩と忠明の二人を見つめていた。


 十兵衛にとって父と恩師は、武の巨人であった。


 歩み出した二人の背を見つめ、十兵衛は冷や汗に濡れた顔に不敵な笑みを浮かべる。


「父上、老師、お待ちください」


 十兵衛は三池典太を鞘に納め、二人の後を追いかけた。


 目指すべき目標、人生の強大な壁は、はっきりと十兵衛には見えていた。


「…………ノーフューチャーだぜ」


 路上に転がったバベルの首がつぶやいた。ゾンビだからか、それとも魔物だからか、バベルは首と胴を両断されても生きて?いた。


 ーーカワー!


 ーーラーシッシッシッ……


 カワウソとアザラシの二頭は、バベルの首と体を燃えるゴミのボックスへと放りこむのだった。めでたし、めでたし。

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