表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/94

行こうぜ地獄へ……!の巻!3



   **



 聖母様の命を受け、異世界転移した十兵衛は地獄で戦い続けていた。


 もはや彼は自分の目的が何なのか、それすら忘れがちであった。


 ただ、クラーンシティでの戦いで他者を救出する事に心満たされていた。


 他者の命を救う、ただそれだけのために十兵衛は地獄へ挑んでいく。





「ーーよし、後は脱出だ」


 クラーンシティ某所へ対ウィルス爆弾をしかけると、十兵衛は脱出を図った。


 手にした武器は小太刀、所持品はしそと赤じその葉が数枚……


「しその葉で体力が回復してたまるか!」


 憤る十兵衛だが、彼は小太刀を左手に握って、地獄と化したクラーンシティを駆け抜ける。


“おあ~……”


 市役所の裏道へ続く通路で、十兵衛はゾンビに遭遇した。


 彼は素早く踏み込んで、ゾンビの踏み出した足を払った。


 ゾンビは体勢を崩して、横転した。柔道の出足払いだ。


(父上にはよくやられたな)


 倒れたゾンビの脇を駆け抜ける十兵衛。彼は幼少の頃は、父の宗矩と兵法修行に励んでいた。


 その際、父の宗矩には、しょっちゅう出足払いで倒されていた。宗矩は時に、十兵衛に組ませすらしなかった。


“未熟”


 厳かな父の声が脳内によみがえる。十兵衛は苦笑しながら、右手に懐中電灯を握って暗き道を行く。


 市役所の表通りにはゾンビがひしめいていた。


 ゾンビの中には、共食いに及ぶ者すらいた。まるで畜生界のーー


 弱肉強食の光景であった。


 自動車の中でもがいているゾンビもいた。人間だった頃の記憶は失われ、自動車内から外へ出ることもかなわずーー


 十兵衛の血肉を求めて手を差し出している様子が、まるで餓鬼を思わせた。餓鬼もまた、決して手に入らぬものを求めてさ迷うのだ。


 地下駐車場を抜けたところで、ゾンビ犬が襲ってきた。


 十兵衛は瞬時に反応した。足を止め、僅かに身を沈めたところへ、ゾンビ犬が飛びかかってきた。


 十兵衛、横薙ぎの一閃がゾンビ犬の首を両断した。二つになったゾンビ犬が地に落ちた脇を、無言で駆け抜ける十兵衛。


 駆けながら十兵衛は思った。


 己を救うのは、己の魂に宿ったものだけだと。


 それこそが人間の宿命なのではないかと。


 考えるより先に十兵衛の体は動く。


 自身の滅びへと向かいつつも、せめて死に花を咲かさんと、十兵衛は脱出地点を目指す。


 夜明け近くのショッピングモール屋上の上空に、ヘリコプターが旋回しながら滞空していた。ここが脱出地点であった。


 合図用の発煙筒を手にした時、屋上の床が轟音と共に破壊された。


 階下から姿を現した三メートル近い巨人は、悪魔のウィルスによって誕生した「暴君」であった。


 生物兵器の頂点として君臨する「暴君」は、ショッピングモール屋上で、まっすぐ十兵衛に突き進んだ。


 刹那の瞬間、十兵衛も動いた。


 彼は駆け寄ってきた暴君の懐へ飛び込むや否や、その巨体を背負って投げた。


 ダダアン!と暴君の体がショッピングモールの屋上に叩きつけられた。だが暴君は応えた様子もなく、立ち上がってきた。


「はっはっはっ……」


 十兵衛は乾いた笑いを立てた。


 暴君が突っ込んできた勢いを利用し、刹那の間に背負って投げる……


 父の宗矩、師事した小野忠明の説く武の深奥たる「無拍子」だろう。


 それを体現した充実に十兵衛は満足した。


「さあ来い!」


 十兵衛は小太刀を構えて暴君に突きつける。先ほどの無拍子、もう一度やれと言われても無理だろう。


 だが、そんな事はどうでもいい。


 あとは死に花を咲かすのみ。


 そう心得て、暴君との最後の戦いに臨もうとした十兵衛へ、何者かが呼びかけた。


「これを使って!」


 女の声だ。ショッピングモール屋上の貯水タンクの上から、人影は何かを十兵衛の前へと放り投げた。


 それはロケットランチャーだーー


「マカロシャダ!」


 十兵衛は不動明王真言の一部をつぶやきながら、小太刀を暴君へ投げつけていた。


 暴君は小太刀を払い落とす。その間に十兵衛はロケットランチャーを肩に担いでいた。


 そして十兵衛は引き金を引いた。発射されたロケット弾が暴君に命中し、爆発が生じた……





 ヘリコプターの中で十兵衛は一服する。全身は汗に濡れて、疲労で横になりたかった。


(あれは誰だったんだ)


 十兵衛にロケットランチャーを託してくれたのは、女だった。だが十兵衛には声も体型も、全く覚えがない。


 餓鬼、畜生、修羅の蠢く地獄である「人界」ーー


 そこから脱出した十兵衛だったが、歓喜よりも疑問が頭を占めた。


「ああ、そうか……」


 十兵衛の隻眼が閉じられる寸前、彼の魂は答えにたどり着いていた。


 この人界で、人を見守り、導く存在とは、それ即ちーー


(ご先祖様、ありがとう……)


 十兵衛の意識は眠りに落ちた。


 新たなる戦いへの、しばしの休息だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ