行こうぜ地獄へ……!の巻!3
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聖母様の命を受け、異世界転移した十兵衛は地獄で戦い続けていた。
もはや彼は自分の目的が何なのか、それすら忘れがちであった。
ただ、クラーンシティでの戦いで他者を救出する事に心満たされていた。
他者の命を救う、ただそれだけのために十兵衛は地獄へ挑んでいく。
「ーーよし、後は脱出だ」
クラーンシティ某所へ対ウィルス爆弾をしかけると、十兵衛は脱出を図った。
手にした武器は小太刀、所持品はしそと赤じその葉が数枚……
「しその葉で体力が回復してたまるか!」
憤る十兵衛だが、彼は小太刀を左手に握って、地獄と化したクラーンシティを駆け抜ける。
“おあ~……”
市役所の裏道へ続く通路で、十兵衛はゾンビに遭遇した。
彼は素早く踏み込んで、ゾンビの踏み出した足を払った。
ゾンビは体勢を崩して、横転した。柔道の出足払いだ。
(父上にはよくやられたな)
倒れたゾンビの脇を駆け抜ける十兵衛。彼は幼少の頃は、父の宗矩と兵法修行に励んでいた。
その際、父の宗矩には、しょっちゅう出足払いで倒されていた。宗矩は時に、十兵衛に組ませすらしなかった。
“未熟”
厳かな父の声が脳内によみがえる。十兵衛は苦笑しながら、右手に懐中電灯を握って暗き道を行く。
市役所の表通りにはゾンビがひしめいていた。
ゾンビの中には、共食いに及ぶ者すらいた。まるで畜生界のーー
弱肉強食の光景であった。
自動車の中でもがいているゾンビもいた。人間だった頃の記憶は失われ、自動車内から外へ出ることもかなわずーー
十兵衛の血肉を求めて手を差し出している様子が、まるで餓鬼を思わせた。餓鬼もまた、決して手に入らぬものを求めてさ迷うのだ。
地下駐車場を抜けたところで、ゾンビ犬が襲ってきた。
十兵衛は瞬時に反応した。足を止め、僅かに身を沈めたところへ、ゾンビ犬が飛びかかってきた。
十兵衛、横薙ぎの一閃がゾンビ犬の首を両断した。二つになったゾンビ犬が地に落ちた脇を、無言で駆け抜ける十兵衛。
駆けながら十兵衛は思った。
己を救うのは、己の魂に宿ったものだけだと。
それこそが人間の宿命なのではないかと。
考えるより先に十兵衛の体は動く。
自身の滅びへと向かいつつも、せめて死に花を咲かさんと、十兵衛は脱出地点を目指す。
夜明け近くのショッピングモール屋上の上空に、ヘリコプターが旋回しながら滞空していた。ここが脱出地点であった。
合図用の発煙筒を手にした時、屋上の床が轟音と共に破壊された。
階下から姿を現した三メートル近い巨人は、悪魔のウィルスによって誕生した「暴君」であった。
生物兵器の頂点として君臨する「暴君」は、ショッピングモール屋上で、まっすぐ十兵衛に突き進んだ。
刹那の瞬間、十兵衛も動いた。
彼は駆け寄ってきた暴君の懐へ飛び込むや否や、その巨体を背負って投げた。
ダダアン!と暴君の体がショッピングモールの屋上に叩きつけられた。だが暴君は応えた様子もなく、立ち上がってきた。
「はっはっはっ……」
十兵衛は乾いた笑いを立てた。
暴君が突っ込んできた勢いを利用し、刹那の間に背負って投げる……
父の宗矩、師事した小野忠明の説く武の深奥たる「無拍子」だろう。
それを体現した充実に十兵衛は満足した。
「さあ来い!」
十兵衛は小太刀を構えて暴君に突きつける。先ほどの無拍子、もう一度やれと言われても無理だろう。
だが、そんな事はどうでもいい。
あとは死に花を咲かすのみ。
そう心得て、暴君との最後の戦いに臨もうとした十兵衛へ、何者かが呼びかけた。
「これを使って!」
女の声だ。ショッピングモール屋上の貯水タンクの上から、人影は何かを十兵衛の前へと放り投げた。
それはロケットランチャーだーー
「マカロシャダ!」
十兵衛は不動明王真言の一部をつぶやきながら、小太刀を暴君へ投げつけていた。
暴君は小太刀を払い落とす。その間に十兵衛はロケットランチャーを肩に担いでいた。
そして十兵衛は引き金を引いた。発射されたロケット弾が暴君に命中し、爆発が生じた……
ヘリコプターの中で十兵衛は一服する。全身は汗に濡れて、疲労で横になりたかった。
(あれは誰だったんだ)
十兵衛にロケットランチャーを託してくれたのは、女だった。だが十兵衛には声も体型も、全く覚えがない。
餓鬼、畜生、修羅の蠢く地獄である「人界」ーー
そこから脱出した十兵衛だったが、歓喜よりも疑問が頭を占めた。
「ああ、そうか……」
十兵衛の隻眼が閉じられる寸前、彼の魂は答えにたどり着いていた。
この人界で、人を見守り、導く存在とは、それ即ちーー
(ご先祖様、ありがとう……)
十兵衛の意識は眠りに落ちた。
新たなる戦いへの、しばしの休息だ。




