三千大千世界の戦い!の巻!(後編)
格納庫に到着したゴヨウはウィンド・キャリバーの前に立った。
一見すると鳥に似た型の黄巾力士だ。そのコックピットへとゴヨウは乗り込んだ。
キャノピーが閉じる直前、小さな妖精がコックピットへ入ってきた。
「私も行くよ!」
その妖精はハードゥだった。精神生命体であるハードゥは、いくらでも姿を変えられるのだ。
「よし、行くぞ!」
ゴヨウは自身の肩にハードゥを腰かけさせると、ウィンド・キャリバーを起動させた。
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梁山泊の主砲を受けても、巨大亀は応えた様子もなかった。
全長十kmにも及びそうな巨大亀は、その巨体に見合った食事を欲求する事だろう。
超時空要塞「梁山泊」すら、巨大亀は補食しようとしていたのだ。
この海ばかりの惑星に生命反応が少ないのは、巨大亀が食い散らかしてしまったからではないか。
「はあああ!」
梁山泊の甲板に出たチョウガイは、手にした黄金の剣を振るった。
ーードオオオオン……!
生じた閃光が大海を引き裂き、巨大亀をも襲った。
だが、それだけであった。チョウガイは舌打ちする。彼の持つ黄金の剣は、不動明王の降魔の利剣に等しきものだ。
様々な仏敵、妖魔を降伏させる黄金の剣も、巨大亀には効果は薄かった。
生じた衝撃は空を引き裂き、大地を割るほどの一撃だったが、この巨大亀にはさほど効いた様子もない。
「く!」
チョウガイの凛々しい顔は冷や汗に濡れていた。帝都や混沌の空間内では、ほとんど無敵だったチョウガイだが、彼の能力も単純な力にーー
超弩級の巨大生命体には通じなかった。
その時だ、滑走路から一体の黄巾力士が疾風のように飛び立ったのはーー
「ーーゴヨウ、頼むぞ!」
チョウガイは青空に飛び立った黄巾力士を見つめて叫んだ。
巨大亀は黄金の剣の光によって、一時的に視力を封じられて雄叫びを上げている。
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「これが蛇使い座の女神からの……!」
黄巾力士のコックピットでゴヨウはうめく。音速を突き破る圧倒的な加速とG。
この爽快にして痛快な加速は、天暗星「青面獣」ヨウジの愛機「エクスカリバー」に勝るとも劣らない。
「うおおお!」
ゴヨウはレバーを引いた。途端にウィンド・キャリバーは形を変える。
鳥型から人型へと瞬時に変形したウィンド・キャリバーを駆るゴヨウ。
はるか高みの青き空を、ウィンドキャリバーは尚も音速に近い速さで突き抜けていく。
「やるぞおお!」
ゴヨウはウィンドキャリバーを旋回させ、巨大亀目指して海面すれすれに突き進んだ。
「いっけえええええ!」
ハードゥのテンションもマックスだ。耳元で叫ぶのでゴヨウの鼓膜も破れんばかりだ。
ウィンド・キャリバーの背中にある二門のオーラキャノンが火を吹いた。
閃光が直撃したが、巨大亀にはまるで効いていない。
生じた爆風に隠れ、ウィンド・キャリバーは垂直に上昇していく。
数千メートルの高みへ到着したウィンド・キャリバーは、昆虫に似た翼を羽ばたかせ、背に装着された鞘から剣を抜いた。
刃からは凄まじい光がほとばしったーー
「俺は人を殺さない! 人の怨念を殺す!」
ウィンド・キャリバーは剣を突き出した体勢で、巨大亀へと垂直降下した。
「おお!」
梁山泊の甲板に立つチョウガイには、天地を貫く光の柱が見えた。
次いで生じた轟音、巨大亀の断末魔の悲鳴が青空にこだまする。
**
(やったぞ、俺はやったぞおー!)
巨大亀をウィンド・キャリバーで葬ったゴヨウは、全身全霊を振り絞った反動で、意識が途切れそうであった。
「やった、やったよ、ゴヨウ!」
耳元で叫ぶ妖精型のハードゥへ、疲れきった笑みを返すゴヨウ。
そのゴヨウの魂に懐かしい声が響いた。
“やったな、ゴヨウ先生!”
“それでこそ知多星ゴヨウだわ!”
リッキーとコーエンの声だ。死した彼女達はゴヨウを見守ってくれているのだろうか。
“あ、でもよう、ゴヨウ先生まだ童貞なんだろ?”
“困ったわね、二十歳もとっくに過ぎてるのに……”
“ハードゥも今じゃ体ねえしなー”
“蛇使い座の女神様にでも、お願いしようかしら…… きっと、あの方なら……”
「…………頭の中で会話しないで」
つぶやき、ゴヨウはウィンド・キャリバーのコックピット内で意識を失った。
三百六十度スクリーンに写るのは、どこまでも海の中だ。
命を産みだした海の中で、ゴヨウはささやかな休息を得ていた。




