慶安夜話(番外編)
白刃の閃きが闇夜を裂いた。
蘭丸の振るった刃が魔性を斬り捨てたのだ。
月光の下で蘭丸は血に濡れた愛刀を提げて、魔性を見下ろす。
魔性は女の姿をしていた。
「ああ…… 生まれ変わったら、せめて……」
そう言った魔性の体はボロボロと崩れ、塵と化していった。
(せめて…… 人間としての喜びを)
蘭丸は月下に立ち尽くす。彼の心に虚無が満ちた。
人を斬った報いとして、魔性を斬る運命を背負った蘭丸。
彼は命果てるまで戦い抜くのみだ。
蘭丸が長屋の自室に戻ったのは、太陽の昇った早朝だった。
「んぎぎぎ……」
部屋では、ねねが歯ぎしりを立てて眠っていた。着物乱れた寝姿だが、色気が感じられないのが残念だ。
「……あ、蘭丸様おかえりなさーい」
ねねは寝ぼけ眼をこすりながら蘭丸の帰還を労った。
「……昨夜は何してた?」
蘭丸はひきつった笑みを浮かべながらねねを見つめた。なんとなく嫌な予感がするのだ。
「え~? 賭場に行って負け続けて、蓄えを全てすってしまいましたわ、てへぺろ!」
長屋の戸を吹っ飛ばし、ねねの体が大地に転がった。
「ひどいですわ蘭丸様! わたくしが何をしたというの!?」
「蓄えを賭場で全て使い果たすとは、どういう了見だ!?」
「ひどい! 蘭丸様のどめすてく! 亭主関白!」
朝から騒がしいねねと蘭丸。もはや長屋の一光景だった。
近所の人々には、蘭丸とねねの夫婦?喧嘩も、平和の象徴だった。
「蘭丸様のムッツリ助平ー!」
ねねは両目から閃光を発して蘭丸を攻撃した。爆発音が長屋の一帯に響き渡る。
「平和だね~……」
赤ん坊を背負った女房衆が、井戸の側で洗濯を始めた。
慶安の江戸はまさしく平和であった。
めでたし、めでたし。




